第23話 タイラント・レックス
――冗談でしょ?
それが、巨大なソリッドトルーパーを目の当たりにしたベルの率直な感想であった。
まず図体が違う。それだけで出力の差が出るのは想像に易く、積極的な近接戦は危険だと判断した。
加えて、あれだけの巨体なのだから装甲厚もかなりのものになるはずで、一般的なソリッドトルーパーならともかく、手持ちのマシンガン程度の威力で目標の装甲を貫けるかどうかは怪しい。
「あんなのどうすればいいのよ」
ベルは思った通り言葉を口にする。
実際、どうすればいいのか全く分からない。
フロレントの装備では通用するかどうかが怪しい。
おまけに関節部分の露出が少なすぎる。
こういった巨大な敵を相手にするならば定石ともいえる関節部への攻撃も困難となれば、もはやお手上げである。
『思った通り、あれは生体制御装置搭載型のソリッドトルーパー。名前はタイラント・レックス。携行武器は対艦用ブレードとレールガンだ』
「ああ、あれレールガンなんですね」
左腰のあたりに抱えた二股に分かれた筒状のもの。それがレールガンであるなら、右手に掴んだものが対艦用ブレードということなのだろうが――ブレードというより完全に棍棒であった。
どっちにしろあれを振り下ろされたら通常のソリッドトルーパーは一撃で粉砕。戦艦であっても大打撃は間違いなしだろう。
『それと、解ってると思うけれど』
「はい。シルルさん。完全にロックオンされてますね」
単眼が、フロレントを見つめている。
建物の影に隠れようと、その視線を感じる。
――視線を感じる?
機械を通じているのならばそんな感覚にはならない。どこまで行っても、カメラが追いかけてきているだけである。
だが、生の視線を感じた。
「ああ、やはり。そういうことなのですね」
生体制御装置。文字通り、生きた人間を制御装置とする技術。
組み込まれた人間は機体を制御するために必要な身体機能のみを残し、新たな機械の身体を得る。
なるほど。だから、機体のカメラが追いかけてきているのに人間に見つめられているように感じたのか、とベルは納得した。
『――――』
広域通信で、何かが割り込んでくる。
発信源は、目の前の巨人。タイラント・レックスと呼ばれた巨大ソリッドトルーパーからである。
ただ、聞こえてくるのは不快な駆動音。
叫びのような、唸り声のような音をたてながら、巨人が動いた。
『ベルさん! レールガンにエネルギーが集中していきます!!』
「解ってます!!」
マルグリットの叫びから一拍遅れて、腰と左手で支えるレールガンが放たれた。
目標は勿論フロレント。
口径からして、直撃したくはない。
当然回避するために建物を盾するように機体を走らせる。
その直後だろうか。轟音と共にレールガンから弾丸が放たれた。
「は……?」
弾丸はフロレントに当たることはなかった。
だが、弾丸は一直線上に建造物を粉砕し、舗装されていたはずの道路は粉々に粉砕。地下に埋設されていた水道管やガス管等も破壊し、様々な場所で水が噴き出し、爆発を起こす。
「アイツ無茶苦茶すぎる!」
射線上にはこの都市国家の防衛隊の機体もいたはずだが、直撃していたのならばネジ一本存在すらしていないだろう。
「あんなの何発か撃っただけでシェルターが駄目になる!」
たまたまやや下方にいるフロレントを狙った為か、弾丸は地面にめり込んで大きな陥没を生み出しているが、これが水平発射されていた場合シェルターの隔壁を破壊していたことは想像に易い。
『敵機、2発目の準備に入ってます!』
「本体は駄目でもあのレールガンだけでも止めておかないと拙い……!」
ダメもとで両手のマシンガンでレールガンめがけて攻撃を仕掛ける。
数発で破壊できるとは考えていないが、それでもやらないよりマシだ。
「全然効いてる気がしない」
2発目が発射される。
今度の攻撃もフロレントには当たらない。
代わりに、弾丸が通過した場所がまた徹底的に破壊されていく。
流石に当たらないと判断したのか、ブレードを振り上げて肩に担いで一歩踏み出し――スラスターを噴射させて飛び出す。
巨体を低空飛行させるほどの推力を生み出すスラスターは機体そのものを巨大な質量兵器に変換する。
「マズッ……!」
全身の推進器を全開にして横へ跳ぶフロレント。
その足先の装甲を掠めるくらいの距離を、巨体が通過。
進路上の建造物をまとめて薙ぎ払い、瓦礫の山の下敷きになってなお腕を振り回して払いのけ立ち上がり、巨大なブレードを振り回しはじめる。
振り回す度に、瓦礫が飛び散り新たな被害を生み出していく。
しばらくして動きがぴたりと止まり、全身の装甲が解放され排熱を行う。
「あれは……そうか。シルルさん」
『ああ。技術の限界という奴だろう。ヤツはある程度稼働すると排熱する必要があり、その間は動きを止めるし、装甲が開く』
「そこを狙えば、動きを封じることくらいできるかもしれない」
『とはいえ、だ』
排熱をはじめてから再起動までわずか5秒。
うち排熱フィンが展開しているのは2秒とない。
その間に開放部にピンポイントで攻撃を叩き込むことは困難を極める。
『だから、こうするのさ!』
地面がせり上がってきた筒状の物体がタイラント・レックスを取り囲んだ。
それは都市防衛用速射砲とロケット砲が収められたウェポンコンテナである。操作しているのは勿論キャリバーン号のシルルである。
『速射砲、ロケット砲、全砲門発射!!』
ハッチが一斉に開き、巨大なソリッドトルーパーへ一斉攻撃を仕掛ける。
巨体に殺到する弾丸とロケット弾。
全身に砲火を浴びてなお、怯むことなくブレードを振りかざし、回転斬りで包囲網を一掃。
続けてレールガンを構え、後ろを振り向き照準を定める。
「あの機体、どこを狙って……」
『……自分の出てきた施設さ』
「なんでそんなところを」
『私が防衛設備を起動させて攻撃したことで、混乱したんだろうさ』
マシンが唸る。怒りの感情を露にするかのように、レールガンにエネルギーを集束させて、その照準を自身を生み出した施設めがけて放った。
それも1発や2発ではない。
エネルギーを供給し続けたレールガンは連続して弾丸を放ち、徹底的に破壊しようとしている。
『これで当初の予定はご破算だ。まあ、証拠はあるからね』
「なら呼びかけてください。あれを止めないとこのシェルターも壊滅するって。そうすれば防衛隊も……」
事態解決に動いてくれるはずだ。
『ゴメン。それ意味がない』
「何でですか!」
『出てきたヤツ、ほぼ全機アッシュが行動不能にさせたからね』
「えっ……?」
シルルの言葉を聞いて、ベルの思考が一度停止する。
アッシュは傷が治り切っておらず、加えて包囲されていたはずだ。
なのにそれを全て行動不能にさせたとはどういうことだろう、と。
だがその言葉を裏付けるように、クラレントが頭上を通り過ぎ、タイラント・レックスの頭を蹴り飛ばした。
『――――――――』
不快な音が鳴り響き、頭を蹴られた巨人がよろめき後退る。
たった8メートルの機体が、20メートルの巨体を蹴り飛ばし、怯ませるという光景はかなりの衝撃である。
だが、クラレントならば可能である。
『驚いたかい。
よろめいた状態から復帰しようとするタイラント・レックスにクラレントが追撃を加える。
左、右と拳を放ち、頭を揺さぶる。
「アッシュさん!」
「倒れろデカブツ!」
左右に頭を揺さぶられ動きが鈍った巨人の右側頭部めがけ、クラレントの左脚が放たれた。
重力場によって増強した一撃。その一撃によって、巨人はその巨体を地面に横たえた。
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