第22話 強襲

 ケリュネイア・シェルターの北門側に出現した巨大な影。

 ラウンドが開発し、『燃える灰』によって強奪されたキャリバーン号である。

 そのキャリバーン号の主砲が展開し、北門めがけてビームを放つ。

 放たれたビームは北門に命中することはなく、大河の水を大量に蒸発させる。


 シェルター側からすれば、突然の攻撃であり、少しずれて門やシェルターの外壁にでも当たっていればそのまま自分達の生活圏を破壊するような攻撃。

 だが今のケリュネイア・シェルターにはその攻撃を防ぐ手段が存在しないし、迎撃しようにもメインのゲートは開かず、出撃ゲートも一部を除いて機能しない。


「相手の通信、傍受してるけど……まあ、聞くに堪えないね。かなり混乱してるみたいだし」

「そりゃまあ、そうでしょ。ていうか、妨害工作しながら火器管制までやるって、シルルはいくらなんでも器用すぎるでしょ」

「ラウンド自慢の技術者でしたから」

「いや、姫さん。そういう問題じゃない」


 キャリバーン号の位置は固定。

 オートでシェルターには当たらないような位置へ、最後の攻撃から一定期間以内のランダムなタイミングで砲撃するように設定し、シルルはシェルター丸ごとひとつの機能を掌握し、その状態を維持すべくコンソールを操作し続けている。


「あっ。クラレント、フロレント。共に指定ポイントに到着しました」

「了解、姫様。西門と南門、解放っと」


 ボタンひとつを押すと、シェルターのゲートが2つ解放される。

 同時にクラレントが南門からシェルター内に突入。少し遅れてフロレントも西門から突入する。

 その様子は、キャリバーン号のメインスクリーンに表示されたシェルターの全体マップに青い三角形で表示されている。

 加えて正確な周辺状況を把握するために、シェルター内のあらゆる監視カメラをハッキングし、その映像をリアルタイムでシルルとマルグリットのコンソールへ中継している。


「東部ゲート4番、9番。西部ゲート1番、6番開放。アッシュ、そっちに行くよ」


 南東部と南西部の出撃ゲートが解放され、地下から2本のシャフトが突きだすなり、地下から飛び出すかのようにハンガーに固定されたクレストによく似た機体が2機出現した。


「ヘルム、ねえ。クレストのデッドコピー品ごときが、私のつくったクラレントに勝てるとでも?」


 ヘルム。それがケリュネイア・シェルターの主力機である。

 シルルの言う通り、ラウンドの主力量産機であったクレストのデッドコピー。原型機と比較して異なるのは装甲の形状くらい。

 が、元となったクレスト自体が10年前に生産終了した機体。生産が始まったのが30年以上前。つまり、その設計を真似たヘルムは旧式機同然、ということである。


「クラレント、接敵します」

「鎧袖一触、ね」

「アッシュ! そいつら徹底的にぶっ潰して!」

『私怨入ってるよなお前!!』


 クラレントは両手に持った単分子ブレードで出てきたヘルムの両腕を斬り落とし、膝を横から蹴って砕き行動不能にする。

 続けてウイングバインダーの内側に収納したライフルを取り出し、もう1機のヘルムへ向けて発砲。

 弾丸は頭部を穿ち、よろめいた隙に膝を撃ち抜いて転倒させる。


「もっと徹底的にやってくれ!!」

『馬鹿野郎! 極力殺さないのが方針だろうが!』

「自分の作品の模造品バンバン作られてるのはがまんならないんだよ!」

『いいから仕事しろ!!』


 アッシュに怒鳴られながらも、一応はコンソールを捜査する手は止まっていない。


「シルル」

「はい、すいません。作業続けまーす」


 珍しく低いマルグリットの声。さすがのシルルもクールダウンし、黙々と作業を続ける。

 アッシュのクラレントのほうは、派手に音がでるライフルを使ったこともあり、解放された出撃ハッチから次々と機体が出現。南門方面へと機体が集中しはじめている。


「ちょっと多くない?」

「いや、それのほうが成功率が上がる。アッシュもそれは承知しての提案だったはずだ」

「南門に防衛戦力を集めて、西門から突入したベルさんのフロレントが目標地点へと急行。そのまま施設を制圧、ですよね?」

「そう。今は東側の戦力もクラレントの迎撃に向かっているからわりと手薄なはずだ。問題があるとすれば――」


 バイザーを装着し、シスター・ヘルとなったベルは相手を殺すということに一切の抵抗がない。


「……多分、バイザーを付けるかどうかで切り替えているんだと思います」

「一種の自己暗示、か。でもアッシュが撃たれた時はバイザーをしてなかったって聞いてるけど?」

「うーん。私もそこが良く分からないんだよねえ。あの時聞いた罪悪感という言葉は本心ではあった。その時は、バイザーを装備したシスター・ヘルとしての活動に対してだと思ったけど、だとするならバイザーを外した状態ならもっと忌避感があってもいいはずだ。なのに……いや、もしかすると別の要因が……?」

「シルル? どうしました」

「いや、個人の事をあれこれ言うべきじゃない。それより作戦続行だ」


 クラレントはシェルター内を飛び回り、ヘルム部隊の攻撃を回避しつつ上空から一方的にライフルで攻撃している。

 クラレントが暴れれば暴れるほど、集まる機体の数は増えていく。

 出撃ゲートを制限している為、増えるペースは一定。それでも多勢に無勢は変わりなく、いつまでも続けていられるものでもない。

 一方、フロレントはクラレントが派手に動き回るのと、監視カメラの情報が防衛隊には一切回らないのもあり、今のところ接敵せずに北東の都市防衛隊基地めがけて侵攻を続けている。


「アッシュはどこまで持つか……」


 マコの心配――いや、シルルやマルグリットも含め、今のアッシュの身体にかかる負荷のことを考えれば、長期戦は避けるべきである。

 いくらパイロットスーツを着ているとしても、機体を振り回せばその分身体に負荷がかかる。

 曲芸飛行にも近い動きを続けていれば、かなりの負荷がかかっているはずである。


『こちらベル。目標施設に接近。攻撃を開始する』

「了解――いや、待て。下がれ! 何かがおかしい!」

「どうしたのです、シルル」

「北部ゲートの4番に未登録の機体がリフトに接続した。試作機や実験機だって登録される。つまり、その機体はそれら以外の存在」

「……まさか、公にできない実験機ってこと?」

「その可能性が非常に高い! ああ、くそっ! やらかした。研究そのものと機体の製造は別部署か。そのせいでこいつのデータを手に入れ損ねてる!!」

「だったら今手に入れりゃいいでしょ!」

「今やってる!」


 シルルが焦りだし、マコとマルグリットが前線で戦う2人の無事を祈る中、地下からリフトアップしてきた1機の異形が姿を現した。



 それは、端的に特徴を言うのであればただ巨大であった。

 平均が8メートル程度のソリッドトルーパーに対し、それは2倍以上の20メートルほどの巨躯で、通常は2機同時に出撃させることのできるリフトをたった1機で独占していた。


 頭部装甲が上下に展開。その奥にあった半球体型のカメラが露出し、周囲の情報を見渡しながらゆっくりとした動きで歩き出した。

 一歩、また一歩と踏み出して足の感触を確かめるかのようにゆっくりとした動き。

 手を動かしてみては、握ったり捻ったりとしてそれをまじまじと巨大な単眼で見つめる。

 まるで、何かを確かめているような動作。

 そして天を仰いで――咆えた。

 実際に咆えたわけではない。ジェネレーターの回転数が上がり、その駆動音が中で反響し、まるで叫び声のような音を響かせているだけだ。

 なぜだろうか。その音が、歓喜の叫びのようにも聞こえるのは。


 一気に機体内温度が上昇したことで全身の排熱フィンが展開し、熱を放出。

 その後天を仰いだ状態で静止してしまう。


 が、10秒もせずに再起動し、単眼を動かしはじめる。


 響く。響く。響く。

 0と1だけで組み上げられた刺激がに響き、敵を探すように告げてくる。

 敵と味方を識別し、敵を壊せ、と告げてくる。


 逆らおうとすれば不快な刺激が与えられ、従おうとすれば愉快で心地の良い刺激が与えられる。

 だから、従うしかない。従っていれば、楽しいから。心地良いから。


 自分と共に地上へ上がってきた武器を手にとり、自分に向かってくる小さい人型の機械を睨む。

 それは、倒すべき敵なのだ、と0と1の刺激が告げてきていた。

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