第29話 カジノ

 街中を走る。絶対ロクなことになっていないと確信し、アッシュは街を走り抜ける。

 やっていることはもはやパルクール。障害物を乗り越え、跳び越え、一切減速せずに目的地であるカジノへ向かって走る。


「で、なんで増えてんだよ!」

『勝ってるんだろう。それだけなら問題ないように思うのだけれども』

「勝ってる方が問題なんだよ! マコならこの後ボロ負けしてマイナスまで行く」

『え、それって……』

「破産の危機だ!」


 事の深刻さに気付いたシルルが端末越しでもわかるほど動揺しはじめる。

 まずい、まずいと心臓が跳ねる。

 ある意味ではどんな修羅場よりも危機感を感じて走る。

 しばらく走り続け、ようやく目的地であるカジノへ到着。有無を言わさず入店し、広い館内からあの3人を探す。


「ったく、どこに行ったんだあいつ等」


 流石に人の多い館内で走るわけにもいかず、人だかりのできている場所を探して歩き回る。

 勝ち続けているのならばギャラリーくらいできるだろう、と踏んでのことだが……早速人だかりを見つけた。

 場所はスロットコーナー。多くのギャラリーが腕を組んでその台を撃ち続けている人物を見つめている。


「すげーぞこの姉ちゃん」

「座ってからずっと大当たりだぞ。そんなことあり得ないだろ……」

「いや、待て。これまさか目押しか?!」

「んなバカな! 運がいいんだろうさ」


 などとギャラリーは盛り上がってる。

 その人込みをかき分けて向かった先にいたのは――ベルだった。


「……お前、何やってんの」

「へ? あ、アッシュ、さん?」


 動揺したベルはここで、おそらく初めてであるが目押しに失敗した。

 途端、ギャラリーからは落胆の声が聞こえてくると同時にアッシュへの非難の視線が集まる。

 が、それを無視してアッシュはベルに詰め寄る。


「俺、ストッパー役だって言ったよな? 何お前までギャンブルしてんの?」

「安心してください! マコさんの分の資金はわたしが持ってますし、そっちには手を付けてませんから!」

「そうじゃねえよ! マリーは未成年だぞ!!」

「18歳だからギリギリセーフです!」

「お前それでも聖職者か!?」

「あれコスプレですから!」

「だとしたらそれ普段着にしてたお前なんなの!?」


 アッシュの一言が思ったよりベルにはクリティカルだったらしく、ベルは胸を押さえて呼吸を荒くする。


「ち、違うんです。あの恰好でいたほうが周囲の人のウケがよくて……」

「うん。なんかゴメン。で、あの2人はどこ、に……いや、やっぱいい。わかった」


 スロットコーナーから周囲を見渡すと、ひときわ目立つ人だかりが見えた。


「あれは……ルーレットのコーナーか?」

「そういえばマコとマリーがやりたいって言ってましたね」

「で、あの盛り上がり方はなんだ」

「行ってみます? こちらはキリがついたので」


 出たコイン数を端末に記録。即座にCクレジットに換金。自分の口座へと送金してアッシュと共に席を離れるベル。

 直後、その席をめぐって争奪戦が起きるのは言うまでもない。

 人間の欲が前面に出たその惨状を背に、人だかりのほうへ向かうが――途中でもう気が付いた。

 マリーだ、と。


「マジかよ……ここまで連続で的中させてるとさすがに……」

「いや、あのディーラーの顔見ろよ。仕掛けてもやられたみたいだぞ」

「だとしたらあの嬢ちゃん、本物のバケモノだよ」

「きゃー! また勝ちましたわー!」


 と、興奮気味のマリーを見つけ、その肩に手を置く。

 同時に増え続けている『燃える灰』の活動資金の理由も理解する。

 マコではなく、マリーがカジノゲームをプレイしていたのだ。


「ツーアウト」

「え、アッシュさん?」

「年齢的にギリギリセーフだけど、ここに来た時点でツーアウトだ」


 ちなみにワンアウト目はベルである。

 しかしスリーアウト目マコの姿が見えない。


「マコがいない……?」

「マコさんなら、何か急用を思い出したとかでどこかに行きましたけど」

「マコが、ねえ……」


 何か、変な感じがする。

 そもそもアッシュがキャリバーン号に関わる原因となったのは、マコがギャンブルで20億Cクレジットもの前金全部使い果たしたから。

 そのレベルでギャンブルを好むマコが、カジノに来てどのゲームもプレイしているように見えないというのはどうも妙だ。


「マコは何か掴んだのか?」

「へ?」

「ベル、一度艦まで戻るぞ」

「マコさんは?」

「大丈夫だ。アイツはギャンブルと酒以外の失敗は少ないからな」


 わりとそれは致命的ではないのか。

 と、誰もツッコミを入れないまま、3人はカジノを出ていく。

 とはいえ、後で入れ違いになっても面倒だ、とアッシュは通信端末を操作しマコを呼び出す。


『はいはい。どうしたー』

「どうしたじゃねえよ。マコ。お前どこにいるんだ。他の2人は俺と合流したぞ」

『あ、マジで? ごめんね、ちょっと

「……ああ、なるほど。それで、手は出してないだろうな」

『アタシからはね。ま、半殺しにしたけど相手は変な武器持ってたし正当防衛正当防衛。今警備隊に突き出したところ』

「そうか……けど、ちょっと面倒だな」

『だね。まあ、もうしばらく釣ってみる』

「了解。ま、気を付けろよ」


 と、アッシュはマコの事情を理解して通話を終えた。

 その様子をマリーとベルは不思議そうに眺める。


「さっきの話はどういう意味ですか?」

「まあ、簡単に言うとマコは死刑囚なんだよ」

「えっ!?」

「で、俺が脱獄を手伝った」

「ちょ、はあ!?」


 さらっと言って良いことではない、と2人が表情で訴える。

 アッシュとしてはシルルが自分達の事を調べた時点でバレていると思っていたものだから、少なくともマリーがそんな表情をするとは思っていなかった。


「まあ、前に聞いたろ。ハメられた、って」

「あ、そういえば……」

「それで死刑囚……?」

「まあ、事実無根でもないんだけどなー。実際相手の一族皆殺しにしたらしいし」


 大通りを歩きながらする話ではないし、そんなに軽い口調で言っていい話でもないし、なんなら当人以外が語るべき話でもない。


「まあ、アイツ自身はやる事やり切ったから満足はしたんだろうさ。そのことに関してはまあ、ちょっと面倒くさいな、くらいにしか思ってないみたいだぞ」

「いや、それその程度で済ましていい話ではないのでは?」

「本人が気にしてないんだからいいだろ。それより、この後どうする」

「じゃあ、この特別バザーへ。レアなペットや植物が出品されるそうなので」

「ベルさん!?」


 話の流れをぶった切るベルに、マリーがツッコむが、バザーの出品項目によほどほしいものがあるのか目を輝かせているベル。

 ご丁寧に自分の端末を操作してバザーの広告を表示してみせてくる。


「……ちょっと待てベル。『宇宙中の有毒生物大集合』とかいう文字が見えたんだが?」

「なんのことですか?」


 指摘された部分を指で隠し、笑顔でとぼけようとするベル。

 アッシュは両肩を掴んで詰め寄る。


「毒の仕入れしたいだけだろ」

「……丁度クサリマムシの毒を切らしてまして」

「それもう暗殺者のセリフだよ!!」

「あとカエンオオサソリも」

「そんな危険生物持ち込ませる訳にいくか。却下だ却下!」

「レンゴクタケなんてレアなキノコまで出品されるんですよ!」

「触るだけで手が爛れるレベルの猛毒じゃねえか!」

「せめてユキミスズランだけでも……」

「それも毒!」


 もしかして、ベルは有毒生物マニアか何かなのだろうか、とアッシュは疑い始める。

 実際、いつもの恰好の時に履いているブーツにはクサリマムシの毒を塗った飛び出し式のブレードを仕込んでいたくらいだし、毒物にも精通しているのかもしれない。


「この世に毒物はないんですよ。あるのは毒になる容量だけで……」

「……はあ。まあ行くのはいいぞ。ただ生物の購入は却下な」

「……管理、ちゃんとしますから」

「マリーが触ったら危ないから駄目です」

「アッシュさん、わたくしはそこまで愚かではありませんよ?」


 笑顔で肩に手を置いてアッシュに向けて圧を放つマリー。

 丁度ベルからはその顔がはっきりと見える位置になり、直視したベルは解りやすい恐怖の表情をみせる。

 間接的にマリーの表情を知ったアッシュは、ベルを反転させて背中を押しながら歩き出した。


「ベル、マリーは怒らせないようにしような」

「……ですね」

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