第99話 潜入
惑星国家アルヴの巨大都市のひとつに、クーシーという都市がある。
王都エルバにほど近く、商業規模も相応。そして、都市の半分は軍事関連の施設となっている為、街並み越しに大型輸送機の離着陸や、ソリッドトルーパーの訓練の様子を見る事も少なくはない。
日常に兵器が融け込んだ都市。それがこのクーシーという都市である。
そして、その都市で暮らす者たちも知らないことがある。
この街の軍事施設は、ただの軍事施設ではなく、女王直轄部の特殊部隊アウルズの拠点となっているということである。
無論それを知るのはアウルズの隊員のみ。
その基地に、1機のソリッドトルーパーが向かっていた。
明らかに正規軍が運用する機体であるバッシャーマとは異なるフォルムを持つ機体。
左右非対称のシルエットで、明らかに鈍重そうなゴテゴテとした装備の機体が、見た目にそぐわぬ高速で移動するそれに対し、クーシーの基地は部隊を緊急出撃させ、迎撃に向かう。
「こちらアケオロス基地所属、ミーナ・アレイン。敵の新型機を奪取して脱出した。繰り返す、敵の新型を奪取して脱出した」
表向きには普通の基地であり、実際アウルズと関係のない者も勤務している以上、自分が表立ってアウルズに所属している人間だと宣言することもできないため、ミーナ自身、表向きの所属を名乗ることになった。
が、効果はある。
即座に照会が行われ、ミーナの身分が証明されると、銃を向けていたバッシャーマ達は銃を下げ、向かってくる見知らぬ機体を基地へと招き入れる。
地上にある3棟並んだ格納庫。そのうちの1つはアウルズ専用となっており、当然ミーナもそこへと案内される。
外観こそ他の格納庫同様であるが、壁際に機体や装備がまとめられており、不自然なほど中央部に物が置かれていない。
その理由は単純である。その部分がまるごとリフトになっているからである。
『毎度毎度、この惑星は地下になにかこだわりがあるんですか』
「地下は何かとモノを隠しておくには便利なのよ。特に、都市部ならば地下は基本インフラが通っているはずだから、軍事施設があるとは思っていないさ」
コクピットに響く声に、ミーナはそう答える。
実際、都市と隣接したこのクーシー基地の地下の大多数は電気や上下水道などが通っており、このようにリフトが存在しているとは到底思わないだろう。
アロンダイトがリフトの領域に立つと、それが起動。ゆっくりとした速度で降りていく。
『それで、本当なんですか。ここに女王がいるという話は』
「ええ。王都エルバの女王は影武者。本人は、アウルズの基地で直接指揮を執っている」
『女王が
「いいや。政の片手間で部隊を動かしている」
マルチタスク、というやつだろう。アニマも、シルルが複数の作業を同時進行する様子を見ている。
だが、これは規模が違う。
国家運営の片手間に、自分の直轄部隊のみだとはいえ軍の指揮を執って動かしている、などと言われても実感がわかない。
しばらくして、リフトが停止する。
地下に広がる巨大空間はまたも格納庫――というよりは、整備ドックといった感じであるが、そこに並べられた機体はバッシャーマとは少し異なっているように見える。
周囲を見渡すことはせず、アニマは静かにカメラだけを動かし周囲の状況を確認する。
『あの機体は……』
「セイバーバッツ。
『つまり、生身の目視でしか倒せない、と?』
「まだ試作段階。戦闘そのものはできるけど、ステルス機能に関しては未完成で持続時間が短い」
もしそんなものの開発が進んでしまうと、きっと戦場の在り方は大きく変わる。
基本機体のカメラを通じて周囲の状況を把握するソリッドトルーパーにとって、カメラに映らず、センサーにも映らないというのは絶対的なアドバンテージ。
人間の目で確認しない以上は見えない相手と戦ったパイロットなどまずおらず、対応できる人間などさらに限られてくる。
それだけで、既存の戦術・戦略は何もかも見直しが余儀なくされ、ステルス機能への対策が必須となるだろう。
そして、その間にアルヴの勢力は他の惑星へ侵攻、侵略する事だって十分に可能だろう。
整備士がひとりアロンダイトの前にでて指示を出す。その指示の通りに移動し、アロンダイトは膝を曲げる。
『では、作戦開始です。ご武運を』
「ええ。そちらも」
◆
ミーナは自分がどうして戻ってきたのか、という報告のために基地内にある部隊指揮官――エル・アルヴ女王の私室へと向かう。
普段ならばやや気の重たい時間である。
何せ、自分は任務に失敗しておめおめと逃げ帰ってきたのだから。
手土産として敵の兵器を奪って帰ってきたとはいえ、それで帳消しにしてくれるような優しい相手ではない。
「入れ」
扉の前に着くなり、部屋の中から声がする。
「……ミーナ・アレイン、入ります」
時代不相応にアナログな扉の取っ手に手を伸ばして、一度止まる。
意を決して扉を開き、女王と対面する。
「さて。まず言い訳を聞こうか、アレイン」
「はっ」
眼前にいる女性。齢60を超えた女性にしては若々しく、ミーナを見る目は冷たく、失敗の言い訳がどのようなするのかと口元は嫌味なまでにつり上がっている。
「アケオロス基地を発ち、ニクスへの侵攻途中で正体不明機による襲撃を受け壊滅。かろうじて脱出に成功した私は敵側に捕縛され、占領後のアケオロス基地にて拘束されていました」
「ほう。で、どうやって脱出した?」
「拘束されていた基地の同胞が脱出の手引きをしてくれました。そして――」
「機体を奪って帰ってきた、と」
「はい」
苦しい言い訳、というほどではない。ありえない話でもない。
――だが。
「で、アレイン。その手引きをした人間はどうした?」
たった1人で逃げ帰ってきたということは、その手引きをしてくれた相手を見捨てて逃げてきたということでもある。
「……残念ながら」
目をそらしながら呟くように、そう口にする。
くやしさを滲ませるかのように、力いっぱい手を握りしめる。
実際は、うまく言い訳が思いつかず、動揺を目から悟られないよう視線をそらしただけであるが。
「しかし、大損害だな。その正体不明機とやら。貴様が持ち帰ってくれなければ、さらに被害が広がるところだった」
「はい。あの機体の性能は驚異的でした」
「実際に交戦した貴様が言うのだ。事実なのだろうな。あの機体を生み出した人間の頭の中身を見てみたい」
ミーナもあの機体――アロンダイトの出自については一切聞かされていない。
しかし、惑星ラウンドからお姫様を攫って逃げた開発責任者が惑星ウィンダムの賞金稼ぎが作った機体を勝手に改造しました、なんて言ったところで信じてもらえるかどうかだが。
「とりあえずは、そうだな。よく戻った。だがしかし。失敗の責を問わねばならない。覚悟はしているだろうな」
「……その前に、お尋ねしたいことがあります」
「何か」
ここで口を閉じ、聞かされた事を忘れればまだ戻れるかもしれない。
むしろ、アニマの段取りを狂わせて排除できてしまえば、革命軍にとって正規軍と戦えるだけの戦力は存在せず、正規軍にとっての脅威は排除できる。
だが――この国の未来を真に担うべき人間の事を知った。
「貴方のご息女――フレア様とアクア様は、今どこですか」
その言葉に、女王エル・アルヴの顔から表情が消えた。
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