第98話 裏切る覚悟
短期間で2回も失禁してしまったミーナが立ち直るのを待ち、再度話し合いを行う。
こうしている間にも後続がアケオロス基地に進軍しているかもしれないという焦りはあるが、焦ったところで燃料式ブースターを使ってしまった以上、もう二度とあの時のような動きはできない。
こちらの手札は使い切っている。いや、それを知られていないということが手札になりうる。
そして、ここからの話次第ではその手札が増えることにもなる。
『マコさんでは話が進まないと判断したので、ここからはボクが対応します』
「……」
幽霊、などという自己紹介をしたものだから、警戒されていることを感じつつ、アニマは話を続ける。
『まず確認します。貴女の現在の所属は女王直轄特殊部隊アウルズで間違いありませんね』
「……」
頷いての肯定。
どういう心境の変化なのか、協力的な雰囲気である。
『ではなぜ、女王側の人間である貴女が、第3王女――つまり、革命軍側に味方しようと?』
「私の忠義は、アルヴという国そのものにある。故に、あの時は正規軍として反乱軍――いや、革命軍と戦った。それが正しいと。その結果を聞けば、気も変わる」
ミーナは相変わらず独房の中ではあるが、今は拘束もされず、丸椅子に腰かけている。
そしてアニマから渡された資料に目を通し、眉をひそめた。
資料の中身は、約5万人のうちマコとアニマがアルヴへ発つ直前までで判明していた数千人の氏名と、その症状の度合い。
これでも身元の分からない人間のほうが多いのは、ほとんど手がかりとなるものを彼等が所持していなかったからで、判明したその数千人はたまたま
そして、そんなリストの一番最初にある名前こそがリーファ・アルヴ。惑星国家アルヴの第3王女である。
「……彼等は、どうなりますか」
『ボク達がここへ来る寸前に薬の成分が判明したので、もしかすると効力を中和するようなものを用意できているかも、としか』
「そう、ですか。……リストにある名前には覚えのある人間もいます。間違いないでしょう」
『話を進めましょう』
「ええ。そうね」
作戦としては至ってシンプル。
相手の懐に飛び込んで内側からぶっ壊すだけである。
だがそれには前提条件としてミーナが協力する、というものがある。
これに関してはとりあえずは問題ないだろう。
だが、別の問題も浮上する。
その問題の中でも大部分を占めるのが『時間』である。
先の攻撃はしのぎきってしまえたが、それも本当に奇跡的な確率を引き当てただけ。
スロットマシンにたまたま拾ったコインを1枚入れてスリーセブンが出る確率よりも低い確率を引き当てたからこそ、対応できたし、相手にとっても不測の事態であったからこそ奇襲が成功した。
が、それができたからこそ、次の攻撃はより部隊が強化されているとみていい。
流石に改造駆逐艦1隻とソリッドトルーパー1機では対処しきれないし、革命軍の練度を考えれば空爆をしのぎ切ったとしてもその後に待ち受けるであろう制圧部隊には対処しきれないことは目に見えている。
これは妄想でもなんでもない。明らかな脅威となる存在が現れたからこそ、次は確実に潰しに来る。
アニマ達だけならば、逃げてしまう、というのも手だ。何せ本来はアルヴの内情とは切り離された完全な部外者なのだから。
が、それもできる状況にはない。
その理由は、こちらの認識と革命軍の認識の祖語にある。
こちらからすれば、より正確な情報を得るために革命軍を利用しているという認識。
だが、革命軍からすれば、表立った協力関係ではないにしろ、すでに『燃える灰』が味方についたも同然という認識である。
もし、その認識にそぐわない行動を取った場合、信頼は反転し敵意に変わる。
つまり、ここでアニマ達が逃げるという選択肢をとってしまうと、正規軍――あえて女王軍と言うべきだろうか。それと革命軍の両方を相手にする事になる。
今後の事を考えるのならば、それは避けたい。
『しかし、自分から言い出しておいてなんですが、出来ますか?』
「仲間を裏切るような真似を、という意味ならばできない。しかし、それがこの国の
そしてもう1つの問題が、ミーナの覚悟である。
この作戦は、敵の捕虜になるも自力で脱出。敵の高性能ソリッドトルーパーも奪取に成功した、という
それはミーナの立場からすれば、国家への反逆そのものであり、肩を並べて戦った仲間への裏切り行為に他ならない。
加えて。アニマがアロンダイトという巨体で暴れれば、当然人死にも出る。
が、それに関しては問題がないようだ。
すでにミーナの覚悟は決まっている。
「なぜあの時、リーファ様の言葉に耳を傾けなかったのか。もしあの言葉を信じていれば、こんなことには……」
『過去にIFは存在しません。ですが、やり直す機会は十分にあります』
「アニマさん……」
『まだ斬首された王子と違い彼女は生きています。行方不明の王女2人とも違い、居場所も判っています。だから、回復すればいくらでも言葉を交わすことができるはずです』
アニマの言葉に、一瞬ハッとした顔をするが、すぐに引き締まった顔になる。
あとの問題は――傷つけられたミーナの足。
徹底的な治療はしたし、マコもその後の影響を考えて歩行に支障がでるような場所には刺していないが、身体の奥にある傷の不快感まではどうにもならない。
「行きます」
『……わかりました。では、格納庫に』
◆
なぜ覚悟を決めたのか。理由は単純だ。
価値観がひっくり返った。それだけの理由であるし、真に信ずるべきものを失っていたかもしれなかったという恐怖が、奮い立たせた。
ミーナ・アレインは女王直轄特殊部隊たるアウルズに配属されるほどには優秀な兵士であり、他者から見れば彼女含めその部隊全員が女王エル・アルヴに絶対的な忠誠を誓っているようにも見える。
が、実際には異なる。ミーナ自身がそうであるように、忠誠を誓っているのは惑星国家アルヴという国家にであり、女王個人に対して忠誠を誓っている人間はそう多くない。
加えて、忠誠を誓っていない者も多い。そういう連中が暗殺などを行う部隊として活動する訳で――ドラウでマコとアニマを襲ったのはそういった部隊の連中だ、と格納庫へ向かう道すがらミーナはアニマに語った。
『その話だと、アウルズには派閥が存在するのですか?』
「女王個人への忠誠心が認められた
『つまり、アウルズの本拠地ではそのすべてと交戦する可能性がある、と?』
「まあ、そういうことになる、か」
ふむ、と考える動作をするアニマ。
そして何かをひらめく。
『グランパ』
アニマの要請に従い、グランパと呼ばれたオートマトンがアニマの足元に近づく。
と、しばらく静止して見つめ合うと、敬礼をするような動作をしてから離れた。
「え、今何を……」
『悪だくみ、ですよ』
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