第97話 協力要請

 アケオロス基地への最初の攻撃はしのいだ。

 だがこれで、正規軍にとっては都合のいい展開になってしまった。

 マコとアニマは、のだ。

 勿論、あのまま見逃して爆撃されてしまえばよかった、という話ではない。

 だがやるならば別の方法で爆撃を阻止するべきであった。

 出撃した編隊を攻撃目標到達前に文字通りに全滅させた、というのがいけないのだ。


 今回攻め込んできた編隊は、女王直轄の特殊部隊。

 自分のお抱え部隊が全滅させられたとあっては、女王としては黙っていられないだろうし、何より5機ものフレスベルク級攻撃空母と多数のジッパーヒットを損失したとあっては、通常の部隊であっても黙ってはいない。

 むしろ、それだけの戦力を投入し、撃退されたのだから、アケオロス基地の攻略優先度――いや、脅威度は上昇する。

 たった1隻の駆逐艦に、多数のソリッドトルーパーごと壊滅させられた。

 それだけでも攻撃するには十分な理由になる。


 だが実際にアケオロス基地に存在する戦力というのは、微々たるもの。

 あくまでも部外者であるマコの操るソードフィッシュと、アニマが憑依したアロンダイトの性能が突出しており、彼女等にとって革命軍の存在はあくまでも利用価値のある存在というだけである。


「とはいえ、ここまで関わっておいて見捨てるのも寝覚めが悪くなる」

『で、結局この人のところにくるんですか?』

「事情が変わったの。で、どんな気分? 水責めお試しコースは」

「……濡れた髪がへばりつて気持ち悪い」


 額の周辺を水で濡らしたミーナは、鋭い視線をマコに向ける。

 何も言うことはない、といった風である。


「さて、この頑固者をどう説き伏せるか」

『もういっそこっちの情報をバラせばいいんじゃないですかね』


 などと人形に入ったままのアニマはマコに言うが――マコは、その手があったか、と言わんばかりにぽん、と手を打つ。


「あ、でもこれ女王の直轄部隊に知られていい話?」

「なんの話だ」

「ん。まあアルヴの革命軍5万人をアタシ達が保護しているって話。行方不明扱いになってんでしょ、どうせ」

「……まて、どういうことだ」


 食いついた。と、マコは小さな笑みを浮かべる。


「少し前――あ、違う。もう1カ月以上前か。革命軍との大規模戦闘があって、その時に正規軍が捕縛したのが約5万人。そして彼等の行方はどうなったか、知ってる?」

「来るべき裁きの日まで、監獄の中だろう……普通は」

「残念。全員アムリタコロニーのペンギン運送の大型貨物船エンペラーペンギン号に貨物として積み込まれてましたーなんででしょーか」


 マコのわざとらしく煽るような言い方。

 見てられない、とアニマは顔を覆ってため息をつくような動作をする。


「そんな、バカな。それではまるで――」

「しかも、何らかの薬物の中毒症状でひどい有様だった」

「……そんな、あり得ない。だって、そんなことは」


 人として越えてはいけないラインを越えている。

 薬漬けにして、人間を売り物にする。それはまさに、外道の所業である。

 そしてそんなことができるのは、5万人もの人数を一気に秘密裏に運べるのは、かなり限られている。


甘き死ズューサー・トート。聞いたことはある?」

「……」


 まだ迷いはあるようだが、ミーナには明らかに反応があった。


「ついでに、タイラント・レックスのパイロットはそいつの中毒症状が出ていた。このアルヴで何が起きてるか、アタシ達は知る必要がある」

「何故? あなた達は部外者でしょう」

「それがそうもいかないんだなあ」

『この国はウロボロスネストに支配されている可能性があります』

「ずっと気になってたけど、そのコなんか顔のバランスおかしくない? なんか人形みたい」

『それはまあ、実際人形ですし。で、拘束外しますか?』

「上半身だけね」


 マコの了承を得て、アニマがミーナの拘束ベルトを上半身分だけ解除する。

 同時に、水を出し切った点滴セットも回収する。


「ウロボロスネスト……名前だけは聞いたことがある。それが何故?」

『タイラント・レックスという機体そのものがウロボロスネストとこの国の繋がりを証明するものです』

「じゃあ、女王は――」

「十中八九、ウロボロスネストの協力者か、あるいはその構成員か、だ」


 マコとアニマの語る話が衝撃的すぎて、ミーナは明らかに狼狽している。

 最初からこの方向でよかったんじゃあないか、とマコはすこしずれた感想を抱いているが、それを見ないことにしてアニマは話を続ける。


『単刀直入に提案します。我々に協力してください。ミーナ・アレインさん』

「……ドライバーぶっ刺してきた相手に協力すると?」

『いえ。協力するのは我々に、ではありません』

「? じゃあ誰に」

『今はまだ目覚めぬ第3王女の志に』

「ッ!? 生きて、生きているのか! 王女が!」


 今にも下半身の拘束を引きちぎってしまうのではないか、というくらいの食いつき具合で、ミーナの身体を固定していたベットが激しく揺れる。


『生きてはいます。ただ、他の方と同様薬の作用で廃人同然ですが』

「そう、か……そうか」


 すん、と明らかに気落ちするミーナ。

 だがその顔は不安と安堵が混じった感情が涙となって表れていたが、下を向いたこともあり、頬を伝わずそのままぽたぽたと落ちる。


「アニマ、ドライバーぶっ刺した上に失禁するまで追い込んだ相手の言うことなんて信じてくれると思う?」

『マコさん、ちょっと黙っててください』


 話の腰を折るようなことを言うマコに、アニマが静かにキレた。

 目にもとまらぬ速さでマコに組み付き、関節をキメる。


「ああああああああッ!? コブラツイストォォォォ!?」


 マコの女性にしては十分に力が強いほうだ。が、相手が悪い。

 今のアニマは全身機械仕掛け。そんな相手に生身の相手が勝てる訳がない。


「えっと、ずいぶんと愉快そう、ね?」


 ミーナが若干引いているのを察しながら、アニマが話を切り出す。

 当然、コブラツイストはキメたままで。


『すいません。話を戻しましょう。あなたは今、生死不明の状態です。まあ、ボクが撃墜した機体の状態を見ればほぼ死亡扱いでしょうが……に乗って戻れば話は変わる』

「? 奇妙なことを言うのね」

『いえ。何も。ニクスに向かっていたあなた達の部隊を撃ち落としたのはボクなので』

「は? いや、え?」


 ミーナは状況を整理しようとしして記憶を振り返る。

 確かに、その記憶の中では強力なビーム兵器を運用するソリッドトルーパーによって乗っていたフレスベルク級攻撃空母が撃墜。

 逃げるように降下したら降下中にどんどん狙撃されて味方が次々と落とされ、いざ着地すれば蹂躙された。

 なんとか自分は脱出したが、即座に鷲掴みにされて――気が付いたら縛られた状態でコクピットシートの後ろに放り込まれていた。


「いや、あの機体のパイロットはそこのコブラツイストキメられてる痴女じゃ……」

「あ、アタシは艦船専門! ソリッドトルーパーの操縦はできないだだだ」

「そういえばあなた、どこか声が合成音声っぽいような……」

『まあ、実際合成音声ですけどね。これでも一応、生身の時の声とかなり似た声を出しているんですよ?』

「なま、み……?」


 そのあたりを説明すると長くなるので、どうしたものか、とアニマはごまかすように笑う。


『端的に言うと、ボクは幽霊なので』

「……」


 あっという間に顔が青くなるミーナ。ふるふると震えだし、顔が別の意味で青くなる。


「あ、これは……」

『……モップ持ってきますね』

「着替えもね」


 どうやらミーナも、マコの同類――というか、それに輪をかけて苦手なようだ。

 マコも幽霊とかオカルトとかは苦手だが、さすがにここまでではない。


「何度も漏らして恥ずかしくないんですか?」

『マコさん?』


 アニマはすっと左腕のブレードを展開して首元に付きつけてマコを黙らせた。

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