第100話 行動開始

「どこで何を吹き込まれた、ミーナ・アレイン」


 先ほどの無表情から一変し、不気味に見えるほど余裕のある笑みを浮かべてエル・アルヴは、冷たい視線をミーナに向ける。

 ここで下手な回答をしようものならば、その場で殺されるのではないかと錯覚させるほどの威圧感。

 それに耐え、ミーナは言葉を吐き出す。


「反乱軍の連中が気にしていたもので。どうにも耳に残ってしまっているようです。失礼しました」

「そうか。なるほどな。しかし、そうさな。本当にそうか?」

「と、言いますと?」

「私の知るミーナ・アレインという人間の印象とずいぶんと違う。少し見ない間に何があった」


 何もかもを見通したような顔で、エル・アルヴは笑う。

 いや、嘲笑っている、というべきか。

 すべてを理解しているのだ。

 ここにミーナが来た時点で、彼女がもはや自分の手駒ではなく、獅子身中の虫であると読み、あえて泳がせ、その反応を見て楽しんでいた。


「私はな、さすがに歳のせいか物覚えはあまりよくないが……人間の顔と名前、そしてその人間の特徴というものは間違えないという自信がある。故に、だ。貴様、何を見て、何を知った?」

「……」

「沈黙は金、というがな。この場合のは悪手だぞ」


 深呼吸をして、ズボンのポケットに手を入れる。


「……先の反乱軍の大攻勢。あの時に捕らえた捕虜は約5万人でしたか」

「娘もいたのでな。扱いに困って未だ結論は出ていない」

「その5万人。それだけの人数をどうやってアムリタコロニーまで運んだんですか」

「……そうか。そこまで知っているか」

甘き死ズューサー・トートなんてものまで使ったのはなぜですか」

「なるほど。貴様は知りすぎているな」


 エル・アルヴから銃を向けられるミーナ。

 邪魔者は排除する。それは当然の流れだ。

 だから、ミーナは静かにポケットの中に仕込んだスイッチに触れた。


「どうした。そのポケットの中の銃を抜けばいいだろう?」

「残念ですが、私は今銃を持っていないのですよ」

「だろうな。ここへ通す前にそういうものは一度回収している。だが……」


 流石にエル・アルヴの顔が変わる。余裕のあった表情から一転し、様々な疑念と疑惑を整理するために、表情が凍る。

 反乱軍に感化され、殺すつもりでここに来た。そうエル・アルヴ自身は思っていたが、どうも違う。

 会話を続けていたのはこちらの油断を誘うためだとも考えていた。

 だが、それも違う。


 なら、何をしている。何故、銃を向けられているのに不敵に笑える。

 確かに緊張は感じるが、それでもなお笑えるだけの余裕がある。

 何故だ。引鉄に少し力を入れれば眉間を射抜かれるような状況で、外しようのない距離であるというのに何故笑えるのだろうか。

 その理由が、全く分からず

 ――その答えを、すぐにエル・アルヴは知る事になる。


『陛下!』


 緊急連絡用通信回線が突如として開き、基地内で何かトラブルがあったことを告げる。

 その直後、激しい揺れがこの私室にも伝わってきた。


「何事か」

『ミーナ・アレインの持ち込んだ機体からメイド服の女が飛び出してきて暴れています! それに、機体が勝手に動い――』


 爆音とともに通信が途切れる。


「……貴様ァ! 何をした!!」


 流石に激昂する。

 タイミングからして、ミーナが何かしたとしか思えない。

 だが、ミーナは余裕を持って笑みを浮かべた。


「確かに銃はこの部屋に持ち込めませんよ。けど、これがありますから」


 ミーナは袖に仕込んでいた黒い刃のナイフを取り出すと、姿勢を低くするなり跳び出す。

 そのナイフは金属探知機にひっかかることのない、黒曜石で出来たナイフ。

 金属製のものとくらべて耐久性にも劣るし、切れ味も金属製よりも悪い。

 が、しかしだ。急所に一撃食らわすくらいはできる。

 命の危機を察しはしたが敏捷な動きに対応できず、エル・アルヴの持つ銃は照準が定まらないまま弾丸を放った。

 当然、そんな弾丸が当たるわけもなく、ミーナの接近を許してしまう。


「これでッ!」

「甘いわッ!」


 掴みかかろうとするミーナの手を払い、壁際まで走る。

 当然、そこにあるのは壁。どこまで行ってもこの場所には逃げ場がない。

 だがエル・アルヴが逃げた先にあるのは隠し通路の開閉スイッチ。

 無論、ミーナはその存在も知らず、ただ壁際に追い込んだように見えている。


「私を殺すつもりならば、部屋に入った時点でっておくべきだったなぁ!」


 壁を叩き、スイッチを押す。

 瞬間。丁度エル・アルヴの立っている場所の床が抜け、彼女の姿が消える。


「……殺すつもりだったら、逃がしてないさ」


 逃げられた。最初からこちらは殺すつもりなどなかったが、重要参考人を逃がすわけにはいかない。

 だが、隠し通路へのスイッチは強打された影響で壊れてしまっており、動きそうにない。

 追跡は諦めるしかないが、エル・アルヴの性格からしてただ逃げたというわけでもあるまい、とミーナは状況が変わったことをアニマに伝えるため、通信機のスイッチを入れた。


「こちらミーナ。対象には逃げられた。フェイズ2Bスタートしてください」



 ミーナがスイッチを押したことを、アロンダイトが感知した。

 それを合図に、行動を開始する。

 まず、最初に動いたのはアニマだ。

 アロンダイトの左肩に装備されたマルチプルランチャーの弾倉部分に隠れており、それを蹴破って格納庫に降り立った。


「なんだ!? え、メイド……?」

「動くな! 抵抗すれば発砲するぞ」

『どうぞ、ご自由に』


 そう答えると、アニマは右手のマシンキャノンを起動させ、指先の銃口を展開。それを視界に入ったセイバーバッツめがけて発砲した。

 5つの銃口から同時に超高速連射される弾丸は、装甲に阻まれて通用することはない――はずなのに、撃たれた機体が爆発した。


「なっ……」

『ボクのは特別製だからね。貫通力、甘く見ない方が良い』


 無論。馬鹿正直に真正面から撃っても効果はない。威力が高めとはいえ、あくまでも対人用を想定とした武器であるマシンキャノンでソリッドトルーパーを破壊することはまず不可能だ。

 ではなぜ、機体が爆発したのか。

 それは至極単純な事。装甲の隙間から動力炉を撃ち抜いたのだ。

 偶然視界に入っただけの機体を撃ったわけではなく、確実に動力炉を狙える角度への攻撃。

 アニマはそれを狙って行える。


対人戦闘部隊クローズ、早く来い! これはお前等の領分だろう!」

「もう来ている!」


 鉤爪を装備した男が、アニマめがけて飛び掛かる。


「貴様、あの時の……!」

『あの時? ああ、ドラウでのことか』


 飛び掛かってきた男の顔面を掴む。

 どうやら因縁の相手がここにいたらしいが――あの時ほど脅威を感じない。

 何せ今は荷物がないマコがいない


『あの時はがあったからまともに相手できなかったけど……荷物があってもあしらえていたので問題ナシ』

「なっ、は、放せ!」

『嫌です』


 そのまま、顔面から床に叩きつける。

 瞬間、嫌な音とともに鼻が潰れ、大量の血を噴き出した。


「撃てッ!」


 男を床に叩きつけた一瞬の隙を狙うように、取り囲んだ兵士が一斉に発砲する。

 アニマは十字砲火の中を掻い潜りながら走る。さらに、自分当たりそうな弾丸は


「なんだアイツ!? 銃弾を弾いて……いや、違う!」

「マッハ3で真横から叩けば銃弾は叩き落せるとか聞いたことがあるぞ!」

「どこの誰情報だそれ!」

「漫画で見た!」

「お前馬鹿だろ!?」

「言ってる場合か! 来るぞ」


 銃弾を避けるどころか、はたき落としながら接近するメイド服の何か。

 はたき落とされた銃弾は本来の弾速ではありえないほど深く床にめり込んでおり、どれだけの勢いと力で弾かれればそうなるのか、と想像すると恐ろしくなる。

 が、そんなことを気にする間もなく、次の異変が起きる。


「おい、あの鹵獲機が動いてるぞ!?」

「誰が乗って……なっ」


 コクピットハッチは開いたまま。露出したコクピットには――誰も乗っていない。

 完全な無人。そんな状態で動き出したソリッドトルーパー・アロンダイトはビームライフルを構えて、それを大気中のセイバーバッツめがけて放った。

 放たれた閃光はあっという間に装甲を融解。貫通し、推進剤を焼き爆発を起こす。


「まずい。まずいまずい。退避! 退避ィ!」

「しかし、逃げたら――」

「バカ野郎! あんな連中、対人用装備でどうにかなるわけないだろうが!! バズーカ持ってこい、対ソリッドトルーパー用の!」

「んなのでアレが止まるかよ!」


 ビーム兵器を装備しているソリッドトルーパーと、銃弾をはたき落としてくるメイド服の変なの。

 戦力としては少ないはずなのに、倒せるビジョンが見えず、彼等はただ逃げ惑う。


『――――』

『フェイズ2Bへ移行? 了解』


 アニマはアロンダイトを操っているグランパからの通信を受け、状況が次の段階へと移ったことを知り、膝を曲げて仕込まれたミサイルを露出させる。


『これより、施設の破壊を優先した行動を始める』


 脚部に仕込まれていたミサイルが放たれ、兵士が密集する通路のほうへと向かっていく。

 撃ち落とされることもなく、逃げ惑う兵士たちのど真ん中に着弾したそれは派手な爆発を起こし、通路を1つ崩落させた。

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