第144話 転ばぬ先の杖

 結局、全部話すことになった。

 キャリバーン号が回収した生体制御装置。それがどのようにして造られているかを話したうえで、その中身についても説明した。

 今、『燃える灰』が確保した生体制御装置のうち、稼働状態で存在しているのは3つ。

 それこそが、エル・アルヴ、フレア・アルヴ、アクア・アルヴの3人の脳を使用したものである。


『……』


 流石に、これを聞かされたリーファは顔色を悪くし、俯きながら黙ってしまった。

 自分の母と姉2人が脳みそだけにされて生かされています、なんて聞かされて平気でいられるわけもない。


「目覚めたばかりの貴女には、少しばかり刺激が強いと判断して黙っていた。黙っていたんだが……」


 キッとマコを睨むアッシュ。当然、マコは視線を逸らす。


『いえ、配慮して頂いていたことは理解しています。ですが、その……』

「心中お察しします。とはいえ、我々としても生体制御装置については理解が及んでいないのが実情。それに、言い方は非常にあれなのですが……どこまで稼働し続けられるのかも未知数なのです」


 事実。最初に回収したタイラント・レックスに搭載されていたもの、次に回収したタイラント・レジーナのものは戦闘後機能停止してしまった。

 ほぼ無傷で、稼働状態を維持して回収できたのは、アルヴで回収した3つだけである。


「一応、私達のほうで簡単な会話はできるようにしてあります。ですが、当然その音声は肉体があったころの音声ではなく、機械合成した音声であって……」

『それでも、母と姉と会話ができるのならば……』

「マリー。案内してくれるかい?」

『わかりました。さあ、行きましょうリーファ様』


 マリーに付き添われ、車椅子に乗り換えたところで通信が切れた。


「まだ、薬の影響が残っているのか」

「他の患者も似たようなものだってさ。麻痺、というよりは一時的に神経系が混乱していて動かしにくい場所がある、という感じだとベルが言っていた」

「ようするに、時間経過で治るってことね。問題はどれほどの時間がかかるか、って話ではあるけどさだだだだだ!!」


 シルルの拳がマコの蟀谷こめかみを捉えたまま、内側に向けて力を入れつつ拳を捻る。

 ぐりぐり、と指の付け根の関節を押し当てるような恰好。

 これが結構、痛い。

 人的急所を押しているというのもあるが、関節が曲がることで飛び出しているため、ピンポイントで圧力がかかる為、加えられる力の何倍もの圧力がその1点に集中している。


「しばらく反省しなさい。それで、アッシュ。リーファ王女のことは勿論だけど、食糧問題については速めに解決しなければ拙いよ。まだ眠っている患者がいるとはいえ、最終的にはアルヴ人だけで約5万人。サンドラッド人も含めるともっとだ」

「わかってるよ。そのために先遣隊を降下させたんだよ」


 その先遣隊が降下してからもうすぐ3時間くらいになる。

 流石にどこかの陸地には上陸できたはずだが、連絡はまだない。

 とはいえ、ソードフィッシュの反応はキャッチできている以上、事故があったとかではないのだろう。

 仮に事故が起きたとしても、アストラル体がこちらに連絡を入れてくるだろうから、それがないということはとりあえずは無事である、と見ていいかもしれない。


「まあ本人たち曰く、無酸素環境でもなんとかなるらしいし、あの戦闘力だ。多少の荒事も問題はないだろうけど。それはそうと、アッシュに相談があるんだ」

「それ、アタシが居てもいいヤツ?」

「ああ。最終的には全員に関わりのある話だからね」

「わかった。聞かせてくれ」

「キャリバーン号を強化するために、新造艦を3隻ほど建造したい。そのため資材は、申し訳ないが先に確保はしてある」


 つまり、その間シースベースはマリーだけで運用していた、ということになるのだが、今はそれについて追及する場面ではないので、2人は一旦言葉を飲み込んだ。


「元々、キャリバーンを設計した段階で他の艦艇と合体して性能を強化するという案は用意していたんだ。何せ、キャリバーンそのものの火力は高いが、それでも突破力まで高いか、と言われると微妙だからね」

「待った。艦艇同士の合体とか、それ正気か? キャリバーンだけで750メートルもある大型の戦艦なんだぞ。それに現状でも火力は十分にある。これ以上の強化は――」

「そうも言っていられない。ウロボロスネストに私すら対応しきれないレベルのハッカーがいることが判っている。アッシュが接触したという少女がそのハッカーだろう」

「それの何が問題なんだ」

「キャリバーン号の建造中に、彼女にその設計データを覗き見られたとしたら?」

「ッ!?」


 キャリバーン号の性能は、アッシュ達が誰よりもよく知っている。

 それと同型の艦艇が立ちはだかるとなれば、苦戦するのは必至。それどころか、設計図を基に改良を加えられていては、勝てる要素はない。


「そうでなくても、各国の機密情報を抜き出して私の知らない技術を集結させた兵器を開発している可能性だってある。少なくとも、PD-01を投入してくるくらいにはぶっ飛んだ連中な訳だしね」

「……それに、俺があの時みたソリッドトルーパー。明らかに普通の技術では動いてなかった」


 アッシュの脳裏に浮かぶ、ネオベガスのブリッジを破壊しに接近してきた腕のないソリッドトルーパー。

 バックパックのほうから連なったコンテナユニットが外套のように身体を覆っていたのを記憶している。

 だが、その記憶にはあるべきものがなかった。その違和感がずっとひっかかっていたが、状況が状況であの時はその答えに行き着かなかった。


「あの時の機体。もしかすると重力場推進かもしれない。それに急に現れたから、光学迷彩も搭載しているかもしれない」


 推進剤を燃焼させた際にどうしてもその光が見える。

 それが一切見えなかった、気がする。


重力制御機構グラビコンの小型化は、あらゆる国家が取り組んでいるものだ。そういった研究成果を盗み見れば、そういったものができるのも頷ける。私達が今後本気で相手にしなきゃいけない連中は、そういう奴等ってことさ」

「けどさー。現実的な問題として、こっちから打って出る、ってできないんだよね」

「まあな。ただ、アイツ等は挑発までして俺達をネオベガスに呼びつけたんだ。今後はもっと仕掛けてくるだろうさ。それに……」


 『蛇の足』の装備がラウンド製だったのが気にかかる。

 ウロボロスネストがラウンドから奪ったものならそれでよし。そうでない場合――たとえば、惑星国家ラウンドがウロボロスネストの支持者であった場合はかなり厄介なことになる。

 それはキャリバーン号を持ち出したことによってしばらくはおとなしくなるであろうと考えていたシルルにとっては大きな誤算である。

 確かに彼女が抜けたことにより、ラウンドの兵器開発速度は鈍化する。これは間違いないが、各惑星の最新技術をごっそり抜き出せる存在がいるのであれば、話は変わる。


「アッシュ、君の考えている事はわかるよ。だからこそのキャリバーン号の強化だ」

「……しかし、それなら強化ユニットとしての製造でいいだろう。なんで艦艇にする必要が?」

「利便性の問題さ。それに……そっちのほうが浪漫があるだろう?」


 その発言に、アッシュもマコもぽかんとした顔をして、互いに顔を見合わす。


「お前、マッドサイエンティストの才能あるよ」

「知らなかったのか? 私は元々そっち寄りの人間なんだよ」


 そう言うとシルルは不敵な笑みを浮かべ、アッシュとマコは呆れて深く息を吐いた。

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