第143話 大失言
ワープアウトした先にあった惑星は、現状参照できるあらゆるデータに存在しない惑星であり、当然この惑星の座標もわからない。
状況としては、正直最悪の類である。
端的に言ってしまえば、宇宙の迷子。
ワープドライブで離れようとしても、現在位置が分からない以上、どの方角へ向けてワープドライブを起動させればいいのかわからない。
惑星の座標というのは、つまりは、他の惑星――人類が到達している惑星同士の距離である。
比較になる惑星が存在しない以上、この惑星周辺からの離脱は不可能である。
だが、それ以上に未開の惑星の発見の興奮が人々を熱狂させた。
何せ自分達が発見した惑星。誰のものでもない惑星。
サンドラッドから脱出した者たちにとっては入居可能な新たな惑星であり、引き続き治療中のアルヴ革命軍の者たちにとっては久方ぶりの自然である。
今すぐにでも惑星に降下したい、と現在シースベースにいる数万人が一気に声を上げるわけだが――シルルはそれを一蹴する。
「惑星の大気組成の調査ができていない! それに大気に問題がなくても、気温の問題もあれば、レイスのように年月を経れば有毒になる物質が存在している可能性もある以上、いきなり多人数の降下は認められない!!」
とのことである。
実際、ぐうの音も出ないくらいの正論である。
ということで、調査隊を派遣する事になるのだが、そのメンバーに立候補したのはレジーナ達であった。
「レジーナ達タリスマンにメインの調査を任せ、アストラル体のソリッドトルーパーを何機か同行させよう」
「待った。タリスマンってなんだ」
「いつまでも結晶化したサンドラッド人なんて言い方は面倒だろう。だから私が命名した。若干言葉遊びも含むがね」
『お守り、か。まあ、悪くはないな』
それでいいのか、とアッシュは腕を組んで唸るが、当事者であるレジーナが気に入ってるようなので、それでいいのだろう。
閑話休題。
レジーナ達――あらため、タリスマン達と数機のソリッドトルーパーといくらかのアストラル体入りオートマトン、そして調査に必要な資材を積んだソードフィッシュを惑星に降下させてから2時間後のシースベース。
まだまだ降下したばかりで大した調査も進んでいないこともあり、さすがにまだ熱は冷めていないが、さすがに落ち着き始めていた。
状況は一切好転していないが。
「現状、シースベースの座標は不明だ。座標を確定させるためにありとあらゆる望遠装置を使って既知の惑星がないかを調査中だが――」
シルルが頭をかく。
シースベースのコントロールルームで常時得られる情報を増やそうとしているが、それでも得られるものは少ない。
望遠装置――各種の天体望遠鏡を使用して既知の恒星、またはブラックホール等を確認できればその距離から現在位置を割り出せるのだが、それもまだできていない。
現状、物資は潤沢である。
だがそれもいつかは消える。
とくに鉱山資源の類が問題で、これに関しては設備はあれど加工するための原材料がない状態。
食料に関しては生産プラントが稼働しているし、天然ものに拘らないのであれば合成食糧でしばらく持ちこたえることはできる。
「ひとくくりに物資と呼ぶけど、このままだとどれくらい持ちそう?」
「食料に関しては最大で1年。ただしそれは、シースベースにいる全員が毎日同じ量の食料を消費したと計算した場合。それも、生存に必要な最低限の量を、だ」
マコの質問に困ったような――いや、完全に困り果てた顔でシルルは返す。
当然、そんな顔もしたくなる。
切り詰めた食生活も、最初のうちは耐えられてもそれが長期間続けばストレスになる。そのストレスを切っ掛けとしてどれだけの問題が連鎖するかは、想像したくはない。
「補給物資を購入しにいくこともできないとなると、早急に問題を解決するしかない、か」
「その解決方法を思いつかないから問題なんだよ」
アッシュを交えた3人だけでは、どうも案が出てこない。
一応は周辺の小惑星までいって採掘して資源を入手、という手はある。
食料に関しても、眼下の惑星で食料が見つかれば解決するだろう。
ただ、それでは解決しない問題がある。
『それでは困るのです』
「……リーファ王女」
目を覚ましたことで個室に移ったリーファ王女が、通信で会議に参加している。
その後ろでは彼女身の回りの世話をするマリーも映り込んでいる。
彼女は元々アルヴ革命軍の先頭に立ち、革命軍を指揮して戦い、そして敗れた。その結果薬で意識を奪われ、もう少しでどこかの惑星へと売り飛ばされるところだったが、こうして今はシースベースに救出されている。
『今のアルヴの状況は、マルグリット様――いえ、マリー様から聞きました。それ故に、ワタクシは必ずアルヴに戻らねばならないのです』
「わかってますよ、王女。だから困ってるんですよ、現状」
「それとは別に、なんなんだあの追ってきたよ。ハイパースペースで仕掛けてくるって……」
「ネオベガス撃破後、徹底的に追跡してきてた。そうとしか考えられない」
「ああ。そうえいば、だ。これ、再生しないとだ」
シルルがコンソールを操作し、保存していた動画データを再生する。
それは、『蛇の足』のリーダーの演説の動画であった。
ただしその内容は、以前の独立を要求する内容ではなく、ネオベガスを核を満載した質量弾として惑星ディノスへと落とすというもの。
無論、それはアッシュ達によって事前に阻止されているが。
「この映像、どう思う?」
「どうって……あっ」
マコが動画の保存された日時を確認し、声を上げた。
「この時間、すでにネオベガスはGプレッシャーライフルで粉砕されてる」
「事件後に出された声明。これ、どう考えてもおかしいだろう。それに、少し訛りが違う」
「……なるほど。アルヴの女王の時と同じってことね」
と、うっかりマコが口を滑らせた。
しまった、という顔をするももう遅い。
『……どういうことですか』
顔を覆うアッシュとシルル。バツが悪そうに、通信モニターから視線を逸らすマコ。
とはいえ、もう言い逃れなどできはしないが。
「アルヴの混乱の原因は、ウロボロスネストによるものだ。そのやり方というのが――」
「本物の女王、エル・アルヴを排除し、入れ替わる事」
『では、やはりあの母様は偽物だったのですね』
「その結果、アルヴは奴等の手によって新兵器の実験場に使われるところでした」
使われていた、ではなく使われるところだった。
そうシルルが言ったのはちゃんと理由がある。
あの惑星でマコとアニマが遭遇した有人タイプのタイラント・レックスのほかに確認できたタイラントタイプのソリッドトルーパーは、あのタイラント・インペラトルのみだけ。
かつ量産されていた様子こそあれど、それが投入されたという記録がない為、パイロットを用意する前段階で、マコ達が介入して投入計画そのものが破綻したのではないか、という推測だ。
『最後に確認できた状況は?』
「ウロボロスネストに繋がっているであろう人間は不明。革命軍と正規軍は停戦。現在は共同で惑星全域の復興と治安維持に努めている、はずです」
『……兄様たちは』
「公的記録ではライデン王子とランド王子は処刑。おそらくすでに執行済みでしょう」
『そう、ですか』
すべてを悟ったかのように、リーファは目を閉じつつ天を仰いだ。
姉たちは自分が敗れる前にすでに行方不明。その原因が、母親と入れ替わったウロボロスネストの構成員による手引きだったとすれば、すでに母も姉も生きてはいない。
自分はこの世に残った、唯一のアルヴの王族なのだと理解し、静かに涙を流す。
(……で、どうする。ここまで話したけどさ)
(バカかいアッシュ!? そんな馬鹿正直に脳みそだけになって生きてますなんて言えるわけないだろう!?)
(だよなあ……!)
「……ねえ、アレの事は伝えなくてもいいの!?」
「「おい!!!!」」
せっかくアッシュとシルルがマイクに拾われないような小声で話していたのに台無しである。
モニターの向こうでリーファの世話をしていたマリーも、さすがに目を見開いて硬直。そのままゆっくりと視線をリーファからそらすも、リーファもそれに気づいてかマリーのほうへ視線を向ける。
「え、アタシ今なにかやらかした?」
「わざとらしすぎるだろ!? さっきは気付いたのに、今回は気付かないとかふざけてるのか!?」
「あー、ベル。今日の食事なんだけどね。うん、マコのにだけアンカプロサート盛っといて。え、盛るような薬じゃない? でもなんとかする。ありがとう」
「ちょっとシルル!? それ禁酒薬だよね!? 何しようとしてるの!!」
モニターの向こうではマリーがリーファに詰め寄られている。
これはもう、生体制御装置の件も話すしかなさそうだ。
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