第32話 挟撃
フロレントの襲撃を受け、完全に不意打ちを食らった形のオルカ団。
買ったばかりであろう新品の巡洋艦を1隻オシャカにされ、当然ながら怒り心頭で拠点にしていた小惑星から飛び出してくる。
と、言っても展開が遅いし、何より拠点がソリッドトルーパーから攻撃を受けた時点でそれはすでに手遅れに近い状態である。
フロレントはアンカーを射出。それを近くの小惑星に打ち込むなりワイヤーを巻いて小惑星に自身を引き寄せる。
直後、先ほどまでフロレントがいた場所を宇宙シャチの背中に取り付けられたカーゴから放たれた弾丸――否、砲弾が通過する。
120ミリ口径の弾など、たかが8メートルあるかないかのソリッドトルーパーにとっては砲弾も同然であり、命中すれば木っ端微塵。そもそも対艦用装備としても十分通用する口径である。
が、そんなものが無反動で使えるわけもなく、たった1発撃っただけで大きく跳ね上がった砲身では再度狙いをつけるのには少々時間がかかるだろう。
その間にフロレントはアンカーを回収し、小惑星を蹴って勢いをつけて宇宙シャチに急接近。
背中の十字型ブレードを引き抜いてカーゴめがけて横薙ぎに払った。
メキメキとカーゴが音を立てて裂け、宇宙シャチの上から離れる。
尤も、その音はフロレントのOSが状況に合わせて合成し、コクピットに流した効果音であるが。
「次は」
カーゴを取り払われた宇宙シャチはそのカーゴに尻尾で強烈な一撃を入れてアステロイドベルトのほうへと弾き飛ばした。
カーゴの外見からして、推進力なんて持ってないだろうし、誰も回収しなければあのまま死ぬまで宇宙を漂流する事になるだろう、と飛ばされたカーゴを一瞥し、ベルは次の攻撃目標に視線を移す。
ようやく、ガーフィッシュ級巡洋艦2隻とスタージェン級重巡洋艦が動き出した。
どちらもワンマンシップであり、少人数で動かせる艦船であるのだが、初撃からずいぶんと時間がたってから動き出した。
とはいえ、完全に油断した状態から持ち直した、ずぶの素人が艦船を動かしている、という意味では及第点くらいだろう。
だが現実は非常だ。展開が遅すぎる。
ソリッドトルーパーがすでに懐に入り込んでいる状態で、今更巡洋艦なんて何の役にたつのだろうか。
小惑星から艦が半分ほど出たあたりで、砲塔がフロレントに向く。
すべてがビーム砲。狙われた時点で回避行動を取っていなければまず被弾してしまう。
が、それは何もそちらだけの事ではない。
オルカ団が拠点としている小惑星の上を越えて、クラレントが3隻の真上に出現。
ビームライフルで砲塔をひとつずつ撃ち抜いていく。
「遅いですよ、アッシュさん」
「悪い! この小惑星思ったよりデカくて回り込むのに時間がかかった」
「まあ、いいですけど」
ビームランチャーの出力を絞り、ピンポイントで武装だけを撃ち抜くベル。
同時にそれは効果的な脅しでもある。
あちらはビームランチャーの攻撃力を知っている
一撃で巡洋艦を破壊できるほどの攻撃力を持っているのに、わざわざその威力を絞って攻撃しているということは、つまり極力殺すつもりはないという事である。
そこを突けば、オルカ団は逆転することはできずとも反撃くらいはできる、と踏んで残った艦砲を向ける。
が、そうしようにも気付けばすでに主砲や副砲だけでなく対空砲まで潰されており、反撃の手が一切ない。
さらにそこへ、完全に抵抗する意思をへし折ってくるような攻撃が始まる。
「ブレード、使いますか?」
「いや、こいつで十分だ」
ビームライフルを照射モードにして引鉄を引く。
するとビームは減衰するまで延々と伸び続け、まるで巨大な光の剣のようになる。
それを振りかざし、スタージェン級の艦後方にあるメインの推進器の近くめがけて振り下ろす。
振り下ろされた光の刃はメインの推力と本体を切り離し、すでに武装を破壊されつくした重巡洋艦をただの鉄の塊に変えた。
「やべ、あと数メートルずれたら大爆発してた……」
「だからこっちのほうが確実なんですって」
続けて、フロレントが十字型ブレードでブリッジのやや下をめがけて横一閃。ブリッジを艦本体から切り離し、艦の動きを止める。
残るのは武装がないガーフィッシュ級巡洋艦1隻と、2頭の宇宙シャチ。
だが宇宙シャチのほうは問題にならない。
ビームの熱を嫌って暴れ出し、背中のカーゴを振り払ってどこかに泳ぎ去っていく。
「調教して従わせてるんじゃなかったっけ?」
「鞭で叩かれ続けたら、そりゃあ嫌われますよ」
「そりゃそうだ」
抵抗する力を失った巡洋艦に2機のソリッドトルーパーが接近する。
丁寧に対空砲座すら破壊しているのだから、彼等はただ怯えて自分たちを攻撃してきた相手の動向をただ見ているしかない。
「さて。何か一言あるかな、シスター・ヘル」
「そうですね。しいて言うのならば――お前達にそんな玩具は必要ない、でしょうかね。貴方こそどうなんです、『燃える灰』」
「そうだな。ただ一言。身の程知らず、だな」
ガーフィッシュ級の装甲に振れ、あえてその会話の内容が相手に伝わるように会話する2人。
世間的にも有名な宇宙海賊と、対峙した相手を必ず殺す賞金稼ぎ。
それはただのチンピラにとってはその2人が組んで襲ってくるなど、恐怖でしかなく、同時にこれが最後通告であり降伏勧告なのだと悟る事になった。
◆
オルカ団全員を拘束し余っていたカーゴに集め、2人は尋問を開始した。
聞き出したいのは勿論、急に羽振りが良くなった理由。
とはいっても、ある程度のあたりはすでに付けている為、確認という意味合いが強いのだが。
「さて、と。とりあえず君たちが急に羽振りがよくなった理由を聞かせてもらおうか」
「……」
全員、若い。アッシュたちも十分若いが、それよりも若い。
せいぜい16歳から18歳程度の未成年ばかりだ。……一部例外を除いて。
なので、その一部例外に該当する男に2人して詰め寄っている。
「あー別に俺はいいよ? でも俺が相手しているうちに白状しないと、アイツがぶっ放すから」
と、アッシュが男に詰め寄る。
この男。見るからに三十路を超えている。端的に特徴を表すのならば高身長の筋肉達磨。
拘束用ロープ程度なら軽々引きちぎってしまえそうなほどの体格ではあるが、おとなしくしている。
まあ、顎にエーテルガン突き付けられた状態で暴れようとは思わないだろうし、もしそれをどうにかできても、控えているベルが引鉄を引くだけだ。
「くっ、卑怯者めが……」
「……いや、海賊に卑怯もへったくれもねえからな?」
「何を言われようとも、我々は依頼主を裏切る事はしない!」
「ふーん」
アッシュはエーテルガンを男の顎から放し、背後にいるオルカ団の少年たちに向けて放った。
「ぎっ……ごっへっ、かひゅ……」
放たれたエーテル弾はひとりの少年の下腹部に命中し、短い悲鳴の後に激しく咳き込む。
無防備な腹めがけてボディーブローを叩き込まれたようなものだ。悶絶して当然だろう。
「なっ!? 何故撃った!!」
「いや、この状態になって何か勘違いしてるみたいだからさ。あ、ちなみに出力最低だからめっちゃ痛いだけだが……出力を上げたらどうなるかわかるよな? 義理と命。どっち取るよ」
男は歯ぎしりしながらアッシュを睨んでいる。
「シスター」
「ええ」
「待て! 待ってくれ!!」
アッシュの持っているエーテルガンと異なり、ベルの持っているのは弾丸を放つ実銃である。そんなもので撃たれれば、死ぬことだってあり得るし、何よりあちらかすればシスター・ヘルならば確実に殺すだろうという確信があるのだから、焦りもするだろう。
「わかった。全部話す……だから、そいつらだけは……」
「リーダー……!」
「駄目だ。リーダー! あいつらとの約束を破ったら、何をされるかわからねえんだぞ!」
「あ、もうその反応で十分だ。どうせ蛇の関係者だろ」
「なっ……」
リーダーと呼ばれた男だけは、依頼主の正体に勘づいていたようで、アッシュの言葉に反応してしまった。
ヘルメット越しにしまった、という顔をしたがそれを至近距離にいるアッシュが見逃すわけがない。
「……もう、いい?」
「そうだな」
アッシュもベルも銃を降ろす。
あまりにも突然の出来事に、オルカ団一同はきょとんとして2人を見上げる。
「質問を変えよう。お前等は何をどこまで運んだ」
「なんで俺たちが荷物を運んだって知ってるんだ……?」
「いいから答えろ。いつ、どこまで運んだ」
「……1週間前。惑星レイスのスペースポートだ。中身は、知らない」
「嘘は――言ってないな。撤収するぞ」
「始末しなくていいんですか?」
さらっと恐ろしい事を言い出すベル。それを聞いてオルカ団の少年少女たちは悲鳴をあげている。
が、当然もうその必要性はないので、アッシュは呆れながらベルを止める。
「ああ。それに関しては問題ない。だって、アイツがもう通報済みだから。むしろ俺たちがここにいるほうが拙いんだよ」
カーゴを離れ、外に待機させた自身等の乗機に乗り込んで離れる。
それと入れ違いに、シルルが呼んだアルカディア・オアシス所属の警備部隊の艦艇が小惑星へと近づいてくる。
警備部隊に向かってクラレントとフロレントは敬礼をして見送る。
『お疲れ。これでオルカ団にかけられてた懸賞金は我々のものだ』
シルルからの通信に、アッシュとベルは深いため息で返す。
『おや、どうしたんだい?』
「次の目的地が決まった」
「惑星レイスですか……」
『えっ、惑星レイス……? マジで?』
通信機から返ってくるマコの声がどこか強張ったように聞こえたが――気のせいではない。
惑星レイスなんかに進んで行きたい人間はほとんどいない。
誰が呼んだか幽霊惑星。常識では計り知れない現象が起きる、奇怪な惑星なのである。
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