第31話 無法宙域

 キャリバーン号は動かさない。そうアッシュが言ったのにはちゃんと理由がある。

 まず、キャリバーン号は大きすぎ、どうしても目立つからが9割9分。残り1分は再入港手続きが面倒だからである。

 750メートルほどもある巨体で相手の拠点に近づけば、即座に発見されて逃げられる可能性がある。

 特に、シールドに突っ込んでくるようなバカが相手ならばなおさらその可能性を考えるべきだ。

 ならばどうするか、というと当然より小型で高い戦闘力を持つもの――ソリッドトルーパーで接近すればいいというわけだ。


「でもよく許可取れましたね」

「オアシスの管理局には宇宙用装備に切り替えた為に習熟飛行が必要だ、と言ってあるからな」


 嘘は言っていない。

 地上用の機体であったフロレントを宇宙でも運用できるように改造し、ベルを宇宙に慣らすという目的がないわけではない。


「そういえばベル、宇宙は初めてじゃないんだよな?」

「ええ。何度か。最終的に惑星内で事を済ます方が面倒ごとが少ないと気付いてからは機体も地上用にしましたが」


 クラレントとフロレント。その2機が並んでアルカディア・オアシスの管轄宙域から外れたアステロイドベルトの隙間を縫うように移動する。

 こうすることで、他の小惑星と誤認させることができるのと、目視での確認を遅らせるという目的もある。

 まあ、見つかる時は見つかるし、ここに潜んでいるアウトロー連中と遭遇する可能性も十分に存在するのだが。


『こちらシルル。聞こえてるか、2人とも』

「ああ。聞こえてるさ」

『フロレント改(仮称)の性能は上々だね』

「まさかあの機体を回収しているとは……」


 クラレントとフロレントが交戦した時、ベルは機体の本体を捨てて逃走した。

 その際に残された機体は破壊されず、キャリバーン号に収納されていたのだが、それをシルルが勝手に改造して支援機として生まれ変わらせていた。

 入手当時は戦利品扱いだったが、その持ち主たるベルが合流したのだから改造はまずかったのではないか、と後になって気になったアッシュは本人にどう思っているのかと尋ねたが、その時は『捨てたものですから』と特に気にしていなかったようだった。

 ただ『機密保持の事を考えれば自爆装置を搭載しておくべきでした』とも言っていた。

 もし搭載されていたら今アッシュはここにいなかっただろうが。


 なお、改造されたフラレントはシールドなどを外され、代わりに右肩にはEWACSEarly Warning And Control System――早期警戒・管制用装備が追加。

 左肩には通信範囲を拡大するための各種装備とマルチプルランチャーを装備。

 武装は長距離攻撃も可能なロングレンジのビームライフルを装備し、それ専用にジェネレーターを外付け装備。結果全備重量は元となった機体を上回ってしまったが、そこはそれ。

 役割をそもそも後方支援と割り切っているので、特に問題視はしていない。


 で、そのフラレント改(仮称)は今、誰も乗っていない。

 キャリバーン号からシルルが遠隔操作しているのである。

 ギリギリ管理宙域外で待機するその機体は、キャリバーン号とクラレント・フロレント間の通信を中継する役割がある。

 おかげで、通信状況は非常に良好である。


「それで、目標の小惑星ってのは現在の侵攻ルートでいいんだよな」

『ああ、問題ない。そのままでいい。妙に開けた場所にある小惑星があるはずだ。元々資源採掘用の小惑星だったらしく、大きさはそれなりだ』

「でもなんでそんなところに宇宙シャチが? あれって広範囲を回遊する生物のはずですよね」


 なお、ここでの広範囲というのは惑星間ほどの範囲を指す。


『宇宙シャチの生態はよくわかっていないけれど、もしかするとその小惑星が繁殖地だったのかもしれないね。だから、捕まえやすかった』

「それでもアイツ等反撃受けてたよな」

『まあ、賢い動物だから、従ったフリくらいするんだろうし、自分達より強い相手っていうのも理解できるんだろう』

「そういうものか……っと。ベル、止まれ」

「……こちらも目標を確認しました」


 浮かぶ小惑星にしがみつき、隠れる。

 そっと指先だけを出し、そこに仕込まれたカメラで前方の様子を確認する。

 送られてくる映像はリアルタイムでキャリバーン号にも転送。情報をリアルタイムで情報を共有する。

 映るのは大きめの小惑星。自分たちが隠れた小惑星など比較にもならない。


「確か資源採掘用って言ってたな……」

「周囲に宇宙シャチが3頭……前に接触したのとは違う、かどうかわからないですね」

『いや、待った。あの背中のカーゴ。前に接触した時と違ってちゃんとした武装をしている。画像から見て120ミリ砲で間違いない。なんであんなのをチンピラが装備してるんだ?』

「その奥には買ったていう巡洋艦3隻。あれはガーフィッシュ級か。重巡のほうはスタージェン級……噂通りずいぶんと羽振りのいいことで」


 宇宙海賊を名乗っているだけのそこらのチンピラ程度の連中が持っているのはおかしいほどの重装備。

 たった2機で仕掛けるのはどうか、と一瞬ためらう程度には、武装がしっかりしている。

 とはいえ、だ。

 ソリッドトルーパーは、対艦戦闘用の機動兵器でもある。

 今、クラレントは標準的なビームライフル。フロレントに関してはいつものマシンガンも装備しているが、それはシールドの裏にマウントし、今は両手持ちのビームランチャーを装備している。

 クラレントに関しては機動性をを重視して余分な重量を増やさない方向で、フロレントは完全に対艦装備である。


「どうします?」

「挟撃しよう。俺が回り込む。クラレントなら重力制御機構グラビコンで静かに回り込める」

「了解。では、わたしは派手に動き回る、ということでいいんですね?」

「ああ。頼む。で、シルル。周辺に障害になりそうなのは何もないんだな?」

『そうだね。目標の周辺以外には存在しないよ。それに、どうやら彼等はソリッドトルーパーを所有していないようだ。つまり』

「懐に跳び込めば、無力になるってことだな。行くぞ」


 クラレントが静かに動き出す。

 重力場を使って移動する機体は、スラスターの光でその姿を捕らえさせない。

 フロレントはビームランチャーのエネルギーチャージを始め、小惑星の影から飛び出した。

 レーダーの範囲外であろうと、暗い宇宙空間にスラスターの光は目立ち、もし誰かがベルの進行方向のほうを向いていれば、即座に気付かれるだろう。

 そうでなくても、宇宙シャチが反応すれば即座にバレる。


「では、まず狙いは……」


 外から丸見えのが―フィッシュ級巡洋艦。その動力炉を一撃で抜ける位置に慣性移動しながら照準を合わせるベル。

 バイザーを装着し、より詳細な映像を目の前に表示する。

 カメラの映像をOSがCG処理して映し出されるコクピット内の映像ではなく、カメラから直接送られてくる補正も何もされていない周囲の状況が、バイザーの内側には表示されている。

 コクピット内の映像とバイザーの映像に差異がないことを確認し、同時にまだ相手が動いていない事も確認。

 改めて、ビームランチャーを担いで発射体勢を取る。

 バイザー内にレティクルを表示し、完全に捉える。


「今」


 ロックオンはしていない。照準が合ったタイミングで、引鉄を引いた。

 放たれた閃光は一直線に狙った場所へと延びていく。

 距離はかなりある。エーテルの影響を受けてビームが減衰するが、それも考慮しての超高出力での射撃。

 一直線にガーフィッシュ級の艦首部を直撃したそれは、そのまま内部を突き進み動力炉を貫き大爆発を起こす。

 流石にここになってあちら側もフロレントの存在に気付いたようで、宇宙シャチたちが暴れ、その背のカーゴの武装が一斉に起動状態になる。


「もう1発。今度は至近距離で」


 フロレントが突撃する。

 浮遊する小惑星よりも小さいそれが、スラスターを噴射する様はまるで流星のようであった。

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