第33話 出航
次の目的地、惑星レイス。何かと奇妙な噂が絶えない惑星である。
そもそも、惑星そのものが奇妙奇天烈奇々怪々。
スペースポートが存在する以上、間違いなくそこは人類の文明圏のひとつである。
だがしかし、そこに人らしい人はほとんどいない。
流石にスペースポートと軌道エレベーターで直結している地上施設周辺には人らしい人が暮らしているが、それ以外の場所で人間らしい人間を見つけるのは困難である。
なのに、街は点在する。そして明らかに、そこで誰かが生活している痕跡が残されているのに、人の姿を見かけない。
商店街には様々な品物が並び、飲食店からは食欲をそそる匂いが漂ってくる。
にもかかわらず、やはり人の姿は見えない。
加えて、この惑星に降りた艦は皆、怪奇現象に遭遇していると言われている。
勝手に設備の電源が付いたり消えたりする。備品の位置が変わっている等はまだかわいいもので、人の気配を感じるだとか、誰かの声を聴いただとか明らかに心霊現象ではないかと思える現象まで発生している。
「そんなところにウロボロスネストが関係する何かが運び込まれた、ということですか?」
マリーがベルが焼いたクッキーを頬張りながら訪ねる。
「ああ。どうも団員はどこの誰に依頼されたかは知らなかったみたいだが、リーダーは察してたみたいだな」
「そのリーダーの男なんだがね、どうも元々はそれなりの宇宙海賊の構成員だったらしいよ。ほら、10年ほど前の手配書だが、彼の姿もある」
シルルがオルカ団リーダーの新旧手配書をブリッジのメインスクリーンに表示する。
流石に古い方の手配書は所属していた海賊団がすでに解体されている以上、無効化されているが。
「ゴールドラッシュ海賊団……だからウロボロスネストについても感付いてたのか」
「わたしはその海賊団についてよく知らないのですが」
「
父親の死の真相。それに一歩近づいたアッシュは不敵に笑う。だが、今の本題はそこではない。
「ああ。蛇関連だからオルカ団は絶対に依頼主の情報を漏らさないように口止めしてたのか」
「シスター・ヘルと『燃える灰』が相手でも口を割らなかったあたり、徹底してたんだろうさ」
「それで、今すぐレイスに向かって出航するのかい?」
「……それなんだがなあ」
4人の視線が操舵席に座るマコに向く。
シートに膝を抱いて座り、小さくなってガタガタ震えている。
「かわいそうなくらい震えてるねえ」
「あれってもしかしなくても、ホラー系が苦手、なんでしょうね……」
犬の威嚇みたく唸り、操舵席は渡さないと周りを威嚇するマコ。
そこを引き渡せば自分の行きたくない場所へ向かってキャリバーン号が出向してしまうことを理解しているのである。
「はい、マコが使い物になりそうにないんで、代わりに操舵できる人挙手してー」
アッシュは威嚇するマコを放置することに決めた。
呼びかけに対し、手を挙げたのはアッシュとシルルのみ。
マリーはまあ当然だろうとは思っていたが、ベルが操舵できないというのは少し意外であった。
「ベルはエアバイク乗り回してたんならできそうだけど?」
「シルルさん、エアバイクと戦艦じゃ全然違いますから」
「でも、宇宙での活動したんなら、母船くらい操作したことあるだろ」
「その時は協力者がいたので」
「じゃあベルも無理か。じゃあ操舵は私かアッシュが担当するとして、航路をどうするか、だ」
現在地であるアルカディア・オアシスから惑星レイスまで、キャリバーン号の平均速度ならば3日といったところ。
ただしそれは通常航路を通った場合である。
どんな場合でも最短ルートというものが存在している。仮にそれを通るならば、半分ほどの期間で到達できる。
が、この最短ルートというのが問題である。
「プラズマベルト、か」
プラズマベルト。超高濃度のプラズマが充満した宙域であり、まるで雲のようにも見えることからプラズマクラウドとも呼ばれる事もある。
プラズマベルトの中は常に超高電圧の雷が飛び交っているような状態であり、同時にプラズマそのものが吹き付ける危険地帯。
艦に雷が直撃すれば当然計器やシステムに問題が発生する可能性が高く、プラズマそのものが直撃すれば艦そのものに深刻なダメージを与えかねない。
シールドを展開すればある程度は耐えてくれるが、時折そのシールドすら突き破るほどの威力のプラズマが発生することもある。
通常の艦船でもそのような問題が発生するのに、機能の大半をオートメーション化している関係上、ワンマンシップは雷の直撃によって艦のシステム全体がダウンして即座に航行不能になることだってあり得る。
それが、一直線上に移動する場合の問題として立ち塞がる。
が、キャリバーン号はそれに耐えうる装甲を持っているはずである。はず、なのだが、シルルは少し困ったような顔をしている。
「キャリバーン号はプラズマベルト内で活動できる、というのがウリなんだけど――当然ながら一度もテストはしていない。本来は無人でテストしてから有人テストしたかったんだが……それもできてないからね」
「つまり、万が一が起きる可能性が?」
「ない、とは言い切れない、かな」
今さら恐ろしい事をさらっと言ってくる。
「とはいえ、だ。あまり時間をかけていると手がかりが消える可能性もある。少し危険だが突っ切るほうがいいだろうさ」
「だな。それに、アクエリアスの動きが気になる」
「アクエリアス? なんでそこが出てくるんだい?」
「マコが襲われたのがあまりにも不自然すぎる。アクエリアスに滞在していたアクエリアス人が行動を起こした、というのはまだ説明がつく。武器もオアシスで買えるものを改造して使っていた、らしいしそっちもまあ違和感はない。けど、誰がマコの情報を流したんだ?」
「言われてみれば。突発的な遭遇戦なら完全中立地帯なら徒手空拳による戦闘になるはずですが……」
ベルも話を詳しく聞いたことはないが、アッシュの指摘する通りだと考える。
街中で偶然出会って殴り合いになる、なら何の違和感もない。
だが、武器を使うことが禁じられているオアシス内で武器を要するにはそれなりの時間を有する。
だから、相手が加工した武器を持っていたというのはおかしいのだ。
「それじゃあ、アッシュは事前に情報を仕入れて襲撃者を用意したといいたいのかい?」
「多分、サバイブから目を付けられてたんだろうな」
それくらいしか、キャリバーン号に乗ってからのマコの消息を確認するタイミングがない。
と、なればすでにキャリバーン号の面々は何者かに顔を知られているということになる。
それがウロボロスネスト関係だったら大問題だが、それならアッシュとマコが宇宙海賊『燃える灰』の構成員であるという事実を公表してもおかしくはない。そうしないということは、マコ個人に対する怨恨の線が濃厚だ。
「サバイブ人とアクエリアス人は見た目じゃほとんど差異がないからね。紛れていてもわからないだろうさ」
「質問なのですが」
「はい、なんでしょうマリーくん」
「アクエリアス人の特徴とは何なのですか? サバイブ人は身体能力の高さ、というのは判りますが」
肋骨にヒビが入っても3日もしないうちにソリッドトルーパー乗り回したサバイブ人が目の前にいる。
「アクエリアス人は、鰓があるんだよ。こう、脇腹のあたりに。普段は閉じてて、その時にはほとんど外見では判別できない」
「マリーが初めてマコを見た時破廉恥だ、と思ったかもしれないけどね。彼女がアクエリアス人なら、鰓を乾燥させないよう手入れしやすい薄着であるというのはある意味理にかなった格好なんだよ」
「な、なるほど……」
で、その話題にあがったマコであるが、まだ唸っている。
ベルがそっと近づいてなだめようとしたのだが……。
「シャー!!」
「ネコかお前は。そしてお前に残念なお知らせだ。この艦は、操舵席以外からでも操舵ができる」
「なっ!?」
自分の行為が全くの無意味だと知らされたマコは絶望の表情を隠そうともしなかった。
というか、隠す余裕すらなかった。
「はい、各自席についてー。ベルト絞めてー」
「全員準備完了しました」
「1名を除いて」
「ヤダ、ヤダヤダ! オバケやだああああああああ!!」
「シルル、キャリバーン号出航」
「了解。管制に出航申請――受理確認。保持アーム解除。キャリバーン号、出航ー」
「やだああああああああああああーーーーーーッ!!」
マコの絶叫が木霊する。だがシルルによって無慈悲にもキャリバーン号は惑星レイスへと向かって舵を切るのであった。
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