惑星レイス

第34話 突入

 惑星間航行において、直進していれば目的地に到着するということはまずない。

 惑星は常にそれぞれの周期と軌道でその惑星系の中心である恒星――いちいち惑星系ごとに言い方を変えるのも面倒なので、太陽と一律呼称されている惑星の周囲を回っている。

 故に、単純に惑星から惑星へ向かう航路が最短距離だとしても、厳密に一直線で航行できることは少ない。

 ただ、この惑星系に関しては少々特殊である。

 ウィンダムとレイス。そしてもうひとつの惑星であるエディア。この3つの惑星はほぼ等間隔に並び、同じ周期かつ同じ軌道で太陽の周りをまわっている。

 等間隔で並んだ3つの惑星は、決して離れず、近づかず一定の距離を保ち続けている。

 結果、その惑星の重力の影響を受け、惑星間には余計なものが貯まってしまう。


 プラズマベルト。まさにそれが最たる例である。

 特にウィンダムとレイスの間にあるプラズマベルトは厚く、広く、そして強い。

 よほどの命知らずか、要領がいい者でもないかぎりその場所には近づかないと言われるほどの場所である。


「さて、と。このプラズマベルトを抜ければレイスが見えてくるはずだ」

「……」

「プラズマベルトへの突入は命がけだ。覚悟だけはしておいてくれ。だが見返りもある」

「なんです。見返りって」

「全宇宙の全人類初の、プラズマベルト内航行に成功したという実績さ」


 と、ベルの質問にシルルは少しばかりおどけて返すが、緊張をほぐすにはやや足りない。

 というよりは、操舵席にしがみついてガタガタ震えているマコのせいで何を言っても気休めにしか聞こえない。

 尤も、彼女は別の理由で震えているのだが。


「マコ、いい加減に腹くくれって」

「フーッ! フーッ!」


 返ってきたのは威嚇だった。


「マコさん、本当に幽霊とか駄目なんですね」


 と、マリーが生暖かい目で見ている。


「年下にそんな目で見られて恥ずかしくないんですか?」

「普段着が修道服なヤツに言われたくない!」

「なっ!? この恰好のどこが恥ずかしいと!?」


 むきになって反論する当たり、少しは思うところがあるのだろう、と思いはしたがアッシュたちは誰も口に出さなかった。

 絶対面倒くさいから。


「で、一応シールドは張っておいたほうがいいんだな?」

「そうだね。装甲そのものがプラズマベルトに対応しているけれど、念のためだ」

「了解。シールド展開しますね」


 マリーがコンソールを操作し、艦全体をシールドで覆う。

 ある程度の事ならばもうマリーもこなせるようになっていた。

 暇な時間、シミュレーターを繰り返していた甲斐があったというやつだ。


「さあて。いよいよプラズマベルトに突入――」

「待ってください。レーダーに反応あり! なんでここまで反応が……!」


 マリーが声を荒げる。

 レーダーに突如として現れた反応。

 キャリバーン号後方のカメラをフル活用して相手の正体を捉える。


「ソリッドトルーパー?! なんでこんな危険地帯に!」

「驚くな、マリー。こういう危険地帯、そういう輩もやってくる」

「どうします。絶対戦い慣れてますよ、アレ」

「だろうなあ。武装を見てもわかる」

「ジッパーヒット。空間戦闘専用のソリッドトルーパーか」


 空間戦闘専用機であるジッパーヒットは全身が推進器の塊といっても過言ではない。

 本来は脚が存在する場所にはスラスターユニットが存在し、脚らしいものは接地脚程度のものがあるだけ。

 背部には半球体のスラスターユニットが存在。これが稼働し、噴射角度を変更することであらゆる方向へと急加速できる。

 要するに、宇宙空間で変幻自在な機動が可能な機体、ということである。


 加えて、現在目視している機体の装備は高出力のビームランチャー。カートリッジ式であり、そのカートリッジ分のエネルギーを一度に使用した攻撃は並みの艦艇のシールドを簡単にぶち破る。


『ロックオン確認。対象を敵と認定します』

「遅いッ!」


 艦のメインシステムに文句を言っても仕方ない。

 今は接近してくるジッパーヒットに対する対抗手段を考えなくてはならない。


「シールドを張ったままでどうにかなりませんか?」

「いや、あのビームランチャーは完全に対艦仕様だ。奴等、このあたりを縄張りにしてる海賊みたいだね。それに、あの装備を見なよ」


 ジッパーヒットの左前腕部に取り付けられた大型ユニット。

 それにアッシュは勿論、ベルも見覚えがあった。


「電磁投射式のアンカーショット! なるほど、アレで……」

「そ。ソリッドトルーパーは比較的軽量だからね。小惑星にアレを撃ち込んで機体を引き寄せれば、ほとんどエネルギーを使わず接近できるわけだ」

「アレは簡単に戦艦の装甲をぶち抜く。シールドの解除は絶対に駄目だ」


 万が一ここで装甲に傷でも入ったら、いくらキャリバーン号がプラズマベルトの中を航行できるといえ、関係なく内部を焼かれる。

 それだけは回避しなければならない。


『敵機接近。数、8』

「マリー、この状態から向きを変えずに攻撃できる装備は?!」

「レーザー機銃とミサイルランチャーです!」

「ベル、マコ、照準合わせ!」

「了解」


 流石に状況が状況だ。マコも自分の役割を果たすべく、シートに座りなおしコンソールを操作する。


「シルル。攻撃に合わせてシールド解除0.5秒!」

「無茶を言ってくれるね!」

「お前ならできるだろ!」

「期待には応えよう!」

「こっちの担当武装、全部ロックオンできたよ」

「わたしの方も終わりました」

「マリー」

「は、はい?」

「タイミングはお前に任せた」

「え、ええっ!? わたくしですか!?」


 急に重要な役割を与えられ、狼狽するマリー。

 だが、周りはそうは思っていない。


「これは役割の問題なんだ。今は俺が指示を出してるが、俺はクラレントで出る事もある」

「私は基本戦闘中はオペレーターをやりながら、全火器のコントロールを行っている」

「アタシは操舵にかかり切り。他の人には任せられないしね」

「そしてわたしも、フロレントで出撃することがあります」

「だからな。俺がいなくても全体を見て指示を出せる人間がブリッジにいてほしいんだよ。やってくれるか?」


 アッシュの言葉と、皆の温かい視線。

 それにマリーは感極まって泣き出しそうになるのをこらえ、笑顔で頷いて応えた。


「シルル、あとでわたくし用のシミュレーションを組んでくださいね」

「了解だ。でもその前に、初仕事だ」

「はい。マコさん、ベルさん、攻撃開始してください!」


 マリーの号令で、マコとベルがミサイルランチャーを起動させる。

 艦の後方部にあるハッチが開き、中からミサイルが飛び出し接近してくるジッパーヒットめがけて飛び出す。

 だがそのままでは自分たちの展開したシールドに激突してしまう。


「今ッ!」


 が、激突する前にシールドが消失。放たれたミサイルは飛び出して不規則な軌道を描いてジッパーヒットへと群がる。

 当然回避行動を取るが、その動きを読んだかのようにレーザー機銃の攻撃が飛んでくる。

 シールド解除から再展開までわずか0.8秒。その間に行われたレーザーの射撃である。

 だが、ミサイルの攻撃を避けようとしたジッパーヒットはレーザーの雨に晒され、1機は蜂の巣になり爆散。残りの7機も回避しようとしたが、少なからず被弾してしまい、足が止まる。


「よし、このまま突入するぞ!」

「全砲門、艦内に収納開始」

「シールドへのエネルギー供給問題なし」


 体勢を立て直したジッパーヒットだが、すでに遅い。

 キャリバーン号はシールドを展開したまま、プラズマ渦巻く危険地帯へと潜っていく。

 こうなっては手出しのしようがない、と襲撃者たちは推進器を破損して動けなくなった仲間を回収しながら去っていく。

 いくらプラズマベルト周辺で活動しているからといって、その中で活動できる機能など、彼等の機体には存在しないのだから。

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