第35話 プラズマベルト

 プラズマ密集地帯への潜航。それを意図的に行った人類は、きっと彼等が初めてだろう。

 偶発的にそこに踏み込むことはあっても、短期間のうちに脱出してしまう。

 その理由が――常に宙域中に走る放電現象、雷の存在である。


「あー。駄目だ。ぴかぴかと鬱陶しい。遮光シールド展開しておくよ」


 ブリッジから見える景色は、常に放電を続けており、シルルの言う通りしょっちゅう光って目に痛い。

 遮光シールドがブリッジの窓全体に展開され、光の影響を抑える。それでも、光る度にうっすらと光が見えるが。


「現状、シールドの強度には問題はありません」

「で、万が一シールドを解除しらどうなるの」

「あ、駄目駄目。シールド解除するなら推進系全部閉じて。本体は無事でも、推進剤に引火するのは想定してない」

「げっ。想像したくねえ。でもそんな状態でどうやって方向転換するんだ?」

「そこは、重力制御機構グラビコンを使ってもらうしかないね。まあ、普通の艦船なら出力不足でそんな芸当できないだろうけど、この艦のはプラズマベルト内での活動も想定して設計したんだ。その点抜かりはないさ」

「……その割にレーダーダウンしてるんだけど」

「……」


 シルルが視線をそらした。


「まあ、ここで必要かどうかっていうと多分必要ないけどな。レーダー」

「けど、改良点ではあるね。今後、プラズマベルトで仕掛けてくる連中がいないとも限らないし、外からはこちらが見えないけど、こちらからは相手が見える、というのも面白いじゃないか。ククク……」


 眼鏡を光らせながら不気味に笑うシルル。


「けど今は後にしてくれ。シールドがいつぶち抜かれるかわからない。本番は、そこからだ。マコは操舵に集中。進路と姿勢を維持しろ」

「アッシュさん、推進系全停止するんですか?」

「そうだ。マリーはそっちの作業を頼む。あ、指示があるまでカットはするなよ」

「はい」

「それじゃあ私は重力制御機構グラビコンの調整だ」

「それじゃあ……ベル」

「はい?」

「軽食を頼む」

「……わかりました」


 アッシュは自然な流れで指示を出したように見えるが、実際はそうではない。

 マリーに仕事を与えることで、彼女の親切心から生まれる軽食物体Xを回避しつつ、自分の作業が終わった後にも気を回さないように、ベルに軽食を用意するように指示を出したのである。

 それを察したベルは立ち上がり、どのようなものを作ろうかと考えながら厨房へ向かって歩き出す。


「推進器、停止準備完了しました」

「早いな重力制御機構グラビコンのほうは?」

「勿論準備完了。出力の調整は操舵にリンクするように設定しておいた」

「というわけだ、マコ。安心して構えてろ」

「といっても、直進するだけなんだけど」


 何度も遮光シールドの向こう側で閃光がほとばしっている。

 そしてその閃光が瞬く度に、シールドに負荷がかかっている。

 間違いなく、プラズマベルト内で発生している放電現象はキャリバーン号を沈めんと襲い掛かってきている。

 シールドの出力は安定しているが、それよりも消耗が激しくなってきている。


「さて。ベルが何を作ってくるか賭けようか?」

「え、賭け、ですか?」

「いいね。アタシはフィッシュアンドチップス。ビールがあるとなお良し」

「操舵手が仕事中に酒を飲もうとするな」


 全くである。

 完全に個人が食べたいものを口に出しただけで、それにかかる手間というのを考慮していない。

 揚げ物は、結構調理と後始末に手間がかかるのである。


「私は作り置きのクッキーだろうと予測するね。紅茶もあると見た」

「え、えっと。わた、わたくしは……その、えーっと」


 勝手に話が進みマリーは困惑した様子ではあるが、その賭けに参加しようとしている。


「えっと。わたくし、パンケーキだと思います!」


 思いついたものはずいぶんとかわいらしいものであった。

 けれどそれは結構手間がかかるので、どうなのだろうとも言った後に気付いて失敗した、とマリーは頭を抱えた。


「で、最後はアッシュだ。君は何だと思う?」

「え、普通にサンドイッチとかだろ」


 と、さらっと答えた。


「……何を賭けてるんですか」


 丁度ベルが軽食のハムサンドを人数分持って現れた。

 賭けはアッシュの勝ちだ。


「なんで当たったんですか?」

「そりゃあ、お前。火を使わないからだよ」

「? 火なんてこの状況で使うわけないじゃないですか」


 周囲は常にプラズマが原因の放電現象。

 時に艦船の装甲に穴をあけるほどの威力を以て襲い掛かるそれを受ければ、艦全体が揺れることだってある。

 今はシールドが耐えてくれているからこそ安定しているが、そのシールドもいつ抜けられて雷が艦を直撃するかわからない。

 そんな状態で火を使うのは危険この上ない。特に油を使うフィッシュアンドチップスなんかは論外だ。


「賭けはアッシュの勝ちな訳だが、何を賭けるか決めてなかったね」

「じゃあ、マコの禁酒2週間延長で」

「なんでさ!?」

「操舵中に酒飲もうとした罰だ」

「約ひと月もの間飲めないなんて……」


 マコが禁酒延長を食らって気落ちした瞬間、艦のシステムがアラートを鳴らす。


『警告。シールド耐久が危険域に突入しました』

「来るぞ! 艦内の重力制御機構グラビコンも動かしてモノを固定しろ! ただし、出力比率は姿勢制御と推進を優先!」


 閃光がほとばしる。

 瞬間、シールドが限界を迎えて強制解除された。

 直後にまた閃光が瞬き、雷撃が艦を打ちつけ激しく揺れる。


「ぐっ……!」


 操舵するマコの手に力が入る。


「マリー! 突入時の位置と目標地点との距離、あと速度と経過時間から計算してあとどれだけの間これが続く?!」

「今やってます!」

「シルル!」

むぐもぐもむもむもぐぐもぐぐぐ出力調整やってるよ

「食いながらだと何言ってるかわからん! が、たぶん大丈夫だろう。ベルはへ」

「了解」


 ベルが駆け出し、再度ブリッジから離れる。

 いくつもの閃光が瞬き、そのたびに雷撃を受けてキャリバーン号は激しく揺れる。

 それでも艦はほぼ水平状態を維持し続け、速度も落としていない。


「出ました。あと10分です!」

「10分……か」

「速度を上げますか?」

「いや、ベルが格納庫に着くまでの時間が欲しい。どうせ、ここを抜けたら待ち伏せだ」

「あっ……」

「それに、速度を上げたらマコが姿勢制御しきれなくなる」


 プラズマベルトに突入する前に襲撃してきたジッパーヒット。

 あれらがキャリバーン号だと知って攻撃してきていた場合、その情報は噂程度であっても知られている可能性がある。

 つまり、相手はキャリバーン号がプラズマベルトを突破できると踏んで、待ち伏せしている可能性があるということである。


「マリー。覚悟しておいてくれ」

「えっ?」

「相手の数と規模によっちゃ、俺も出る事になる。その時は――任せるぞ」

「……はい!」



 惑星レイスの宙域に、艦隊が集結しつつあった。

 宇宙海賊『ハンマーヘッド』。レイス周辺宙域――より正確にはそのプラズマベルト周辺を中心に活動している海賊であり、そのやり口は、相手の艦をプラズマベルト側に追い込んでの脅迫。

 命を奪われるくらいならば、と金品や物資を差し出す相手が多く、それ相応の活動資金も持ち合わせている。


 そんな彼等が今回獲物として定めたのは、何かと噂のキャリバーン号。

 操っているのは同業者の中でも注目度の高い『燃える灰』。

 これを倒せば拍が付くというものだ。


 だがそれだけで艦隊を集結させるなんて真似はしない。

 旗艦たる戦艦ハンマーヘッド号に加え、ガーフィッシュ級巡洋艦を改造したスポテッドが4隻。スペースフィッシュ級駆逐艦を改造したレモラが6隻に、武装したスペースクルーザーが20。

 それだけの戦力を集めたのは、単純な理由だ。

 ひとつは、仲間を殺されたから。

 そしてもうひとつの理由は――あの艦にはマコ・ギルマンが乗っているからである。

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