第36話 待ち伏せ

 プラズマベルトを抜けるまであと5分。

 このくらいになるとブリッジも落ち着いたもので、予断は許されない状況ではあると言っても初撃を食らった時ほどの焦りはない。


「あっ。レーダー回復しました。ですが……」


 プラズマベルトの影響を受けてダウンしていたレーダー機能であるが、それが一部ではあるが回復した。

 つまり、このあたりはかなりプラズマの層が薄いということであり、同時に出口が近いということである。

 同時に、戦闘になるまであと少し、ということであり、そのタイミングでのレーダー回復というのは僥倖である。

 だが、それを報告したはずのマリーの声からして手放しで喜べる状態ではないという事は察することができた。


「ああ、なるほど。ノイズがひどいというのもある。だがこれだけわかれば十分だ」

「そうなのですか、シルル」

「ああ。相手の詳しい戦力規模というのは判らない。けど……大体の位置が把握できる。こっちに情報回してくれ。補正してみる」


 現在進行形で行われている重力制御機構グラビコンの出力調整をしつつの、レーダーの情報補正。

 多少は艦のシステムの補助があるとはいえ、それに頼り切らずシルルは自分の力でやって見せる。


「正直、この艦はシルルがいなくなったら一気に潰れる気がするよ」

「はっはっは。私をほめても君の禁酒は短くならないよ、マコ。ほら、出来た。メインに出すよ。あと、フロレントにも転送しておく」


 メインスクリーンに表示される、待ち伏せしているであろう相手を捉えたレーダーの情報。

 自身を中心として球体状の形で表示されるそれは、360度あらゆる方向を警戒しなければならない宇宙空間での運用を想定した艦艇特有のものである。


「大体の位置が判ればいい。どうせプラズマベルトを抜ける直前にはシールドを張りなおすからな」


 どうせ出た直後に集中砲火を受けるのだ。シールドを張らないなんて選択肢はない。


「で、だ。これ、やたらと数多くないか?」

『大きさから見て戦艦1。巡洋艦4。駆逐艦6でしょうか』


 ベルは送られてきたデータを見て、そう判断した。

 アッシュとシルルも同意見である。

 だが、気になるのはその周囲に展開している細かい反応。


「じゃあこの細かいのは何だと思う?」

『今の位置からじゃあノイズがひどすぎて判別は難しいですね』

「だよなあ。ま、こちらからは一応相手が見えてるんだからやれることはあるさ」


 プラズマベルト内にいるという異常な状態でなければ、今のこちら側だけが相手の位置を把握しているという状況はかなり有利だ。

 待ち伏せされていることが判っているのだから攻撃を受けることを想定して動けるし、相手からこちらが見えていないのならばそれこそ先制攻撃だってできる。

 尤も。先制攻撃はプラズマベルト内にいる限りはできないのだが。


「ベルだけじゃあこの数はさすがに無理だな」

「ということは、アッシュさんは出撃するんですね」

「ああ。マリー、早速だが任せるぞ」

「はい!」

「で、マリー。貴女ならどうします」

「そうですね……」


 シルルに尋ねられ、マリーはしばし考えこむ。


「ロックオンしたら気付かれるんですよね?」

『基本、艦船には基本機能として備わっていますね。勿論、ソリッドトルーパーも』

「だったら、一番相手を巻き込める角度で主砲と副砲を放つ、というのはどうでしょう。たとえば、こう」


 メインスクリーンに出されたデータにマリーがいくつか線を引く。

 あくまでもこれは現在位置から砲撃を行えば、というものであるが、主砲と副砲をあわせて確認できる敵戦力の7割ほどに被害を与えられる。

 中にはそれだけで沈む相手もいるだろう。さらには、そういった沈んだ艦艇の破片が周囲にもたらす被害も考慮すれば、相手の損耗率は7割なんてものじゃない。


「姫様ぁ、結構えげつない事考えるねえ」

「だが、いい手だ。あとはこれをどのタイミングで仕掛けるか、だな」

「ならシールドを張ってプラズマベルトを突破。主砲の射線が確保できたタイミングでシールドを一部解除。そのタイミングで砲撃するとすれば――」


 シルルがシミュレーション用のデータを打ちこみ、その結果に不敵な笑みを浮かべる。


「これならいけるね。フフ。それに面白いことになりそうだ」



 宇宙海賊『ハンマーヘッド』の用意した総戦力。

 戦艦1。改造巡洋艦4。改造駆逐艦6。武装スペースクルーザー20。

 ソリッドトルーパーが44。うちジッパーヒットが24。ウッゾ・ハックが20。

 現状において即座に召集することのできた戦力である。

 自身等と名を同じとする戦艦がこの場にいることから、その本気度はうかがえる。

 何せこれだけの戦力があれば、ちょっとした軍事拠点の制圧も不可能ではないのだから。


「プラズマベルトから何か出てきます」

「場所はわかるな? 照準合わせ」


 展開した全艦がプラズマベルトの中から出ようとしているものへ砲塔を向ける。

 待機していたソリッドトルーパー隊も対艦用のビームランチャーや大型ミサイルを構えて攻撃のタイミングを窺う。


「来ます。3、2、1……」

「撃てぇ!!」


 彼等の標的――キャリバーン号がプラズマベルトを抜けてくる。

 雲を突き破るかのように、その先端部分が彼等の視界に入るなり号令が発せられ、各艦・各機が一斉に攻撃を開始する。

 主砲・副砲は勿論、対艦用ミサイルなどが次々と発射され、宇宙にいくつもの軌跡を描いていく。

 普通ならばこれだけの攻撃を浴びせられればいかに頑丈なシールドを展開していようと突き破れる――はずだった。


「撃ち方やめ。目標は……」

「け、健在です!」

「何!?」


 攻撃を受けたはずのキャリバーン号は悠々とその全身を『ハンマーヘッド』の艦隊に晒す。

 その理由が、キャリバーン号の周りを漂っていた。


「バカな! 奴等、プラズマをシールド内に閉じ込めて――」

「それを盾にして攻撃をしのいだ、と……?」

「ッ!? 目標から高熱源反応!」

「回避ッ!」

「駄目です! 来ま――」


 キャリバーン号からの反撃。その閃光は、集結していた『ハンマーヘッド』の艦隊に致命的なダメージを与えた。



 プラズマベルトから抜け出す前にシールドを再展開する。

 これにより、キャリバーン号の展開したシールドの内側には、高濃度プラズマの密集地帯が閉じ込められることになる。

 その状態でプラズマベルトを脱出。

 当然待ち構えていた敵艦隊の集中攻撃を受け、シールドはその攻撃に耐えかねて強制解除となるが――中に溜まっていた高濃度プラズマがビームを拡散させ、実弾は問答無用で消し炭にする。


「狙い通りにいけたな」


 相手は攻撃を密集させすぎたせいでこちらの姿を目視できず、その間にあらかじめチャージを終えていた主砲と副砲を展開。

 相手の視界が回復する前にあらかじめ予測していた角度へ各砲門を調整。相手の攻撃で薄くなったプラズマを霧散させ突き破るように、いくつものビームが伸びていく。


「命中確認。撃破多数。敵戦力、残数確認中」

「戦艦を落とせれば一番良かったんだがな……だが、上出来だ」

「出ました」


 結果を口頭で伝えるよりも早い、とマリーは相手の位置情報と残った敵の数を各自のコンソールに表示させる。

 戦艦1。損傷軽微。

 巡洋艦が4。うち轟沈1、大破2。

 駆逐艦が6。うち大破3、航行不能2。

 スペースクルーザー12。ソリッドトルーパー12。

 レーダーで見た時の反応の規模からしても、本来はもっと数がいたはずだが、ビームの直撃で蒸発したものも居ただろう。そういうものは、残骸すら確認できず、結局はどれだけの被害を与えたのかはアッシュたちには解らなかった。


「よし、ハッチ開放。フロレント出撃。俺もクラレントで出る。マリー、ブリッジは任せた」

「はい!」

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