第37話 怨恨

 体感としては一瞬の出来事。

 攻めていたはずの側が、たった一度の攻撃で攻められる側に変わった。

 たった1隻の戦艦が相手だというのに、攻めた側の『ハンマーヘッド』は壊滅的な被害を受けた。


「何が起きた!」


 旗艦たるハンマーヘッド号のブリッジ。宇宙海賊『ハンマーヘッド』を仕切っている男――モブカ・サハギンは立ち上がりながらオペレーターめがけて叫ぶ。

 そのオペレーターもあまりの光景に思わず放心していたようだが、モブカに怒鳴られて正気に戻る。


「目標からの攻撃です! 本艦の損傷は軽微。しかし、スポテッド4隻中、轟沈1。大破2。レモラ6隻中、大破3。航行不能2。スペースクルーザー隊、8隻消失。ソリッドトルーパー32機消失!」

「なんてことだ……」


 モブカは茫然として、脱力したようにシートに座りなおす。

 ほんのわずかな時間の攻防。

 それで、待ち伏せしていたはずの『ハンマーヘッド』は見事に返り討ちにあってしまった。

 巡洋艦スポテッド・駆逐艦レモラともに僅か1隻しかまともに戦える戦力は残っておらず、スペースクルーザーも相手の砲撃を受けて混乱。

 ソリッドトルーパー隊に関しては友軍機の大半を失い戦意を喪失しつつある。


「うろたえるな! あれはプラズマを抱え込んだままだったから防がれただけだ。今残っている全火力を集中すればシールドを張っていたとしてもそれを潰せる!」

「は、はい!」

「主砲、副砲。用意!」


 再攻撃。今ある戦力でも十分戦える。

 巡洋艦スポテッドはともかく、駆逐艦レモラは浮き砲台としてなら航行不能になった2隻も使用できる。

 何より残ったソリッドトルーパー部隊に持たせたビームランチャーは対艦用の超高火力装備。わずか12機しか残っていないとしても、十分な攻撃力を持つはずだ、とモブカは考えた。


 モブカの指示を受け、混乱していた隊列は次第に纏りだし、動ける者たちは再攻撃の体勢をすぐに整えた。


「キャリバーンから何か出てきます!」

「かまわん、撃て!」


 怒号と共に、ハンマーヘッド号の主砲が放たれた。

 だがそれは、すんでのところで避けられてしまう。


「あのタイミングで避けるか……! だが他の艦の攻撃までは耐え切れまい」

「ですが、破壊してしまっては――」

「積み荷を奪えない、か? 必要ない。あれは、あれだけは何があっても沈める。俺の妹の仇――マコ・ギルマンの駆るふねだけは!」



 相手の攻撃を回避しながら、シールドを展開しなおすキャリバーン号。

 さっきから強制解除と再展開を繰り返しているので、シールドジェネレーターにかかる負荷は尋常じゃないが、それでもシールドを解除したままでは流石に耐え切れない。


『さっきは1隻だったから避けられたけど、あの数の一斉攻撃は受けたら拙いぞ』

『ベルさん。ソリッドトルーパーを率先して叩いてください! あの図体で高火力武器を持ったまま動き回られると対処しきれません!』

「了解」


 キャリバーン号のリニアカタパルトから放り出されたフロレントはいつも通り、腰の両サイドにマシンガン、背中に十字ブレードを装備しているが、それとは別にシールド裏にビームライフルを2つマウントし、両手で24連装のミサイルポッドを抱えている。


『アッシュ、クラレントは?』

「今格納庫に移動した。武器を選んでる」

『アッシュさん、狙撃はできますか?』

「狙撃? いや、得意ではないができない事もない程度だぞ」

『なら、敵の艦艇を攻撃してください。あと、万が一シールドが突破された時は……』

重力制御機構グラビコンで攻撃の方向を捻じ曲げる、か。了解した」


 一方、クラレントはマリーの指示を受け、先のオルカ団の拠点を襲撃した際フロレントが装備していたものと同じビームランチャーを手に、リニアカタパルトへ移動し、射出される。


 即座にクラレントは制動をかけ、あまりキャリバーン号から離れない位置からビームランチャーを構える。

 そして、あいさつ代わりにとロクに照準もつけずに発砲した。


 放たれたビームは当然直進。エーテルによる減衰もなんのその、といった高出力の閃光は、キャリバーン号の初撃で動力部が機能不全を起こして身動きができずにいた駆逐艦のブリッジを直撃した。


「……当たると思ってなかった」

「ちょっとアッシュさん、まじめにやってください」


 フロレントはシールド裏からビームライフルを取り出し、数発発射して再びシールド裏に戻す。

 当てる気はなく、あくまでもこちらに気を引くためのもの。

 ジッパーヒットとウッゾ・ハックの混成部隊がフロレントの攻撃に気付いて一斉に武器を向ける。

 が、すでにその時点でベルは全12機の敵機をすべてロックオンし終えている。


「発射」


 手元のミサイルランチャーから全24発のマイクロミサイル。

 迎撃を困難とするためか、不規則な軌道でそれぞれの標的めがけて飛んでいくそれら。

 回避行動を取るために、各ソリッドトルーパーが散開する。

 が、ミサイルランチャーを持ち直して反転させると、そこにはさらに24発のミサイルが装填されており、フロレントはそれを即座に発射して追撃する。


 単純計算で、1機あたり4発のミサイルが追尾してくる状況。

 下手な動きをすれば味方の動きを邪魔するし、何より味方とミサイルの間に割り込む可能性だってある。

 結果、各機が取れる行動は逃げの一手。


「ジッパーヒットが7。ウッゾ・ハックが5、か」


 全弾撃ち切ったミサイルランチャーを手放し、ビームライフルを両手に持って加速する。

 まずは逃げ回りながらミサイルを撃ち落とす手練れのように見えるウッゾ・ハックに銃口を向ける。


 ウッゾタイプの宇宙用仕様であるウッゾ・ハック。ジッパーヒットほどではないが、十分に高い機動性を有している機体である。

 何よりの強みはウッゾタイプの操縦に慣れていればだれでもすぐに扱えるという点だ。

 流通量の多いウッゾタイプの機体という事もあり、慣れた動きのようにも見えるが――流石に不規則に動きながら自身を追いかけてくるミサイルを迎撃しつつのビームを回避するのは不可能だ。


 フロレントが放った一筋のビーム。それがウッゾ・ハックの分厚い胸部装甲を融解。背面へ抜けてバックパックの推進剤を一気に燃焼させ大爆発を起こす。

 爆発に巻き込まれ、追いかけていたミサイルも誘爆。その爆風で、たまたま近くを取っただけのジッパーヒットが姿勢を大きく崩して失速。そこへ追いかけていたミサイルが4発とも命中し、連続する爆発が機体を鉄屑へと変える。


「あと10」


 いくつもの爆発が起きている。ソリッドトルーパーが爆発したにしては小さいそれはミサイルが迎撃されたり、あるいは命中した証。

 ひとつ、またひとつと爆ぜては消える。


『2人とも、艦砲射撃が来る。注意してくれ!』

「艦砲射撃ッ……!」


 シルルの忠告からほとんど間を置かず、閃光が放たれる。それらすべてはキャリバーン号に向けられている。

 戦艦の主砲・副砲に、巡洋艦の攻撃が数発。駆逐艦の攻撃も加わると、相当な火力になる。

 タイミングがずれればどうということもないだろうが、それらが一斉にシールドに命中すれば、今のキャリバーン号では一度は耐えられても二度目はない。


「アッシュさん!」

「解ってる!」


 一度目の一斉射撃がキャリバーン号へ殺到する。完全にクラレントとフロレントは眼中にない、といった風である。

 シールドを直撃するビームの雨。度重なる負荷によりシールドジェネレーターが悲鳴を上げ、シールドが強制解除された。

 幸い、ソリッドトルーパー隊による攻撃はフロレントによって妨害されていたからよかったようなもので、あの一斉射のあとにソリッドトルーパー隊の攻撃があれば、その時点で詰みだった。


 だがこちらもタダでは済まさない。

 クラレントはビームランチャーの出力を最大に設定。同時に照射モードにして発射する。

 まずそれは、巡洋艦を貫いた。貫いてもなお照射され続けるビーム。

 そのビームが、


 単純な理由である。

 ビームランチャーから放たれたビームは、クラレントが発生させた重力場によって進路を曲げられ、相手からすれば予測不能な角度からの攻撃を可能としているのである。


 直進するはずのビームが、銃口とは全く違った角度から飛んでくる。

 この攻撃を避けられるものなどいるはずもない。


「ん?」


 この段階になって、ようやく相手の旗艦である戦艦が信号弾を放つ。

 その信号の意味は、撤退。あまりにも遅すぎる撤退指示である。

 残った戦力はボロボロになりながらも下がりだし、キャリバーン号に背を向ける。

 後顧の憂いを経つのならば、背後から攻撃すべきだし、フロレントは攻撃しようとビームライフルを構えたが、それをクラレントが射線上に割り込んで止める。


「いいんですか?」

「すでに怨まれてる相手だ。下手に撃って余計な怨みまで買う必要はない」

『……悪いね。アレはアタシの敵だ』

「マコさん?」

『宇宙海賊『ハンマーヘッド』。この宙域周辺で活動する宇宙海賊で、その構成員は全てアクエリアス人。そしてその首領モブカ・サハギンは、アタシが殺し損なったヤツだ』


 それはつまり、あの海賊団はキャリバーン号だから狙ったのではなく、マコが乗っている艦だから攻撃してきた、ということになる。

 そしてその理由の根底にあるのは、マコが過去に犯した大罪。つまり――怨恨である。


『とにかく、状況は終了だ。シールドジェネレーターもメンテナンスしないと拙い。それと、クラレントの問題点の改良も考えないとだしね』


 2機がキャリバーン号へと向かう。

 それぞれを収容した後、進路は惑星レイスのスペースポートへと向けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る