第38話 強化計画

 惑星レイス衛星軌道上にあるスペースポートへのドッキングはスムーズに行われた。

 流石に二度目ともなると制御システムのほうも一連の動作を理解しているのか、オートで微調整まで行ってくれた。

 短期間ではあるがメインシステムに経験値が蓄積されているのを実感する瞬間である。


 本来ならばここで補給を済ませて即座に艦ごと降下し、惑星内で情報収集。

 最低でも次につながる手がかりを得たいところであるが――問題が発生してる。

 具体的にはシールドジェネレーターの不調である。


「強制解除させることでオーバーロードによる最悪の事態爆発は回避してきたわけだが、さすがに短期間で繰り返しすぎた。コンソールで確認できるだけでもエラーがこれでもかと出てる」

「補給すべき物資は今のところありませんが、地上したでどれだけの期間活動するかわからない以上、積めるだけ積んでおくべきかと」


 シルルの報告とマリーの意見。

 そのどちらも重要である。

 特に問題なのがシールドジェネレーター。メンテナンスは急務である。

 物資の補給の点は、スペースポートに到着するなりリストアップして発注しておいたので問題はないだろう。

 一応、スペースポートも各所のオアシス同様中立地帯である。

 当然、例外もあるかもしれないが――そうなったときは停泊中の全艦船が攻撃態勢に入るだけだ。


「それと、先の戦闘で相手にした宇宙海賊『ハンマーヘッド』だがね、まだこの辺りで攻撃の機会を伺っているようだ」

「……モブカめ」


 マコは忌々しいと言いたげに大きな舌打ちをする。


「あれだけの損害を出して、まだ来るんですか」

「人死にの数なんてどうでもいいのさ。ヤツ自身はアタシを殺せれば。ヤツに付き従う奴等はアタシ達にかけられた懸賞金があれば。死んだ奴は運がないから割り切っちまえ。でもその恨みは忘れない。宇宙海賊なんてそんなもんよ、ベル」


 さっきからマコの機嫌が悪い。

 当然と言えば当然である。自分の命を狙う連中が近くにいるのだから、気分がいいわけがない。

 しかもそれが過去の自分の犯した罪が原因だというのだから、マコとしては頭の痛いところだ。


「で、まだまだあるよ。新情報」

「まだ何かあるのか」

「はい、これ」


 と、シルルがメインスクリーンに画像を表示する。

 それは、手配書であった。


 ――シスター・ヘルの。


「懸賞金――4億5000万Cクレジット?」

「おめでとう。懸賞金総額が3兆90億2500万にアップしたよ」

「うれしくねえよ。ますます行動できる範囲が狭まったわ」


 キャリバーン号から降りるところを見られると、今後の活動がしづらくなる。

 『燃える灰』としてではなく『アッシュ・ルーク』としての手配書なんてものを作られてしまうと厄介この上ない。

 一般人から攻撃されたりはしないが、良識のない賞金稼ぎなどは人通りの多い街中でも襲撃をかけてくることがある。

 そういう連中とのもめごとは避けたい、というのがアッシュの方針である。

 尤も。四の五の言えなくなるのも時間の問題であるが。


「わたしもお尋ね者、ですか」

「まあ、賞金稼ぎとしての姿が、だから普段の恰好なら――駄目だ。目立つわ」


 ベルの普段着は結局修道服のままなのである。

 曰く、これでないと落ち着かない。

 一応、動きやすいようにスリットが入っていたり、暗器を隠しておくためのスペースが用意されていたりと滅茶苦茶改造されてはいるが、逆にそのせいで煽情的にも見え、どうしても視線を集めてしまう。特に男性の。

 そしてベルとシスター・ヘルの違いはバイザーの有無だけ。そんなもの、じっくり観察すればすぐバレる。


「……あっ、そういえばシルル。お前クラレントの問題点とか言ってなかったか?」

「ああ。そうだった。まあ、結論から言うと武器を装備するまでに時間がかかる、だ」


 普段は艦首下部に固定されているクラレントは、非武装の状態で固定されている。

 戦闘時には一度格納庫に入って武器を装備してからでなければ、まともに戦闘できない。

 勿論、重力制御機構グラビコンを応用した攻撃はできるが、あくまでもそれは機能の応用。攻撃に転用するにはその都度の調整が必要である。

 つまり、タイラント・レックスを殴り飛ばしたときも、先の戦いでビームを曲げた時も、アッシュが重力制御機構グラビコンの設定をその都度弄っていたというわけである。


「なので、あらかじめクラレントも何らかの装備を付けて起きたいというわけなんだけれど――まあ、現状やるとしたらあらかじめウイングバインダーの裏側に武器を仕込むくらいで応急対応は可能さ。けど、この際いっそのこと新しく武器を作ってみようと思ってね」

「その資金と資材の確保、か?」

「構わないかい?」

「ああ。クラレントの強化は俺たち全体の生存率を上げるからな」

「決まりだね。とりあえずこいうのを予定しているよ」


 と、シルルはいくつかの設計図をメインスクリーンに表示する。

 全部で4つ。うち3つは解りやすい装備である。

 1つ目。ビームソード。現状においてビームを刃の形に固定する技術は存在しないが、それを重力制御機構グラビコンの力を使ってビームの粒子を一定の形に固定することは可能。クラレントならばこそ装備できる可能性のある武器である。

 2つ目はシールド。ただのシールドではない。ビームシールドだ。これは実体シールドの表面にビームの膜を張るというもので、それによって大抵の攻撃を焼き切って防ぐというものだ。そしてビーム発振の方向を変えてやれば、シールドそのものが即時に拡散ビーム砲にもなる。

 そして3つ目は、ハンドビームガンである。これは既存技術のみで造ることのできるもので、連射性を高めた白兵戦用の射撃武装である。


「こいつは……?」


 アッシュは4つ目の設計図を指さす。


「Gプレッシャーライフル。ビームや実弾ではなく、複数の指向性を持った超高重力領域を螺旋状に照射して相手を捩じ切る武器さ。ちなみにGはグラビコンGravity ControlのGね」

「つまり、これを撃つためには重力制御機構グラビコンが必須、と?」

「その通り。だからクラレント専用装備になるし、火力としても申し分ない。シミュレーションでは結構な威力になるはずなんだが――ま、実物を作ってみない限りなんともだね。同時にクラレントのほうも少し弄らなきゃだし」

「こいつはできるだけ急いでくれ。戦力的に小さい俺たちにはこういう一発逆転の武器が必要だ」

「わかった。進めておこう」

「一区切りついたところで話を最初の話題に戻しますけど、シルルさん。シールドジェネレーターの修理にはどれほどかかるんですか?」


 クラレント強化計画――といっても追加武装についての話に区切りがついたことでベルがシルルに尋ねる。


「最短で3日だ。最低でもそれくらいはかかる」


 3日。短いようで、歯がゆい待機時間だ。

 とはいえ、シールドジェネレーターを修理せずに今後の航海を続けるというのは無謀である。

 敵の攻撃を防ぐだけではなく、スペースデブリとの接触を防ぐためにあるのだから、修理できるタイミングで修理はしておくべきだ。

 とはいえ、オルカ団が運んだであろう荷物に関しての情報を集めるのに、3日もの空き時間は手痛いロスになるだろう。


「では、わたしは情報収集を担当しましょう」

「なら、ミスター・ノウレッジに接触してくれ。このスペースポートにも彼の端末はいるはずだ」

「了解です」


 そういうなり早速情報収集に向かおうとするベルを4人で止める。

 マリーとマコは出入口に立ち塞がり、アッシュとシルルは肩を掴んで動きを封じる。


「何か?」

「何か、じゃねえよ! なにその恰好で行こうとしてんだ!」

「流石に目立ちすぎるよベル。行くなら着替えて行ってくれ」


 出入口を塞いだ2人もシルルの言葉に同意して首を激しく上下させる。


「仕方ないですね……」

「マリー、監視」

「わかりましました」


 私服関係に関して、一切の信用がないベルであった。

 ベルについてマリーもブリッジから離れる。


「情報収集はベルに任せるとして、レイスに降りてからの方針について話し合おうか」

「……」

「ほとんど人がいない惑星だからこそ、何らかの研究施設があってもおかしくはない、か」

「そう。それにオルカ団が運んだものが生体制御装置ではない可能性もあるからね。その場合は――」

「実験に使う資材か、あるいは――」


 タイラント・レックスのようなソリッドトルーパー、または大型兵器の建造用の資材。


「目ぼしくらいはつけれるか?」

「それはやってみるよ。それと――アレ、どうにかならないか。笑いそうなんだが」


 マコは真剣な顔をして壁にもたれかかっているが、その脚はガタガタと震えている。


「な、なに?」

「いや、何ってお前……真面目な顔して膝ガックガクじゃねえか」

「レイスに降りると聞いて、いろいろ思い出したね?」

「は、ははは」


 笑ってごまかすマコであるが、3日後には嫌でもレイスに降りる事になる。

 怪奇現象が起きると言われている惑星。幽霊惑星。

 衛星軌道上でだ。怪奇現象が起きると言われる惑星の環境に、彼女の精神は耐えられるかどうか。

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