第52話 タイラント・レジーナ

 タイラント・レジーナの攻撃射程圏外から、キャリバーン号は高高度からその動向を監視しつつ、追跡を行っている。

 状況は一触即発。アッシュはすでにクラレントへ乗り込み、ベルとアニマも待機。

 シルルはクレストのコクピットから自身の携帯端末を使って艦のシステムの調整を行う。そして有事の際は、自身も出撃するつもりでもいる。

 マコは操舵席で操縦桿を握りしめ、マリーは状況の変化を見落とすまいとコンソールに表示される無数の情報を睨みつけている。


「街に連絡をとったほうがいいですか?」

『それはそうだが、ありのままを伝えても信じてもらえないだろうね』

『結局は通信を受け取る連中はお役所仕事だ。やるなら脅すいのつもりで強い言葉を使わないと、対応してくれないだろうさ』

『こっちは一応、宇宙海賊ですからね……』

『え、皆さんって宇宙海賊だったんですか?』

「今はそんな話はどうでもいい。ここからならギリギリ主砲の射程圏内だけど、どうする?」


 会話する声がマコの記憶にある人数より多い事に気付いていないのか、それどころではないと割り切っているのかは不明だが、彼女の言う通り、キャリバーン号の主砲の射程圏内ギリギリの距離を維持し続けている今なら、一方的に攻撃ができる。


『エネルギーの無駄だよ。抜き出したデータを共有するけどね、あの芋虫――タイラント・レジーナの装甲にはソリッドトルーパーの使う標準的なビーム程度には耐えられるABCアンチビームコーティングが施されている。射程ギリギリのビームなんて減衰しすぎて装甲を抜けない』


 シルルが冷静にそう伝えると、マコは舌打ちして照準をあわせるのをやめる。


『で、ちょっとでも接近したらミサイル攻撃だろ?』

『シールドがあるとはいえ、そう何度も受けていい攻撃ではないですね』

『ちなみに、あの身体の大半は生産施設。あそこで弾薬類を生産するから、周囲に素材となる者がある限り弾薬は無尽蔵。流石にマリス・ギニョルはその性質上量産はしないだろうが……』


 それでもすでに相当な数が完成し、巨体の背中を埋め尽くしている。


「全長約650メートル、最大幅約200メートル……あんなのがソリッドトルーパーだと言うのですか」

「で、そんなのがなんで軌道エレベーターなんて目指してるのさ」

『テントウムシって知っているかい?』

「……オーケイ。最悪だ」


 テントウムシの習性のひとつに、枝や葉の先端に到達し行き場がなくなると翅を広げて飛び立つというものがある。

 つまり、ここでいうテントウムシとはタイラント・レジーナのことであり、枝は軌道エレベーターだ。


『ならどうします? わたし達だけでアレが止められるとは思えませんが』

「いえ、相手の移動速度がわずかながら低下しています」

『原因は……言うまでもないか』


 タイラント・レジーナの周囲を青白い光が取り囲み、飲み込もうとしている。

 カスミホタル。そう呼ばれている現象であり――肉体を捨てた人間たちの抵抗の意思が形になり、暴虐を阻まんと干渉してきている証である。


『彼等はボクたちの味方です』

『そして、デカブツの相手をするならやる事は決まっているよね?』

「直接乗り込んで、叩く? ですが危険すぎます。さすがのキャリバーンのシールドでも、相手の全火力の前に晒されるのは……」

「マリー。アタシの操舵をナメないで」

『だ、そうだ。マリー』


 はあ、とため息をついてマリーは思考を巡らせ始めた。

 こちらの戦力はキャリバーン号と、その艦載機であるクラレント、フロレント、アロンダイトの3機が主な戦力であり、シルルの乗ったクレストに関しては予備戦力程度に考えておくほうがいいだろう。

 アニマの憑依しているアロンダイトに関しては、元々の用途が前線で戦うのではなく後方支援と通信の仲介。これも相手に取り付いて戦うのには向いていない。

 よって、実際にタイラント・レジーナに乗り込むのはクラレントとフロレントになるだろう。


「シルル、クラレントの装備はどうなっていますか?」

『ハンドビームガンは以前完成したものがそのまま。ビームソードとビームシールドも完成しているが、さすがにクラレントに装備する時間がなかった』

「格納庫にはあるのですね。なら、出撃するときはベルさんが持って行ってください」

『了解』

「皆さん、作戦を伝えます。尤も、作戦と言えるほどのものでもありませんが」



 タイラント・レジーナは進むことをやめない。

 突き動かすは2進数の羅列プログラム。それを肯定し賛同するは人間としてケダモノの本能。

 自身にまとわりつく青白い光を突き破り、その背に我が子を乗せて天高く伸びる柱へ向かう。


『――――』


 だが、その前にやることがある、とミサイルランチャーのハッチを展開する。

 そしてそれを一斉に発射した。


重力制御機構グラビコン起動! 全員、舌噛まないように!」


 タイラント・レジーナに接近する巨大な影――キャリバーン号は750メートルもある戦艦である。

 それが、戦闘機のような無茶苦茶な動きで急降下。

 放たれたミサイルを細かい動きで回避し、地面に対して90度傾いた状態でその巨体が突っ込んでくるのは、普通の感性を持った人間が見れば恐怖を感じる光景である。

 が、タイラント・レジーナの制御装置にはそんなものを考慮できるだけの思考力はないし、感性もない。

 ただ淡々と、処理するだけである。


 ミサイルランチャーでの攻撃をやめ、対空機関砲とビーム砲での迎撃を試みようとする。

 が、ビーム砲の砲塔が上手く回頭しない。その理由は、砲塔に絡みつく青白い光。

 カスミホタル。人の意思が、女王の名を持つ破壊兵器の動きを止めようとしている。

 が、その光をマリス・ギニョルが振り払い、ビーム砲が稼働。照準をキャリバーン号にあわせる。


「んなもん当たるか!!」


 発砲。超高速で放たれる閃光は虚空を撃ち抜く。

 本来狙われたはずのキャリバーン号は艦首を大きく持ち上げビームを回避し、お返しに、と副砲による反撃を行う。


 ソリッドトルーパーの使うビーム兵器ならば防ぎきれるABCアンチビームコーティングであろうと、戦艦クラスの出力のビームまでは防ぎきれず、場合によっては致命傷だ。

 ビームは直撃した。だが、傷は一切ない。命中はしたが、効果がなかったのだ。


「シールド搭載かよ!!」


 マコは吐き捨てながら機関砲の攻撃を避けながら再度高度を取る。


 キャリバーン号がロックオンした時点でその場所に展開されたシールドがビームの威力を大幅に減衰させ、コーティングだけでも防ぎきった、ということだ。


「シルル、あれなんとかなんない?!」

「無茶言わないでくれたまえ! あっちは完全にオフライン。そんな状態ではハッキングもなにもない!」

「じゃあさっさと降りて潰して!」

「まだ駄目です!」


 マリーがマコの要望を否定する。

 タイラント・レジーナの左側に位置取り、攻撃を回避しながら主砲と副砲で応戦する。

 尤も、こちらは


「マコさん、一度地上スレスレまで高度を下げて、ハッチ展開。煙幕展開後アロンダイト出撃!」

「ああもう、面倒くさいなあッ!」


 マリーの指示通り、キャリバーン号は地面に艦底を擦り付けるんじゃあないかというくらいに高度を下げながら後部ハッチを開放する。

 同時に煙幕弾を発射。一瞬であるがキャリバーン号の姿を隠す。

 その間にアロンダイト――アニマがハッチから飛び出し、武器を構える。


「マコさん、急上昇!」

「また艦が傷むなあ……!」


 煙幕を突っ切ってキャリバーン号が急上昇。そのままタイラント・レジーナの真上へと移動するが、それを撃ち落とそうとありとあらゆる武装を展開する。

 が、それらの武装は殺到するビームに穿たれ、火薬を一斉に燃やして爆発を起こす。


『――――!!』


 その爆発は、タイラント・レジーナの左側面を大きくえぐり、機体を浮かしているイオンクラフトにも異状を起こすほどであり、出力バランスが崩れたことで機体が大きく揺れ減速する。

 そのビームは、先ほどキャリバーン号が展開した煙幕の中から放たれていた。


『やってみればできるんだなあ』


 と、アニマは新たな身体アロンダイトの手が握り締めるロングレンジビームライフル再度構える。

 煙幕の中であろうと、キャリバーン号が観測したデータを元に攻撃を行っているアニマには視界の有無など大した問題ではない。

 アニマは静かに動きが鈍くなったタイラント・レジーナにめがけ、再び照準を合わせた。

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