第51話 女王

 崩れた天井。降り注ぐその破片。

 その中を駆け、落ちてくるベルに向かっていくアッシュ。

 落下地点を見定めながら、エーテルガンのチャージも開始する。


「ベル!!」


 力強く足場を蹴って跳びあがり、空中でベルを抱きかかえるようにして受け止める。


「ちょっと片手になる。しっかり掴まってろよ」

「はい!」


 ベルと密着するのを確認し、片手を離してエーテルガンを真下に向ける。

 シルルの生み出した土台が近くなると、引き金を引いてエーテル弾を広域照射。

 その反動で落下速度が大幅に落ちて、安全に着地する――はずだったのだが。


「あらっ?!」


 が、すこしばかりバランスを崩してベルを抱えたままのアッシュは転倒。

 それでもベルを庇おうとした結果、彼女に押しつぶされるような恰好になる。


「うっわ。最後の最後でかっこ悪……」

「うるさいぞシルル」

「というかいい恰好だねえ。美女に押し倒される気分はどうだい? からの景色はなかなかだろう?」

「意識しないようにしてんだ。黙ってろ」

「……」

「ほら、ベルが顔真っ赤にしてフリーズしちまったじゃねえか」


 自分の今の恰好を理解したとたんこれである。

 が、今はそういうことをしている場合ではない。

 シルルに肩を叩かれてベルは正気に戻り、あわててアッシュの上から離れる。


「さて、あちらさんは――」


 崩れた天井。それはすなわち、上の階層にとっての床である。

 急に床が崩れれば、当然その様子を確認しに寄ってくる。

 が、それを放置してアッシュたちは部屋から離れる。

 とにかく、壁を破壊出来ればそれでいいのだ。


「どういう仕組みかは知らないが、アレなら奴等に感知されないってことはないだろ」


 上の連中もそのことに気付いたのか、慌てふためく声が聞こえてくるが、気にしない。

 それより今は撤退するのが先だ。



 アッシュたちは坑道をわざと崩しながらムラ鉱山を脱出した。

 鉱山の所有会社には申し訳ないが、そうしなければ数の多いマリス・ギニョルに簡単に追いつかれてしまうから仕方ない措置であった。

 尤も、今から起きるであろうことを考えれば、アッシュたちが手を出さなくとも崩壊してしまうだろうし、少し早まっただけであろうが。


「アニマ! すぐに来てくれ!」

『どうしたんですか?』

「話はあとだ。大至急、艦に戻りたい」

『わかりました』


 すぐにでもこの場を離れたい。

 マリス・ギニョルだけで終わるわけがない。

 あの施設で研究していた事の詳細は知ったことではないが、はっきりとタイラント・レジーナという存在が確認できている以上、それが出てくるのは間違いない。


 しばらくして、キャリバーン号から降下してきたアロンダイト――アニマの腕に掴まって艦めがけて上昇していく。


『何かが地下から上がってきます』

「来たか。急いでくれ。マリー! キャリバーンの高度は落とせるか?」

『やってみます!』


 できるだけ早く合流したい。おそらくここからはスピード勝負になる。

 ムラ鉱山のほうに目をやると、山そのものが震えているように見えた。

 加えて、アニマの言葉を信じるならば――確実に出てくる。


『来ます!』


 ムラ鉱山が、割れる。山を砕きながら、タイラント・レックスと同型の上半身が現れる。

 が、すぐにそれがタイラント・レックスとは全く別の機体であることを理解する。

 完全に露になった上半身。その両腕に指はなく、代わりに砲塔が取り付けられている。

 加えて、下半身に至っては人の形をしていない。

 というより――戦艦か何かと見まごうばかりの巨体。

 もはやそれは人型兵器の下半身ではなく、戦艦に人型兵器の上半身がついている状態だ。


『――――――』


 まただ。タイラント・レックスの時と同じで、まるで生物の唸り声のような機械音。

 その全貌が現れるのと時を同じくして、アロンダイトはキャリバーン号の着艦デッキへと着艦した。


「なん、だ……あれ」


 戦艦、という表現をしたが、それもどうも違う。

 芋虫を連想させる巨体。それが砂煙を巻き上げながら、ゆっくりと移動を始める。

 その背中には、マリス・ギニョルがびっしりと待機しており、中には施設内の職員を惨殺した後なのか、赤黒く汚れた個体も見え、今後起きるであろう惨劇を容易に想像させた。


「拙いぞ……アイツの向かう方向は――」

「軌道エレベーター……!」

「おまけにあれだけのマリス・ギニョルの数。今は地上用だが、改造して宇宙進出だって現実味を帯びてきたぞ」

「アイツ等ふざけた命令出しやがって!!」

『ハッチ閉めます! それと、!』

「ってことは……やばいッ。攻撃が来る!!」


 マコの復活。それは喜ばしいことである。が、彼女が四の五の言っていられないと恐怖心を押し込めて覚醒するというのは、この状況がかなり危険な状況であるということの証左である。


 事実。巨大な鋼鉄の芋虫――タイラント・レジーナの背中からいくつものミサイルが飛び出し、キャリバーン号へと襲い掛かる。

 幸い、展開されたシールドによってすべての攻撃は受け止められたものの、艦そのものは大きく揺れる。


「ぐっ……! マコ、聞こえてるんだろ!! 一旦相手の射程圏外まで上昇だ!」

『了解』


 連続して攻撃を受けるキャリバーン号。

 シールドを展開したまま高度を上げ、なんとか相手の射程範囲外へと逃れようとする。


「シルル、急いでシールドジェネレーターの調整を――」

「解ってる! クレストのコクピットからアクセスする」

「ベルも、フロレントに。俺はクラレントに向かう」

「わかりました」


 シルルとベルが機体へ向かう。

 ベルは自分の愛機へ。シルルは、ブリッジに向かうまでの時間が惜しいのと、クレストの演算装置も利用してキャリバーン号のシールドジェネレーターへとアクセスし、その調整を行う。

 残るアッシュは、クラレントへの最短ルートへ向かって走り出す。



 女王。そう名付けられた破壊のための兵器が、レイスの大地をゆっくりと進む。

 その周囲に青白い光が集まり、姿を見せるが――それらを意に介することなくまっすぐ目的地へと向かって進む。

 宇宙そらへ向かって伸びるそれは、それにとっては与えられた命令を遂行するためには必要不可欠なものであった。


 ――全生命体の排除。


 どこの誰がそんな頭の悪い命令を下したのか。それを出した人間もろとも、生まれた施設を破壊して地上にはい出したそれには理解できない。

 ただ、その信号を受信した以上はそれに従って動く。


 そうすることで、安らぎを感じるから。

 失った身体は戻らない。失った感覚は戻らない。

 けれど、今は新しい身体と、子供たちがいる。

 0と1だけで彩られたものであるが、確かにそこに感情と呼べるものはある。

 ただその感情は単一化された信号の中で、より簡略化され、本来複雑であるべきものが単調なものへと変化していく。

 結果、本来複雑であるはずの感情はより原始的なものへとすり替わり、人間であったころのそれとは呼び方は同じだが大きく形を変えたものへと堕ちた。


 命令には従う。それが機械としての自分の在り方だから。

 だがそれに人間ケモノとしての自分の欲求在り方も載せる。

 産めよ、増えよ、地に満ちよ。


 ――ああ、そうか。それもそうか。


 機体の頭脳たる生体制御装置はある結論を導き出した。導き出してしまった。

 あらゆる生命体を排除して、自分たちが反映すればよいのだ、と。


 女王の名を付けられた大型ソリッドトルーパー、タイラント・レジーナは咆哮するようにイオンクラフトエンジンの出力が上がり、機体を浮かせ、前に進ませる。

 その背にマリス・ギニョル我が子を乗せて進む。

 この世の全ての生命体を滅ぼすために。その足掛かりとしてまず、この惑星において最も脅威度の高い生命体から排除しよう、と。

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