第50話 マリス・ギニョル

 背後から迫る頭部を破壊された機械人形。

 混乱する思考を置き去りに、アッシュの身体が動く。

 両腕を振り上げ、押し倒そうとしてくるそれの細い動体をエーテルガンで殴打。

 アッシュが全力で振り回せば人間の頭蓋骨を簡単に粉砕する一撃だ。金属のフレームだって変形させることも不可能ではない。

 続けざまにエーテルガンで両腕と腰の可動部を破壊し、本当の意味で行動不能にする。


「頭を破壊しても止まらない……どうなってんだ」

「アッシュ! そいつらは制御装置なんて積んでない!」

「何だって!?」

「その機械人形の名前はマリス・ギニョル。機体の制御は――敵意や害意といった悪意以外の感情を失ったアストラル体が行っている!」

「なっ……?!」

「そしてその制御を行っているのがタイラント・レジーナ。当然こいつには生体制御装置が搭載されている!」


 どんどん集まってくる人型の機械――マリス・ギニョル。

 『悪意の操り人形』と名付けられたそれは次々と3人へと殺到してくる。

 しかも数が相当多い。

 加えて問題となるのは、ベルの装備。彼女の主武装であるハンドガンの弾は有限である。

 かといって近接戦でどうにかなるか、というとこちらの手や脚を使った攻撃は相手には通じないどころか、殴った拳や蹴った脚のほうがダメージを受ける。

 なのに、あちらからの攻撃はよくて致命傷だ。

 攻撃力。防御力。そして何よりその数。全てにおいてアッシュたちは劣勢である。


 制御装置や動力が存在していそうな場所である頭部を破壊したとしても、アストラル体が機体を動かしてくるため止まらない。

 動力装置も制御装置もいらない鋼鉄の対人機動兵器。それがこのマリス・ギニョルの恐ろしいところである。

 だが、対処ができないわけではない。

 指示を出している存在がいるのが、シルルの調べ上げた情報の中で判明している。

 その名前が、タイラント・レジーナ。

 ウィンダムの巨大ソリッドトルーパーに連なる名前を持つそれは、かの機体と異なり女王の名を与えられている。

 その意味する事は――つまり、こういうことだろう。


「タイラント・レックスと異なりこっちは手数で押すってことかよ!」

「それより拙いよ、アッシュ。タイラント・レジーナが完全に覚醒した。加えてたった1つの命令が発信された後、一切の信号を受け付けていない」

「で、その命令は?」

「――全生命体の排除」


 群がるマリス・ギニョルを破壊しながら、アッシュとベルはタイラント・レジーナに下された命令に戦慄する。

 それはつまり、敵も味方も一切関係なく鏖殺おうさつしろと指示を出したのだ。

 加えて。その指示は範囲が決められていない。

 ――つまり、タイラント・レジーナの攻撃対象はこの施設や惑星の人間だけではなく、この宇宙に存在する全生命体にも拡大解釈されてしまう。


「撤退しましょう、アッシュさん。グレネード、残ってますよね?」

「賛成だ。シルル!」

「解ってる。必要なものは貰った。できれば停止信号くらい送ってやりたかったが――」


 包囲網が形成されつつある中、出口めがけてエーテルガンを最大出力で発射する。

 その射線上に群がっていたマリス・ギニョルは高濃度高密度の巨大エーテル弾の直撃を受けバラバラに砕ける。


「走れ!!」


 強制冷却とエーテルのチャージを開始したエーテルガンを逆手に持ち、近接戦闘に備えつつ、生み出した退路めがけて一気に駆け抜ける。

 3人が隠し部屋の入口を通過したタイミングでアッシュが持っていたグレネードを転がす。

 3人が横へと飛び退くと、ワンテンポ遅れてグレネードが爆発。迫ってきていたマリス・ギニョルを吹き飛ばし、同時に狭い通路をその残骸で塞ぐ。


「今の内に、こいつらに指示を出したヤツ等のところに行くぞ」

「え、撤退じゃないんですか?」

「全生命体の排除、なんて命令を出す奴だぞ。自分たちも対象になることを想定していないわけがない。ってーことは、だ」

「そんな指示を出しても攻撃対象にならない安全な場所にいる、ってことか」


 携帯端末を取り出したシルルは読み取った施設の全体図を確認する。

 そして、その中から怪しい場所をピックアップし、2人と共有する。


「ここに不自然な空間がある。つまり――」

「隠し部屋。あるいは施設全体の真の指令室……位置は」

「ここのほぼ真上……?」


 3人が天井を見上げる。

 かなりの高さがあり、今持っている銃ではどうしようもないくらいの距離。

 試しにエーテルガンをフルチャージし、それを一気に開放して天井へと放ってみるが、命中こそすれ天井を破壊するには至らない。


「エーテルガンのフルパワーでこれか」

「距離があるからね、減衰もあるんだろう。これを破壊するとなると……」

「魔法でなんとかならないんです?」

「ああ。無理。ここにあるエレメントの偏りのせいで破壊力抜群なヤツは使えないし、触媒みたいなのも足りないから」


 エレメントとはなんぞや、と疑問符を浮かべたが今考えるべきはそこではないので一旦話をおいておく。

 魔法での破壊が不可能だというなら、発想を変える。

 ここに来てから使っていたものを発展させればいい、と。


「シルル、1トン以上の圧力をかけても砕けず、5メートルくらいの長さで、出来るだけ高い位置に頑丈な足場を魔法で造れるか?」

「注文が多いな。でもそのくらいなら――といっても、ここの床は地面じゃないから、高さに制限はでるよ?」

「やってくれ」

「はいはい。何をするか知らないけど」


 シルルがアッシュの要望通りの土台を作る。

 ほぼほぼアッシュのオーダー通りの土台をサーバーだらけで狭い室内に造る。

 強引につくったせいでいくつかサーバーが土台に飲み込まれて物理的に破壊されているが、気にしない。どうせ、破壊した方がいいようなデータしか入っていない。

 高さにして約3メートル。それでも天井まではかなりの高さがある。人間がちょっとやそっと跳ねた程度では届きそうにもない。


「十分だ。で、だ。ベル、俺を踏み台にしたら?」


 そう言って、ベルに残ったハンドグレネードを渡す。


「……ああ、そういうことですか。ならば」


 修道服の胸のあたりに手を突っ込んで、ベルはワイヤーと針を取り出し、ハンドグレネードに巻き付ける。

 形としては、ハンドグレネードの横に針が2つ突き出た形。

 やることを理解したベルは、少し強張った笑みを浮かべる。


「ちょっとまてアッシュ。君はベルに何をやらせるつもりなんだい?」

「シルルの力じゃ、天井あそこまではとどかない。俺の体重じゃ、ベルの腕で持ち上げられない。そういうことだ」

「危険すぎる!」

「といってもな、後ろみてみな」


 アッシュに言われるままに振り返ると、先ほど爆破した通路の奥から、あのハンドグレネードの爆発を逃れたマリス・ギニョルの手が突き出ている。

 多少無茶な動き方をしたのだろう。指などボロボロに砕けてしまってまともに機能するような状態ではない。


「時間がない。行くぞ」

「はい」


 グレネードを持ったベルとアッシュがシルルの作った土台へ駆け上がる。

 そして両端に移動し向かい合う。


「……よし!」

「行きます!」


 ベルが駆けだす。それに合わせ、アッシュは中腰になって手を組む。

 みるみる近くなっていく2人の距離。


「!」

「いっけえええええええええ!!」


 ベルの右足が組んだアッシュの手に乗るなり、それを全力で放り上げるように腕を振り上げる。

 その動きにあわせて、アッシュの手を蹴ってベルは高く跳びあがる。


「とどけええええええ!!」


 みるみる近くなっていく天井。

 糸と針を取り付けたハンドグレネードを取り出す。

 が、すでに減速が始まっている。


「くっ」


 ならば一か八かで、とハンドグレネードを天井めがけて投げつける。

 投げられたグレネードは天井に激突――することはなく、偶然ではあるが突き出た針が天井に突き刺さる。

 が、浅い。


「くっ」


 咄嗟にベルはハンドガンを取り出し、発砲。

 放たれた弾丸はグレネードに巻きつけられた針をピンポイントで射貫き、ハンドグレネードを天井へと縫い付ける。


「よし……!」


 落ちていくベル。その背中越しに、アッシュがエーテルガンを構え、その照準を天井にあるハンドグレネードに合わせる。


「受け止めてくださいね」

「当たり前だろ」


 ベルが身を捻り、射線が開いた直後に引鉄を引く。

 放たれるエーテル弾。それは、ハンドグレネードを直撃し爆破。

 その威力は天井を吹き飛ばすのには十分すぎるものであった。

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