第49話 研究施設

 たった3人の侵入者。

 だというのに、その侵攻を止められない。

 まっすぐ施設の中枢となる研究区画へと向かっているのはわかるが、だからとってその妨害になりそうな防衛設備が、なぜか一切起動しない。

 起動させようとすれば、ロックがかかっており、下手に解除しようとすればさらに強固なロックがかかる。

 結果、どうやってもたった3人のために戦力を裂かなくてはならなくなる。


 今までの侵入者とは明らかに違う。

 口封じのために捕らえるなんて甘い対応では全滅する可能性がある。

 だがそれはそれとして、ここの研究区画をみられるのは拙い。

 よって、出来る抵抗は侵入者の進路上に部隊を展開しての足止めくらいのものである。

 尤も、すでに最終防衛ラインまで踏み込まれているのだから、手遅れ感は否めないが。



 妨害が繰り返されるのは想定していた。

 施設の中に入ってしまえば岩盤の強度など気にする必要もなくなる為、攻撃のレパートリーが増える。

 それはこちらもあちらも同じことであり、敵と遭遇する度に銃撃戦に発展する。


「これで何度目だ全く!」

「数えるのもバカらしいですね。あ、マガジンあります?」

「私が持ってるよ。それよか軽食か何かないかな? ちょっと魔法を使いすぎてブドウ糖が足りなくてね」

「あー、キャンディ持ってるわ。ほらよ」


 緊張感のないやり取りをしているが、銃弾の雨がひっきりなしに飛んできている状況である。

 ベルはシルルから予備のマガジンを受け取って交換し、シルルはアッシュからキャンディを受け取って口に放り込む。


「っと。エーテルガンのチャージ終わったぞ」

「シルルさん、頼みます」

「はいはい。それじゃあフラッシュバンめくらまし、行くよ」


 シルルが宙に指で紋様を描く。

 それに応え、エーテルが集束し、強烈な閃光を放った。

 わずか0.01秒だけの光。だがそのわずかな時間でも、十分に人間の動きを止めるだけの威力は発揮する。


 怯んで攻撃が止んだ後は、アッシュたちの反撃である。

 アッシュの持つエーテルガンと、ベルのもつ2丁のハンドガンが次々と急所を撃ち抜いていく。

 一切の手加減なし。というよりは、手加減できるほどの余裕がない。

 数的には圧倒的にこちら側が不利なのだから。


「とはいえこれで……」

「最後の扉、ですか」

「開けるよ。それと、全員入ったらロックかけるからね」

「ああ。わかってる」


 扉に近づき、シルルがパネルを操作する。そしてあらかじめ入手していた開錠パスを入力し、扉を開く。

 部屋に入った後は、内側のパネルを操作し扉を閉めてロックをかけ、開錠パスも変更した。

 これでしばらくは誰もここへ入ってこれない。


「さて、と。研究区画への侵入に成功したのはいいけれど……」


 周囲を見渡して抱く感想は、研究区画というよりはサーバールームである。

 無論。ただのサーバールームというわけではないだろうが。

 アッシュとベルは部屋を歩きながら、部屋の違和感を探す。

 一方シルルは、手近なサーバーに自分の携帯端末を接続し、そこからデータを抜き出し始める。


「やっぱりここ独立サーバーになってる。通りでアクセスできなかったわけだ」

「で、何かわかるか?」

「かなり広いね。というか、ここゲゲルの真下じゃないか」

「はあ!? 俺たちそんなところまで来てたのか」

「途中から時間間隔も何もなかったですからね」


 やたらと広い部屋を見回るが――変わったところは見当たらない。

 見当たらないことが、おかしいのだが。

 ここが研究区画なんて呼び名がされている以上、ただのサーバールームで終わりなわけがない。


「……」


 と、アッシュが歩みを止める。

 侵入前にシルルから自分の端末に転送された施設の全体図と比較して、明らかに部屋が小さい。

 目の前にあるのは資料を詰め込んだ本棚。

 デジタルが主流になっても、長期保存が必要な記録などは紙媒体で記録されることが多い為、それがここにあること自体は不自然ではない。

 だが、それがその位置にあるということがおかしいのである。


「こいうのは、どこかの本を動かすと――」


 適当に本の背表紙に触れていき、ふと触れた本に違和感を覚えてそれを掴んで取り出そうとしたが、抵抗があり、同時にカチリと音がする。


「うっわ。超古典的」


 本棚が横にスライドし、その奥にある隠し部屋が露になる。

 同時に、むせかえるほどの血の臭いが漂いだす。


「ベル! シルル!」


 アッシュの声に反応し、2人が声の元へと駆け付ける。

 同時に、その臭いに顔をしかめ、ベルは武器を構え、シルルは鼻を袖で覆う。

 耳をすませば、錆びついた歯車同士がたてる音のように不快な音がわずかに聞こえてくる。

 何かいる。部屋は暗く直接何かの姿が見えているわけではないが、開いた扉から見えるわずかな部屋の様子だけでも、そう思わせるだけの異様な雰囲気があった。


「これは……なんだ」


 シルルが言葉を失う。わずかな灯りでもはっきりと見える、床一面を染める赤黒い汚れ。

 そしてその中を動く、何か。

 一瞬ではあるが、3人の眼前を通り過ぎた。


「見えたか?」

「私は何かが通ったとしか……」

「……気を付けてください。アレは、人を殺す事に特化したマシンです」


 ベルは一瞬通っただけのそれをちゃんと視認し、その特徴を端的に伝えた。

 そして、それをアッシュとシルルも理解する。

 何故なら――通り過ぎたはずのそれが引き返してこちらを睨んできたからだ。


「おいおい嘘だろ……」


 アッシュを見て、そんなのアリか、と小さく呟く。

 なぜなら、その外見は惑星ウィンダムで戦ったあのタイラント・レックスに酷似していたのだ。

 だが決定的に違うのは、こちらのものは四肢をすべて地面につけ、まるで四足動物のような動きで移動することだろうか。

 シルルは絶句。ベルは無言で発砲。一撃で相手の頭部を撃ち抜き機能を停止させる。


「これでこの施設が奴等関係の施設だと確定しましたね」

「あ、ああ……だがなんでこんなものが……」


 警戒は続けつつ、隠し部屋に入る。

 3人が足を踏み入れても照明がつく気配はない。

 と、シルルが魔法を使い周囲を照らす。


 だが、その行為にシルルは後悔することになる。


「うっ……」


 よくよく考えれば、臭いがした時点でその光景は想像できただろう。

 赤黒い床の理由が、いたるところに散らばっている。

 かつては命だったものが、辺り一面に転がっている。

 赤く濡れた衣服。コンソールに触れようと伸ばされたまま斬り落とされた腕。

 すりつぶされた肉の塊。裂かれ、焼かれ、引きちぎられた――人間だったもの。


「なんだこの惨状は」

「シルルさん、調べてくれますか?」

「あ、ああ……」


 血塗れのコンソールを操作し、ここで行われていた研究のデータを探し始める。


「さて、ベル。周囲の警戒を――」


 そうアッシュが口にした瞬間。何かが唸るような音が反響する。


「……来ます」

「シルルは作業続行! 止めれるなら止めてくれ!」

「了解だ!」


 無数の足音が重なって聞こえる。

 オートマトンではない。もっと重たいものが、身体中のギアを軋ませながら駆けてくる。


「ベル!」

「はいっ!」


 飛び掛かってくるタイラント・レックスを小型化させたような人型のモノ。

 その頭部に弾丸を撃ちこみ、機能を停止させる。

 直感的に頭部を狙っていたが、その設計がタイラント・レックスと同じであるならば、そこに制御装置があっても不思議ではない。

 というか、そこ以外フレームがむき出しでとてもそういった装置を取り付けて置けるスペースがあるとは思えない。


「……待てよ。なんでアイツ等動いてるんだ?」


 そう。頭以外に装置を搭載するスペースがないということはつまり、動力やバッテリーを搭載するスペースも存在していないということでもある。

 なのにそれは動いている。


「……おかしい。何かこいつら、おかしいぞ!」

「アッシュさん、後ろ!」

「何ッ!?」


 ベルの声で振り返ると、そこには頭を撃ち抜かれて機能を停止したはずの人型兵器が今にもアッシュに襲い掛かろうとしていた。

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