第56話 決意
クラレント、フロレント、アロンダイトの3機を収納したキャリバーン号は、タイラント・レジーナを撃破した現場から離れ、後始末の準備を始めた。
具体的に言うと、ムラ鉱山で行われていた実験の実態と、その成果たるタイラント・レジーナについての情報を整理し、それをリークする準備である。
あとついでに――レイス人とアストラル体についても、公表するつもりである。
「シルルはそっちの作業をしてもらうとして、だ。治安部隊はなんて言ってきてる?」
「えっと、詳細についての説明を求めてきてますけど……」
アッシュ含め、全員が頭を抱える案件である。
ばっちり現場から逃走するところを見られていたのはちょっとした想定外。
結果、高高度に逃げたというのに追ってきてレーザー通信でメッセージを送ってきている。
だからといっても、アッシュたちが掴んだ情報の全てを詳らかにしてしまうことはできない。
何せ、公にできる情報とそうでない情報があるのだ。その精査を、シルルが行っているのだが、情報の量が少々多いらしく、眉間に皺を寄せて貧乏ゆすりをしながらコンソールを睨みながら唸っている。
「返答はもう少し待ってもらってくれ。それよりもこっちもこっちで問題なんだ」
「グルル……」
マコが、唸っている。
あの時は状況が状況だっただけに後回しにていたが、マコが気絶している間にキャリバーン号には新しい仲間が増えた。
アニマ・アストラル。
先住レイス人であり、肉体を持たない
が、それは彼らの主張であり、そんなものを他者からみれば幽霊となんら変わりない。
よって、そういうオカルトが苦手なマコはアニマを警戒しているというわけだが――目に見えないものをどうやって警戒するつもりなのだろうか。
『改めまして、ボク達はアニマ・アストラルです。えっと、よろしくお願いします』
「アニマさんは、基本的に格納庫のアロンダイトの中にいるんですか?」
『はい。ボク達は基本的にここから動きません。とはいえ、艦内の様子はいつでも確認できますけど』
「……ちょっと待て。さっきからちょっと引っかかる言葉があるんだが。一応確認していいか。さっきからアニマ、変なこと言ってないか?」
『はい?』
「いや、だって。ほら……一人称が複数形じゃんか」
『ああ。それは――みんなボクについてきちゃったみたいで……』
「フシャアアアアアア!!」
マコが、壊れた。
ネコのような威嚇であるが、どこに対してやればいいのかわかっていないのか、四方八方に向かって威嚇を繰り返している。
「っと、とりあえずひと段落だ。で、アニマ。君意外のアストラル体は総勢何人いるんだい?」
口ではそういうが、たぶん作業が面倒くさくなって一旦放り投げたシルルが会話に加わり、アニマに話を振る。
『ボクと融合してずいぶんと数が減りましたが――ボクを除いて2000人ですかね』
「融合した割には、ずいぶんと自我がはっきりしているようだけど?」
『あの時の戦いでずいぶんと消耗しましたからね。ベルさんには感謝してましたよ』
「わたしですか? ……あ、もしかしてあの時の」
タイラント・レジーナの中でベルが出会った光。それが何かは、何となくわかっていた。
アストラル体の集合体。
どうやってあの中に閉じ込めていたのかはわからないが、そういうったものが存在している事はアニマからの情報で知っていた。
しかし、そうなるとなぜあんな場所にあったのだろうか。
「ベル。君が見たという光は、アストラル体の集合体で間違いない。それも強い意思でエーテルを使って光を放つほどのね。タイラント・レジーナの中にあったのは――あれがマリス・ギニョルの生産工場でもあったからだろうね」
『では、あの時ベルさんが解放していなければ?』
「順次マリス・ギニョルに適合したものへと改変させられて、順次投入、かな?」
考えるだけでも恐ろしい。言ってみれば、姿はみえずとも人間を兵器に改造する工場があそこにはあったということだ。
加えて、もしもあの時撃破できていなければ、無人の殺戮兵器群による蹂躙が起きていた可能性もあったというのだからなおの事恐ろしい。
「とりあえず、君の仲間用のオートマトンを用意しよう。人型、というわけにはいなかないがないよりはマシだろうし、仕事があるほうが人間らしくいられるだろう?」
『ありがとうございます』
「で、だ。アッシュ。この次の目的地なんだけれど――少し遠い場所になるが、いいかな?」
「目的地、ってことはアテがあるんだな?」
「データを漁ってたら出てきたこれが気になってね」
シルルがコンソールを操作し、メインスクリーンにいくつかのファイルを表示する。
そしてそれをひとつずつ展開し、記録されているデータを公開する。
「なんだこれ……画像データ?」
「元は紙で書かれたものだ。だがそれを記録する際に画像としてデータ化した研究資料だ」
「研究資料? でもこの文字は――」
それはいくつかの壁画の写真。土壁に染料を使って描かれた文字と絵。
儀式のようでありながら、そこに描かれているものは不自然なまでに近代的で、どうみてもパソコンのような何かや、クレーンのようなものが確認できる。
が、しかし、だ。
「マコの言う通り、現在の我々が使っている文字ではない。それどころか既知のいずれの文字でもない。故に、完全にデータ化して残すことができなかった研究資料だ」
「……おいおい、ちょっと待てよこれ」
アッシュはその画像データを見ていくと、あることに気付く。
未知の文字。だがそれについて思い当たるものがあった。
生きていればだれだって一度は耳にする
「始祖種族……ですか」
人類が母星たる地球を捨て、各々の移住惑星でその惑星の環境にあわせた独自の進化を遂げた。
サバイブ人ならば巨大生物との過酷な生存競争に耐えうる身体能力と高い再生能力。
アクエリアス人なら水中を自由に動き回れる身体能力と、水中ではエラを使って呼吸できるように。
ウィンダム人なら荒れ狂う気象に対応すべく、気圧や湿度などを敏感に感じ取ることのできる獣の耳ににた感覚器が。
レイス人の場合は特殊であるが、有毒の大気から逃れる為に肉体を捨てるという技術による進化を。
もはやここまで異なる身体的特徴を持つのならば、それはもはや人間――ホモ・サピエンスを起源とした別の生命体である。
だが――どれほど姿が変化しても、異なる惑星出身者同士の間に子供は生まれる。そして生まれた子供同士もまた同じように異なる惑星の血と交わることができる。
すでに別種といっても過言ではない者同士が交わって子供を成したとして、生殖機能を持ったままそれが何世代も続くことということはまずありえない。
なのに、この宇宙にいきる人類は皆、どんな惑星の人間とも交わることができる。
その理由を説明するのに出てきた仮説が、人類が何者かによってデザインされた生命体である、というものだ。
そしてその何者かと仮定される存在が、始祖種族である。
「いや、あれはあくまでも仮説であって、存在を立証するものなんてどこにも……」
あまりにも突飛な仮説であり、一般的には都市伝説的なものだと認知されていて、この話をまともに取り扱う学者もいない。
何せ物的証拠が一切確認できないのだから。
「証拠ならあるじゃないか。コレがその証拠だ。そしてここに書かれている文字を研究していたのが――」
「ウロボロスネスト、か」
「あと、そこの姫様もね。でも重要なのはそこじゃあない。これが発見された場所さ」
資料にはその画像データの元となったものがどこで発見されたかも当然記載されている。
そこにあるのは――惑星エアリアという文字。
「エアリアか……」
「たしか人間の生活圏が全部空中に浮いているっていう惑星ですよね」
『それは興味深いですね』
「あんまりおもしろいところではないよ。刺激のない場所だから」
と、エアリア人であるシルルは苦笑しながら言う。
「でもね、あの場所は確かに奇妙な
「しかし、行ったところでどうなるものでもないだろうさ」
「いいや。ある。これは遺跡の一部の画像データだ。そして撮影されてからまだ日が浅い。ということは――」
「……今すぐ動けば、奴等のたくらみを1つ潰せる?」
「おまけに、レイスに運ばれた生体制御装置は2つだが、タイラント・レジーナに適合しなかったものはエアリアへと運ばれたという記録も確認した」
「また大型ソリッドトルーパーが出てくるかも、か……」
具体的な目標や目的なんてものは、アッシュたちにはなかった。
だが、それもウィンダムとレイスの戦いを経て少しだけ変わってきている。
無言の共通認識。この場にいる多くの人間――それこそマリー以外の全員がウロボロスネストとの因縁を持っている。
アッシュは父を殺され、マコは貶められ罪を犯す切っ掛けに。
ベルは居場所を失う事になり、アニマは自身はもちろん仲間を傷つけられた。
そして、シルルは故郷を荒らされた。
だから。誰もが頷く。
「改めて確認する。キャリバーン号はウロボロスネストを最大の攻撃目標として認定。その壊滅に全力を投入する。その行動方針で、相違ないな?」
『はい』
アッシュの問いかけに、全員が頷く。
唯一、頷くことができないアニマも、声で応じた。
「なら、早速行くか――の前に、シルル」
「なんだい、アッシュ」
「街の治安部隊に報告は?」
「一応どの程度書くか考え中。大気の毒性に関しては毒の詳細がわからないからスルーする方向でいくつもり」
「ま、その辺の説明はするだけ面倒だわな」
何より、それを解決するのはアッシュたちではない。レイスに住む人々が自力で解決していかなければならないことだ。
「さて、シルルが資料作るまで全員自由時間。解散」
しばしの休息。その後はまた、蛇の影を追うための旅が始まる。
ウロボロスネスト。存在するのは間違いないが、その影だけが見える、クルー全員の敵。
その影が見えた場所が、次の目的地である惑星エアリア。
大地が空に浮く不可思議な惑星。そして――シルルの故郷である。
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