第57話 余談

 次の目的地が惑星エアリアであると決まったものの、キャリバーン号はすぐに出発できるような状態ではなかった。


 まず、レイスの街への状況説明用の資料が出来上がっていない。

 この提出ができないまま出立すれば、最悪街を攻撃したことにされてテロリスト扱いされる。

 宇宙海賊なら名乗っているからまだしも、テロリスト扱いは避けたい。そもそもテロを起こしてまで主張するような信念なんてものは持ち合わせていない。


 次に航路の選定。それによって安全性が変わるし、補給のタイミングも変わってくる。

 ワープドライブを使った航行でも、無補給で1カ月。だが補給を行わずあらゆる物資を現地調達というのは無謀が過ぎるので、中継地点となるスペースオアシスを選ぶのだが、その候補が複数存在している。

 それによって入手しやすい物資も変わるし、安全性も大きく変化する。


 そして最後。これが一番難しい。


「……」

『えっと……』


 マコとアニマの和解(?)である。

 今回の一件を片付け、宣言通り自分の全てをアッシュに差し出したアニマは引き続きアロンダイトに憑依し、同行することになったのだが、マコはそれに対して拒絶のような反応を見せた。

 無論、アニマが嫌いだからとか、そういう話では無い。

 ただ、幽霊のような存在であるアストラ体が怖いだけなのだ。


 格納庫でアロンダイトとにらみ合うマコ。

 そのアロンダイト――アニマもなぜか正座して両手を膝に置いている。


「お前なあ……アニマ達は幽霊じゃなくて、アストラル体だって何度も説明しただろう?」

「いや、でも実質幽霊みたいなものじゃないの。身体がないのに意思があって物理干渉もできるって、それもう立派なポルターガイストじゃん!」


 と、まあこんな感じで頑なに受け入れようとしない。

 これは困った、とアッシュは頭を搔く。

 アニマもアッシュとマコを交互に見比べどうするべきか、とあたふたしている。

 ――その度にアロンダイト各部のモーターやらギアやらの駆動音が格納庫に響いて若干うるさい。


「マコ、恐怖心は不理解に由来することが多い」

「シルル……」

「だからほら、アニマ。自分がいかに無害か、アピールして」

『え、えっと、あーうん。ボク悪いロボットじゃない、よ?』

「いやお前一応人間だろ」


 正座したままおどけたポーズを取ってみせるが、人間の何倍もあるソリッドトルーパーの巨体でやられても圧が強すぎる。


「でも、彼等の事はどうなんだい?」

「彼等?」


 シルルが指差す先には熱心に与えられた仕事をしている整備用オートマトンが数機。

 自身らに視線が向いている事に気付いたのか、作業を一度止めて、オートマトン達がマニュピレーターを振って挨拶をする。


「……は?」


 が、当然本来のオートマトンはそんな動きをしない。プログラムにない動きをするそれらを指差し、アッシュとシルルの方を見てカタカタと震え出すマコ。


「今、キャリバーンで動いているオートマトンはみんなレイス人のアストラ体が憑依している」

「何でそんなことしたァ!?」


 マコがシルルに掴みかる。

 胸ぐら掴まれて揺さぶられているシルルは、はっはっは、と笑っていて余裕を見せる。


「うっぶ……」


 前言撤回。余裕はなかった。


『あの、ボクは別に危害を加えようとかそういう意図は無いんですけど』

「第一、タイラント・レジーナ戦で助けてもらっただろ?」

「……まあ、そう言われると親近感が」

『えへへ』


 むしろ可愛い、ような気がしてきた。

 と、同時にアッシュはある疑問が浮かぶ。


「なあ、アニマ。お前さん、性別は?」

『アストラ体には生殖能力がないので無性別なのですが、肉体を持っていた頃の性別なら女性ですね』

「やっぱりか……このふねの男女比率おかしいだろ!」


 アッシュが膝を着いてうなだれる。

 訳が分からずおろおろと見るからに狼狽えるアニマ。

 機械の巨体が少女のような慌てふためき方をするものだから、何かおかしくなってきてマコは思わず吹き出す。


「なんだよ、マジで人間じゃないか」

「だから言っただろう? 彼女等は姿形と在り方が異なるだけで、対話が成立する人間だよ」


 無駄な緊張というか、警戒心が消えたマコはシルルを解放する。

 同時に、アニマに近づいていき、頭を下げた。


「ごめん。幽霊だのなんだのと騒ぎ立てて、そっちの話に耳を貸さずにいて」

『いえ、身体がないので似たようなものだと言われても仕方ありませんから』


 とりあえずは、マコの方の問題はこれで解決した。

 あとは――シルルの仕事がどの程度終わったか、だが。


『あっ、シルルさん』

「なんだい?」

『ベルさんが、仕事が終わるまでの間、シルルさんの食事のグレードを下げるかどうかを検討し始めました』

「グレードが下がるくらいならまあ、甘んじるさ」

『なんでもマリーさんが作ったものを出そうとかなんとか』

「まさかの死活問題Dead or Alive?!」


 シルルは慌てて携帯端末を操作しながらブリッジへ向かって走り出す。

 人間、一度上がった生活水準は下げることは難しい。

 こと食。その味については極限状態でもない限り下げることなど出来はしない。


『マリーさんの料理とは、致死性のものなんですか?』

「食うと10割腹下すぞ」

「テレビに映すにはモザイクが必要なレベルの見た目してるね」

『……そんな人を台所に立たせるんですか?』

「善意100パーセントだからさ、止められねぇんだよ……」


 本人には悪気も自覚もないのが余計にタチが悪い。

 今はベルが厨房を自分のテリトリーとしていて、他人が手を出せなくしているため、余程のことがなければマリーが厨房に入るなんてことはないが。


「そういえば、アストラル体って地上から大気圏突入してきたばっかのふねに干渉できるって凄い力だよな」

『ああ、あの時は仲間の助力もあって、かろうじてと言った感じでして』

「オートマトンを操って接触してきた時は驚いたぞ」

『遠隔すぎて予想外の動作もしてしまいました』


 その結果が、装備全展開だった訳だ。


「ブリッジではそんな事になってたのか」

「ああ、マコはその時自室に引き篭ってたんだったか」

「でも部屋の小物がガタガタ揺れたり、照明が明滅したり、変な音が鳴ったりで大変だったんだから。ま、気絶したから気付いた時には終わってたんだけどさ」

『え?』

「「……え?」」


 アニマの声にワンテンポ遅れてアッシュとマコの時が止まる。

 その反応に、嫌なものを感じ取り、背筋が寒くなっていく。


「えっと、アニマ。マコの部屋には……」

『ボクはやってませんし、多分他のみんなもやってないかと。ね?』


 アニマが作業中のオートマトンの方を向いて問いかけると、作業を続けながらライトを明滅させて答えた。


『彼等も覚えがない、と』


 マコの顔がみるみる青くなっていく。

 問題が解決したと思ったら全く解決していないどころか、より深刻な何かに派生してしまった。


「あ、あわわわわ……」

「おっ、落ち着けマコ。まだ決まった訳じゃないぞ!」

『で、でも違う可能性はゼロじゃないですし!』

「もうあの部屋で寝れないじゃんかもぉぉぉぉ!!」


 格納庫にマコの叫びが木霊する。

 その後は、事情を知るアッシュと格好で選ばれたベルがマコの部屋から必要なものを回収し、新しい部屋に移ることになった。


 では、引っ越す前のマコの部屋はどうなったのか。というと、人間は誰も中に入ろうとしなくなった結果、アストラル体が憑依したオートマトン達のたまり場となり、彼等による彼等の為の休憩施設へと改造されたのであった。


 なお、マコの遭遇した現象の原因については未解決のままである。

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