第55話 光
青白い光が、鋼鉄の芋虫を覆いつくす。
イオンクラフトがどれだけ出力を上げようとも、それを地面に縫い付けんと光が絡みつき、巨体を浮かせようとしない。
砲塔を自身に迫る脅威に向けようとしても、それらも光の粒子が絡みついて一切動かない。
妨害してくる光。それを払いのけてくれるはずのマリス・ギニョルはもはやただの鉄屑と化し、指1本動かない。
『許さない』
『私達を利用したことを』
『仲間を傷つけたことを』
はっきりと聞こえる声。
利用されていた事への怒りが、仲間を傷つけられた事への憎しみが、空間そのものを震わせて声となってその場にいるあらゆる存在の耳に届く。
「シルル、これは?」
「惑星全土のエーテルが共鳴している。この声は、この場だけじゃなく惑星全域に聞こえている……いや、しかし……」
シルルが困惑するのも無理はない。
この場だけでおさまる現象ならば、さほど驚くほどではない。
エーテルは時と場合によってはいくらでも特性が変動するし、矛盾する要素すら持ち合わせている。言ってみればなんでもアリな物質である。
だから、エーテルが絡めばどんな現象でも起こり得る。そう言い切ってしまえるのだが――流石に惑星全域となれば話は別。
それほどの広範囲に影響を及ぼそうとすれば、それ相応のエネルギーを持った起爆剤のようなものが必要になる。
「ベルが中で破壊した何か。その破壊を切っ掛けとして、この現象が起きている。それはわかる。わかるけれど、惑星ひとつに影響を及ぼすほどのエネルギー量を持ったものなんてそうそうあるものじゃない!」
『レイス人の総力を挙げた抵抗です』
「アニマ? それじゃあこれは……!」
レイス人。つまるところ、アストラル体となった惑星レイスの先住移民者たち。
現代まで残った彼等が、現代に生まれた鋼鉄の暴力装置を止めんと今、エーテルを使った物理干渉現象を引き起こしている。
青白い光は、それそのものが命の輝き。姿はなくとも、命のある者を、物として扱った存在への怒り。そして――自分たちを解放してくれた者たちへの感謝。
「マコさん、キャリバーンで本体を挑発します! 主砲・副砲同時発射! 当てなくても構いません!」
「了解ッ」
「アッシュさん、アニマさんは相手がビーム砲を使ったタイミングで攻撃を!」
「解った!」
『やってみます!』
艦砲射撃が、タイラント・レジーナの先頭部分にある人型の本体へ迫る。
その人型の本体は、背中からキラキラと光る粒子状の物体を放出し、自身を覆う。
するとどうだ。その粉末で覆われた部分に命中したキャリバーン号のビームはその粒子の範囲内で乱反射。あっという間に減衰して消滅してしまった。
「ビーム攪乱幕!? コーティングもしてるくせに!」
「ですが、さっきのビームで大分減りました。攻撃は続行! ベルさんは!」
「ああ、ダイジョブ。最短距離で合流するから」
シルルがそういうなり、タイラント・レジーナを内側から突き破ってフロレントが出現する。
その両肩にはいつものシールドではなくマシンガンが取り付けられているが、そこは些細な違いだろう。
「遅れました」
「動力炉は?」
「そっちのほうも問題ありませんよ」
と、ベルが答えた瞬間に起きる大爆発。
「えっと、何したの?」
「あの青白い光が集まってできた人型にお願いしたんですよ。ここの動力炉を壊してほしい、と。それで武器が欲しいと言われたので、ハンドグレネードをひとつ渡しました」
「ああ。納得。でもこれで……」
タイラント・レジーナのエネルギー供給が止まる。
最低でも、ビーム砲を動かすことはできないはずだ。
『――――』
だがそれを理解できないほど、タイラント・レジーナに搭載された生体制御装置は甘い判断を下さない。
人間を使ったものであるとはいえ、それそのものが機械的に下す判断が、この状況を覆す何かを導き出さないわけがない。
ボボボ、と連続する炸裂音。それと共に本体の下半身を覆っていた装甲が解放され、人型の下半身が現れる。
「これが真の姿……! 巨体のものと区別して、こちらはネイキッド・レジーナとでも呼称しようか?」
「裸の女王ってなんか響きヤバくない?」
「余計な事をいうんじゃあないよ、マコ」
「「……」」
「ほら、未成年とむっつりが反応した!」
「アッシュさん!? 誰がむっつりなんですか!」
「自覚あるじゃん」
「……あとで覚えておいてくださいね、シルルさん」
「なんで私だけ!? っと、とにかく緊張はほぐれたかい?」
ネイキッド・レジーナが両腕の拡散ビーム砲を反転させる。
そこには24連のマイクロミサイルが装備されており、それらが一斉に発射された。
ターゲットは4つ。
空中のキャリバーン号とクラレント。機体の中から飛び出てきたフロレント。地上から攻撃を仕掛けてくるアロンダイト。
それらすべてにミサイルが迫る。
「この数なら撃ち落とせ――」
と、アッシュが言いかけた途端。そのマイクロミサイルの先端が割れ、さらに小さなミサイルが飛び出した。
「よし、無理だ!」
クラレントがフロレントを抱えてキャリバーン号の甲板に着陸し、その状態でキャリバーン号はアロンダイトのほうへと接近。
アニマもその意図を理解し、接近してくるキャリバーン号の甲板めがけてスラスターを全開にして跳びあがる。
「ちょっと揺れるよ!」
キャリバーン号が角度を傾けてアロンダイトが跳び乗りやすよう地上スレスレを飛行する。
そして、アロンダイトが甲板に接触するタイミングで復元し、上に乗せた3機を振り落とさないギリギリの速度で上昇。
同時に分裂していたターゲットが集まった結果、すべてのミサイルがキャリバーン号へと殺到することになる。
「シルル!」
「シールド展開!!」
殺到するミサイルをすべてキャリバーン号のシールドで受け止める。
次々と連鎖する爆発。
その爆発でシールドの耐久が一気に削られるが、その攻撃さえしのげば今度はこっちの番である。
「アニマ!」
『はい!』
ロングレンジビームライフルの銃口がネイキッド・レジーナに向けられる。
それに反応し、ネイキッド・レジーナも両腕の砲塔を再度反転させ拡散ビーム砲を放とうと腕を振り上げる。
だが――青白い光がその両腕に密集し、砲口を向けさせない。
『させない』
『止める』
『あなたも解放する』
声が、聞こえた。
『撃って、アニマ』
そう、囁くように。慈しむように。
『……ありがとう、みんな』
アニマは、照準を合わせて引き金を引く。
放たれる閃光はネイキッド・レジーナの首を穿ち、頭部が宙を舞う。
『ありがとう』
『助けてくれて』
『開放してくれて』
『あの人を止めてくれて』
『そして、さようなら』
そう言い切ると、青白い光は消えていく。
蛍の光のように淡い光を放つそれは、霞のように消えていく。
「カスミホタル……なるほど」
「で、アレどうする」
「あー……」
クラレントがビームの進路を変えたことで街へビームが飛んでいった。
それによって街の治安部隊がビームの発生ポイントであるこの場祖に向かってきているのである。
「どうしようか。逃げる?」
「とりあえずは、高高度まで撤退だね。各機収納、急いで――っと、その前に。アッシュ。アレ回収しておいてくれ」
「……ああ」
◆
――最後に見た光景は、淡く輝く青白い光。
自分を救おうとしてくれる声が響く。
ひどく聞こえにくく、それでも忘れていた温かさを思い出させてくれた。
0と1以外の刺激。
それを自分でもわかるように変換する。
『おやすみなさい』
その言葉の意味は、今の自分には理解できるものではなかった。
人間なのは思考する能力だけ。それ以外は機械的で、生きているという認識自体が存在しない。
なのに、その言葉に込められているものを理解できた気がする。
だから――もうこの命令に従う必要はないのだ。
生体制御装置という尊厳を踏みにじられたどこかの誰かは、惑星レイスの大地で静かにその機能を停止させる事を選んだ。
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