第54話 解放

 タイラント・レジーナ内部に突入したフロレントは、事前にシルルから送られてきた内部構造図を参照にしながら、動力炉を目指す。

 狭い内部では自慢の十字型ブレードは振り回すことができず、武器もいつも通りのマシンガンのみ。

 あとは攻撃用ではないが、アンカーくらいだろう。


「あとは……」


 ハンドグレネードがいくつか。

 これはできるだけ使いたくはない。ソリッドトルーパーが膝を曲げた状態でホバー移動してなんとか動ける程度の狭い空間で、爆発物なんて使えば自分自身が危険にさらされる。

 スラスターの微調整が面倒くさく、時折頭頂部を天井にこすったり、バランスを崩してシールドで壁面を削ったりと、コクピットの中は常に派手に揺れている。


 とはいえ、だ。そんなことを気にする間もなく、ベルは機体を進ませる。

 狭い通路を進んでいく最中にも、背後から迫るマリス・ギニョル。

 その数は数えるだけ馬鹿らしくなるほどで、通路いっぱいを埋め尽くしていた。

 もはやそれはガチャガチャと音を経てるうねり。飲み込まれればどうなるかわかったものではない。


「いい加減、数を減らすか」


 その場でスラスターの噴射方向を調整。反転しつつも進行方向は変えず、後退しながら両手のマシンガンを迫る大群に向けて即座に発砲する。

 対ソリッドトルーパーを想定している弾丸は、フレームがむき出しになっている人間大の兵器にとっては過剰火力である。

 いつもの相手なら何十発も撃ちこんでようやく貫通するような攻撃で、まとめて数十機は行動不能に持っていける。


 問題はその数が多すぎて数が減った気がしないということであるが。

 ベルもマガジンを1つずつ使い切った後でやるだけ無駄だと判断して空になったマガジンを捨てると交換しながら再度反転――した直後、ハンドグレネードを使うことを決意した。


 眼前に迫る。それめがけてハンドグレネードを投げつけ、自身はその場でとどまりシールドで身を固める。

 直後。うねりにハンドグレネードが呑み込まれ、爆発を起こす。

 狭い通路では爆発の威力の拡散方向が限られ、その力はフロレントにも襲い掛かる。


「ぐっ……!」


 激しく揺れる機体。カメラからの映像は激しく乱れ、計器類がけたたましい警報音を響かせ、衝撃のすさまじさを物語る。


「シルルさん、これやりすぎ……!」


 元々数の多いマリス・ギニョルをまとめて吹き飛ばすために持ってきたシルル特性のハンドグレネードであるが、こんな閉所で使うには威力がすさまじ過ぎた。

 使うと決めたのは自分であるが、使ったことによってフロレント自身はシールドによって守られたが、肝心のシールドは爆発の影響を受けて変形。

 両肩のシールドともに本来の形を保っておらず、弾避けくらいにはなるが、気休め程度のものだ。

 そしてシールドで受け流した爆発の衝撃はフロレントを追ってきていたうねりに直撃。

 その大多数をバラバラに粉砕した。

 おかげで、前がつまって後続の侵攻が一時的に止まっている。


「進むなら今、だけど……」


 問題は前から来るマリス・ギニョルの大群。

 爆心地であるが故に障害となる残骸がほぼ残っていない為か、全く進行速度が落ちていない。


「……」


 流石に、これは無理やりでも押し通る必要がある。

 そう判断したベルは両肩のシールドをパージし、シールドを保持していたアームに手持ちのマシンガンを装着。

 背部の十字型ブレードを外し、床に転げさせるとそれをひろって切っ先を前に向けるように構える。

 抜けないのならば、落として使う。振り回せないのならば、それを前に突き出して突っ込む。


「ちょっと無茶かも……」


 そういいながらも、スラスターの推力を上げていく。

 切っ先を前にしての突撃。その刃に真正面から挑んだマリス・ギニョルの身体が砕けて、千切れて宙を舞う。

 それでも倒せなかった相手は、両肩のマシンガンで迎撃。

 突き当りまでそのまま突撃し、壁にブレードが突き刺さる。


「ぐっ!?」


 ブレードが突き刺さったことで、勢いを止められコクピットが揺れ、シートベルトが伸びきるほど、ベルの身体が前に弾かれ、ベルトによってシートに叩きつけられる。

 が、操縦レバーからは手を離さず、ベルはブレードを持ったままその場で旋回し、壁を切り裂きながら方向転換。再度加速しようとするが、その瞬間ブレードでつくった横一文字の切れ目から、ちらりと覗く光があった。


 当然、外ではない。

 だがそれが何かを確かめるにしては、見える範囲が狭すぎる。

 ならば、とわざわざ抜いたブレードを切れ目に戻し、根本まで突っ込んで向きを変えて縦にも切れ目を入れ、壁を破壊してその光が何であるかを確認する。


「ここが動力炉? それにしては……」


 コンソールにタイラント・レジーナの設計図を表示し、推定される現在位置と比較しても、動力炉がこんな場所にあるとは思えない。

 それでも、この光は気になる。

 とりあえずで破壊するか、とハンドグレネードを用意する。


『タスケテ……』

「声? この声は……」

『カイホウ、シテ』

「あの光の中から……?」


 壁を突き破り、光のもとへ向かう。

 光は時に青白く、時に煌々とした夕日のような色を見せる。

 不気味、というより妙な温かみと、見ているだけでも伝わってくる悲しみや怒り、苦痛を感じる。


 光に近づいていくフロレント。

 その背中は無防備であるはずなのに、いくらでも襲い掛かることはできるのに、マリス・ギニョルが追ってくる様子もない。

 その理由を、ベルは何となく察する。


 この空間を支配しているものは、感情と明確な意思。

 それをベルは知っている。肉体を捨てた人間がいることを知っている。

 惑星レイスの先住移民者。彼ら自身がアストラル体と呼称する、魂と心と精神のみで生き続けている――人類の新たな姿。あるいは、その成れの果て。


 だが外にいるマリス・ギニョルから感じるものとは全く質の異なるものであり、ここに満ちる意思はベルを招き入れているように感じられた。


「あなたは、わたしに何をさせたいのですか?」

ワタシヲコワシテボクヲコロシテ

「……」

クルシイカナシイイタイツライセマクテコワレソウサムクテコワレソウ

「どうすればいいの……なんて、聞くまでもないか」


 握りしめたハンドグレネード。それを光に向かって投げつけた。

 すぐさまフロレントは入ってきた壁から脱出し、通路の先を目指す。


『……ありがとう』


 その言葉だけは、綺麗に聞き取れた。直後に、フロレントの背後で大きな爆発が起こった。

 その爆発とほぼ同じタイミングで、マリス・ギニョルたちの動きに異変が起き、次第に動きが小さくなっていく。


「……あれを壊したから?」


 結局、あの光の正体が何であったのかをベルが知ることはなかった。

 ただ判るのは、あの光を閉じ込めていたものをあの爆発が吹き飛ばし、封じ込められていたものが解放されたことで、間違いなく何かが変化した、ということだろう。


『ベル、聞こえるかい?』

「え、シルルさん? どうして……」

『さっきまでそっちとは通信がつながらなかったんだが、爆発を感知した直後からそっちとの通信が可能になった。それに、マリス・ギニョルが一斉に活動を停止したんだけど……何があったんだい?』

「さあ。もしかしたら、ちょっとした人助けをしたのかもしれません」


 そう言いながら、ベルはコクピットで小さな笑みを浮かべる。


『ベルさん。仲間を開放してくださったんですね』

「アニマ? ということはやっぱり……」

『はい。彼等が言っています。加勢する、と』


 アニマの言葉の直後、大きな振動が起きる。

 中にいるベルは何が起きたのかを理解できずに困惑するが、シルルが短く驚愕の声を上げるのを通信越しに聞く。


「何が起きたんですか?」

『青白い光が、タイラント・レジーナの全身を覆って動きを止めている……』

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