第159話 海の中の重力場

 シールドで水圧から守られているとはいえ、すでに想定された耐久限界を超えた深度に到達。

 流石にここまでの深さになると照明がないと周囲の状況が確認できない上、その光につられて深海生物が近づいてくるが、あまりの巨体を前には恐れをなしたのか、近づいては離れてを繰り返している。

 が、そんな生物たちに交じって異質な生き物も、そこにはいた。


「見てくれ。ウミサメカラスだ」

「なんて深度にまで潜るんだアイツ等は……」

「宇宙生物は規格外だ。だからこんな風景も不思議ではないのだが――実際に目にすると感動するね」


 と、メグは目を輝かせている。


「マリー、ウミサメカラスの反応は記録させたか?」

「はい。今追尾しています。同時に周辺地形もソナーで確認済みです」

「よし、見逃すなよ」


 メグの仮説に従い、身体をくねらせながら泳ぐウミサメカラスの群れを追いかける。

 通常のサメカラスが全長6メートル大の大型の生物であるのに対し、ウミサメカラスは大きくても1.5メートル程度。

 流石にプリドゥエンほどの大きさの相手に攻撃を仕掛けるほどの度胸はないようで、噛みついてくるような様子も見せない。

 尤も。その大きさからして人間に対する危険性も低くい全くの別種といっても過言ではないほど変異している。

 ――まあ元が元なので凶暴性だけは据え置きであるのだが。

 故に、凶暴なペンギン、という評は実に正確な評価であろう。


「彼等はどこへ向かっているんだろうか……」

「それを調べるためにここまできたんだろう、博士。マコ、追手は?」

「流石にこの深度まで潜ってくるヤツはいないって。まあ、警戒はしてるけどね」


 マコの話を信じるのならば、潜水艦というものはこの惑星には存在しない。作る必要がないからだ。

 それに、海溝の底には興味はあれど、それを調べる事に意義を見出せないのであれば、作ろうともしないだろう。

 だから追手はない。そういいつつも、別の可能性も頭には浮かんでいる。


 ――ウロボロスネスト。


 その存在は、彼等にとってはどうやっても頭から消すことができない存在である。

 奴等ならば、今から向かおうとしている場所の事も知っているかもしれない。あるいは、知らなくてもそこへたどり着こうと行動を起こしているかもしれない。

 一番最悪なのは――すでに奴等が到達している、というパターンであるが、それはあまり考えたくのない結末だろう。


「それにしても、深いな……」

「記録によると、かつての地球にはマリアナ海溝という海溝があったらしい」


 と、唐突にシルルが語りだす。


「へえ。で、その海溝の深さってのは?」

「……現在地よりは浅いよ。そして、かつての人類はその深淵を覗くことはできても、終ぞ人を乗せたまま到達することはなかった。喜べ諸君。我々は、人類史上最も深い海に潜った人間だ」

『浪漫、ですね』

「ある意味、宇宙の果てを目指した人間よりも貴重なのかもですね」


 古人曰く、人間は深海のことを宇宙の事よりも知らない。

 まるで人が立ち入ることを拒むかのように、水圧が襲い掛かる空間と、密閉さえすれば安全ではある宇宙。どちらのほうが調べやすいかと言われれば、言うまでもないだろうが。

 なにせ、潜水艦は推進能力さえどうにかすれば宇宙でも運用できる、なんて説があるほどだ。それほどまでに、深海という環境は過酷であり、人類の技術がいくら発展しようともその全容を調べることは困難を極める場所なのである。


「……あれ」


 ふと、マリーが声を漏らす。

 どうしたものか、とベルがマリーのほうへ近寄り、そのコンソールを確認する。

 マリーもコンソールを指差しながらベルに何やら説明している。


「どうした?」

「ウミサメカラスの反応が消えました。それと――明らかな構造物を発見しました」

「位置は?」

「ウミサメカラスの反応が消えたポイントと合致します」

「ビンゴだ!」


 と、メグがはしゃいでアッシュの頭を何度もたたくが、さすがに鬱陶しいので何度目かでその手を掴んで止める。


「で、構造物ってのは、現状のままでも侵入可能か?」

「えっと……おそらく」


 流石に嘘だろう、とマリーの報告を疑う。

 プリドゥエン――エクスキャリバーンは全長1000メートルを超える。

 それが侵入可能な空間、というのは自然ではありえないし、人工物であったとしたらそこまで巨大な空間を作る必要性がないためなおのことあり得ない。

 しかもここは深海だ。そんな巨大建造物をどうやって作ったというのだ。


「……まあ、行くしかない、よな」


 どう考えても怪しい。そう誰もが思いながら、プリドゥエンは進む。

 皆が不安を抱える中、唯一、メグだけが好奇心で目を輝かせていた。

 と、異常な反応を検知したのか、ブリッジ中に警報音が鳴り響く。


「ベル、マリー、アニマ!」

『重力場異常です! 艦の接近を阻むように重力場が発生しています!』

「1万メートルを超える深海でか!? どこからだ!」

「発生源は――進行方向!?」

「ってまさか――」


 アッシュが頭をフル回転させ、いくつかの可能性を考える。

 目的地である構造物から発生していると考えるのが自然だ。つまり、そこには侵入を阻む必要がある何かが存在していて、ある一定の大きさの物体の侵入を阻むようになっているとしたら。

 そこまではまだ考えなくてもいい部分だ。

 考えるべきは、その重力場を越えた先。


「マコ、全速前進!」

「はあッ!? シールドジェネレーターが悲鳴あげてるってのに!?」

「それでもだ! ベル、重力制御機構グラビコンフル稼働。目標の重力場を中和して突破する。マリーはイナーシャルキャンセラースタンバイ!」

「どうしたんだいアッシュ。そんなに慌てて指示を出して」

「シルル、俺の想像が正しければ、この重力場の先には大気がある」

「ッ!? なるほど。理解した!! 細かい調整は私とアニマでやる」

『ボクはどちらの調整を?』

「ならマリーの補助にはいってくれ」


 ブリッジがあわただしくなる。

 アッシュの指示通り、マコは艦を加速させ、行く手を阻む重力場へと艦首を押し付けようとする。

 艦の進む力がシールドを軋ませるが、そこへ展開されたプリドゥエン自身の重力場が力を中和させ、ゆっくりとではあるが艦が前進していく。

 ゆっくりと。ゆっくりと。前進する度にシールドジェネレーターへの負荷が減っていく。


「覚悟しろよ」


 艦の約半分ほどが重力場の障壁を突破した瞬間。いきなりがくん、と機首が下へ下がり、プリドゥエンが落下しはじめた。


「マリー、今だ!!」

「はいッ!!」


 マリーがイナーシャルキャンセラーを起動させ、落下速度を緩和させる。

 アニマもマリーの操作に合わせ、艦全体に及ぶ影響を少しでも減らすために微調整を行い、マコも落下しはじめたことを理解するなり姿勢制御用のスラスターを細かく噴射させて艦を安定させようとする。


「本当にアッシュくんの言った通りになったねえ」

「というか……ここ、本当に深海か?」


 重力場を抜けた先。

 そこに広がっていたのは、緑あふれる大自然。

 燦々と輝く人工の太陽に照らされた、半球形空間ヘミソフィア

 その中央にある建造物は、この空間の天井ともいえる重力場から頭が突き出ており、そこが目的地であろうことは容易に想像できた。


「周辺状況のサーチ。安全確保ができ次第、数人で降りるぞ」

「数人? 全員ではないのですか」

「マリー、お前は絶対ここから降りるなよ。お前が今死んだら大変なことになるんだからな」

「それは解ってます。ではメンバーは?」

「……俺、ベル、アニマ、かな」


 選考基準は、ある程度戦えて、万が一の事態が起きた時に惑星国家ネクサスに与える影響が少ないメンバーである。

 本当ならば、シルルも加えてリアルタイムでこの空間の情報を解析してもらいたいが――彼女が欠けるとネクサスの発展速度は急激に落ちるのが目に見えている。


「僕も行く。放電能力は役に立つとおもうよ?」


 と、メグが立候補する。 

 確かに、メグの持つ放電能力は万が一の戦闘になった時にも役立つだろうし、照明の代わりにもなるだろう。

 それと――多分止めてもついてくるだろうから、否定しても無駄だろう、というのもある。


「わかった。じゃあこの4人だ」

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