第160話 声

 アッシュ、ベル、アニマ、メグの4人が艦から降り、周囲を見渡す。

 念のため、クラレント、フロレント、アロンダイトの3機も出し、各々が各々の機体へ乗り込み、クラレントの手の上にはメグが乗る。

 小型の機動兵器であるソリッドトルーパーなら、このまま目標まで接近。中の調査もできるだろう。


「しかし、不思議な空間だな」

「ここだけで独自の生態系が生み出されている、と僕は考えている。あ、ほらあそこウミサメカラス」


 水中での行動力に能力を振り切ったせいか、翼を横にピンと伸ばして体のバランスを保ちつつ、短い足で地上を更新するウミサメカラス。

 あれで凶暴性をもっていなければまだかわいいと思えたかもしれないが、まんまペンギンの動きをされても、それが危険な生物にはかわりない。


「さて、急ぐぞ。海上の奴等がここに気付かないうちに……」


 そうアッシュは口にするが、きっとすでに海上でこの場所を探している連中に気付かれている。

 正確な場所が割り出されていない。ただその一点だけが現在アッシュ達にあるアドバンテージ。

 さっさと調査してここにあるものが何なのかを知り、物によっては破壊する事も視野にして行動を開始する。

 古代兵器でないのならばそれでよし。もし古代兵器であった場合は――どうするべきか。


『一応念押ししておくが、仮に古代兵器が見つかったとしても壊そうとなんてしないでくれよ。マコの心臓が止まる可能性だってゼロじゃあないんだ』


 シルルに念押しされるが、実際その通りである。

 マコの心臓がこの場所にあるかもしれない古代兵器と連動しているのならば、それを破壊した場合マコの心臓が止まる可能性も否定しきれない。


『仮説だけどさ』

「なんだ、マコ」

『もしかしたらアクエリアスの奴等、さっきの重力場を突破できなかったからそれを破壊する可能性のあったGプレッシャーライフルの技術を欲しがって追いかけてきたんじゃないのかな』


 なるほど。十分にあり得る話だ。

 実際、重力場を突破しようとしたプリドゥエン――エクスキャリバーンはシールドジェネレーターは本体への影響を最小限に抑えるためにフル稼働。その上で重力場を中和するために重力制御機構グラビコンを最大稼働させ、かつ突破した途端に自由落下を初めた為イナーシャルキャンセラーまで全開。スラスター噴射も駆使してようやくだ。

 そもそも、この深度まで潜れるだけのシールドジェネレーター出力を維持し続けることのできる艦艇がこの宇宙にどれだけ存在するのか。

 だったら、外側から撃ち抜いて自壊してもらおう、という魂胆だったのかもしれない。

 ――まあ、結果としてそれを振り切ろうとした一行が、ネクサスの発見と建国に繋がるのだから何が起こるかわからないものである。

 仮に、マコの推測通りだとしたら、あてずっぽうに重力兵器なんて危険極まるものを乱射するつもりでいたのだろうか。

 非効率かつ怖いもの知らずなことだ。


「アニマ、周辺の地形データをブリッジに」

『常時やってます。解析はマリーさんの担当みたいですけど』

「マリーの? シルルじゃなく?」

『ああ。私はちょっと気になったことを調べているだけだ。さっきちょっと降りてここの地面のサンプルを取ったんだが、妙な感じがしてね』


 シルルが妙だと言っている意味がよくわからないが、とにかく3機が建造物めがけて進む。

 妨害してくるようなものはなく、いたって静か。

 機体の目線のあたりまでの高さの木々の間を縫うように進むフロレントとアロンダイト。

 その上を移動するクラレントは、深海にある半球状の空間の限界高度付近まで上昇し、上空から周りの状況を確認して、その情報を逐一ブリッジへと転送する。


「おいおい、頼むよ。僕がいることを忘れないでくれたまえ」

「このまま重力場に押し付けられたくなかったらおとなしくしていてくれ」

「……洒落にならないからやめてくれたまえ。とはいえ、だ。この空間は奇妙だ」


 シルルと同じようなことを、メグも口にする。

 だが具体的に何が変なのか、というところまでは言語化できないようでもどかしそうにしている。


「一応そっちの端末にもアニマの集めた情報と、上空からの映像は回してる。確認してくれ」

「ああ。わかった」


 メグ用の携帯端末。そこに提供されたデータを表示し、メグは考え込む。

 間違っても落とさないように、とアッシュはクラレントの手で包み込んだ。


「しかし、学者組が違和感を感じるとなると、どこか変なのは間違いないんだろうな」

「いや、深海にこんな空間があって呼吸ができるという時点でおかしいとしか……」

『……解りました。ここには、ウミサメカラス以外の動物がいないんです』

「あっ。そうか。これだけの空間があって、植物が自生しているのに、虫の1匹も見かけないのはおかしいんだ」


 マリーの出した答えに、メグも同意する。そう言われてみて、周辺に生体反応の探知をかける。

 出てくるのは、植物の反応と、ウミサメカラスの反応だけ。

 それ以外の生物の反応が、一切でない。

 植物が生きているのに、花が咲いているのに、虫がいない。それは、絶対にありえないことだ。

 かつて、蜂が絶滅すると人類も絶滅する、という仮説があった。

 それは人類が食用としている植物の受粉には蜂の存在が不可欠であったからである。

 そんな説が出てくるほど、植物の受粉――つまりは繁殖には虫の存在は不可欠なのだ。

 なのに、その虫がいない。

 虫がいなければ、それを捕食する小型の生物が存在せず、さらにそれを捕食する大型生物も存在しなくなる。そして――そういった生物が存在しなければ、その死骸が分解されることで大地へ栄養素として還元されることもなく、植物が育つために必要な栄養素が不足し、生態系そのものが崩壊する。


 だが、この場所はどうだ。

 木々は青々と生い茂り、色とりどりの花が咲く。

 あり得ない。異質な環境が過ぎる。


「これは……絶対に意図的な操作がされていないとありえない環境、ってことですよね」

『しかも海流によって侵入を拒み、その深度そのものでも入れる者を制限する。ここまでして守りたいものとはなんでしょうか……』

「そりゃあ……古代兵器、だろうなあ」


 徐々に建造物が近づき――到達してしまった。

 その瞬間、アッシュの目が、ベルの直感が、アニマのセンサーが、異変を捉えて一斉に武器を構える。


「メグ、コクピットに入ってろ。お前の力、使う事はなさそうだ」

「え? あ、ああ」


 ソリッドトルーパーのコクピットは狭い。だが、そうも言っていられない状況である、とアッシュの表情が告げ、それを察してメグは素直に従った。


「ブリッジ! 脱出準備を進めろ!!」

『了解ッ』

『え、マコさん?』

『マリー、あの3人が同時に武器を抜いたんだ。何か来るぞ!』


 シルルが叫んだ直後。空間の中心にある建造物の中から、人型の機体が出てきた。

 それは、異様な姿をした機体であった。

 大きさは標準的なソリッドトルーパーのそれ。だが、細身の女性を思わせるほどに細いシルエットと、不自然に大きく突き出た腰の装甲。

 それに続いて、アッシュにとっては見覚えのある、腕のない機体が現れた。


「アイツ、ネオベガスのブリッジを破壊した……ッ!!」

『なんだって!? じゃあ、アイツ等は……』

「ウロボロスネストッ!!」


 瞬時に頭に血が上るベル。だが、そのまま突っ込むような無謀は起こさない。

 何故なら――その後ろの空間が歪み、さらに新たな機体が現れるが見えたからだ。

 現れたのは3機。

 1つ。タイラント系の機体によく似た機体。

 1つ。タイラント系よりもはるかに巨大な、まるで戦艦からソリッドトルーパーの上半身が生えたような異形の機体。

 1つ。天使の翼のように並んだ筒状の物を背負った機体。


 アッシュが目撃した1機以外、すべて初めて見た機体だ。

 そして、その戦闘力という点ではどの機体も未知数。


『初めまして、ではないかな』

「広域通信……」


 相手の機体から聞こえてくる声。

 その声を聴いた瞬間、アッシュは目を見開き、操縦レバーを握る手が緩む。


『名乗るほどのものではないが、我々はウロボロスネスト。この場に眠るものを頂に頂戴した。邪魔をするのならば、排除させてもらう』

「うそ、だろ……」

『アッシュ……』


 アッシュの動揺。それで終わればまだしも、マコまでうろたえている。

 その様子を察し、シルルが叫ぶ。


『何を呆けているんだ! 私も出る。下手をすればここで全滅させられるぞ!!』

「ッ! あ、ああ。すまん、シルル。だが――」


 そんなことはありえない。そう思いたい気持ちが、アッシュの中にはあり――聞こえてくる声の主が、自分のよく知るのものではないことを祈った。

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