第167話 滅びの光

 海から首だけを出す大蛇が、口から閃光を放った。

 それは惑星外からでも確認できるほどのまばゆい光であり、直進するのではなく惑星の表面をなぞるように閃光が海を割いて進む。

 高熱が海水を蒸発させ大量の水蒸気が新たな雲を生み出し、惑星を覆っていく。

 閃光が伸びていく先には当然人間の活動拠点となっているメガフロートもあったが、その奔流に飲み込まれて消える。

 物質の変化の段階において、多くの物質は固体・液体・気体と段階を経る。

 その段階を飛ばし、固体から気体へと変化することを昇華、と呼ぶ。

 それがまさに今、閃光に飲まれたメガフロートで起きていた。


 人類の活動拠点で、多くの人間がいる場所で、起きてはいけないものが起きた。

 通過した場所は跡形もなく消失し、かろうじて直撃を免れたとしてもその閃光が纏った熱により無機物は融解し、有機物は燃える。

 さらに離れた場所であっても、熱せられた空気が肺を焼き、もがき苦しみながら次々と死んでいく。


 それでもなお、閃光は止まらない。

 惑星を半周してようやく、攻撃が海面へと直撃。そこで大爆発を起こす。

 それは水蒸気爆発。触れるものすべてを跡形もなく消し飛ばすだけの熱量を持ったものが着弾し、解放された熱エネルギーによって発生した上昇気流が、まるでキノコを思わせる形の雲を生み出す。

 人類の技術では、核爆発などの限られた手段でしか実現できないそれを、大蛇はやってのけたのだ。

 それも、惑星を半周するほどの距離で、だ。

 それだけの間エネルギーを放出し続けておいてなお、それだけの爆発を起こせるほどのエネルギーを有した一撃。

 それを観測したエクスキャリバーンのブリッジは――静寂に包まれていた。


 誰も言葉を発さない。発することができない。

 その一撃は、今回たまたま地上への攻撃に使われた。だが、あれだけの威力と射程。衛星軌道上の目標であったとしても、感知さえできればほぼ間違いなく撃ち落とせることだろう。

 いや――あれはエクスキャリバーンの存在を感知していた。ただ、こちらを狙ってこなかっただけだ。

 それを理解できるが故の、静寂である。

 ただ驚愕し茫然とする者。自分の知識からその威力を算出しようとする者。

 恐怖に震える者。戦う事を想定して思考を巡らせる者。

 だが結果として同じ行動をとっている。

 ただ、静かにその様子を眺めているしかない。

 そして――それが自分達に向けられる可能性があることを思い出し、一斉に行動を始める。


「アッシュ!」

「解ってるさ、マコ。呆けてる場合じゃないし、どうしてアレが動き出したのかなんて考察は後だ。シルル、交戦して勝てる可能性は?」

「ほぼゼロ。そもそもアレがどうやれば止まるのかがわからない」

「なら、エアリアの遺跡に問い合わせてみては? たしか管理権限を持った遺跡があると言っていましたよね」

「それだ! よくいってくれたベル! マリー、手伝ってくれ」

「はいッ!」


 惑星エアリア。そこにある遺跡――オームネンドと呼ばれている始祖種族が生み出した生態兵器を統括しているシステムが存在する遺跡の管理権限を持つシルルは、それとの通信を試みる。

 距離はかなりあるが、それも今のエクスキャリバーンのシステムを使えば全く問題ない。


『お久しぶりです、マスター』

「さっそくだが、惑星アクエリアスに眠っていた遺産について教えてくれ」

『惑星アクエリアスと呼ばれている惑星についての情報開示を』


 それはそうか。始祖種族のいた時の時代と、現代では惑星の呼び名が異なる可能性がある。

 なので、惑星の座標を送り付けると、すぐに反応があった。


『把握しました。それはゾームです』

「ゾーム?」

『マスターたちがアクエリアスと呼称する惑星において運用されていた惑星防衛用巨大兵器で、環境管理システムでもあります。記録において、惑星を1周できるほどの巨体で、普段は地中深くを泳いでいるとされています』

「武装は?」

『荷電粒子砲のみです。ただしその威力は――』

「そこはいい。どうせ現代兵器で耐えられるのはないんだろう?」

『肯定です』


 惑星半周してなお威力の減衰を見せないほどの荷電粒子砲。エクスキャリバーンのシールドジェネレーターがフル稼働したとしてそれを受けきれるか、というとまず無理だ。

 エネルギーの問題ならば縮退炉からエネルギーを回せば済むが、あの荷電粒子砲に耐え切れるだけの出力を出せるだけのエネルギーを供給したら、間違いなくジェネレーターが吹き飛ぶ。


「だとすると、アレに勝てなくないですか?」

『防御手段がないと、接近すらできませんよ』

「やっぱ逃げるか……?」

『制御コアさえ存在すれば、昨日を停止させることはできます』

「制御コア……?」


 オームネンド統括システムの回答に、全員の視線がマコに集中する。


「え、いや。アタシに埋め込まれているのは起動キーであってさ」

『ゾームの起動キーとはすなわち、制御システムそのものです。といっても、電源のオンオフ程度の制御ですが』

「つまり、マコがいればアレを止められるんだな」

『肯定します』


 この状況を終わらせる方法は判った。

 だが、それを実現させるだけの力が、今のエクスキャリバーンにはない。

 一番の痛手はフロレントとアロンダイトを破棄することになった事。

 予備の機体は当然搭載されているが、あくまでも予備は予備。個人専用にカスタムした機体をそう何機も用意しているわけがない。


『では具体的にはどうすれば?』

『制御室から制御を行ってください』

「それが難しいって話してるよね?」

「メグさんは少し黙っててください。話が進まなくなります」

「わーお、ベルちゃん辛辣ー」


 だが事実ではある為、誰もフォローしない。


「ようはあれの中に乗り込んで電源切ってこいってことだな……」


 アッシュは状況を確認し、作戦を練る。

 あの荷電粒子砲がこちらを向くまでに行動を起こす必要がある。


「アッシュ、何か策があるのかい?」

「……ある事にはあるが。不確定要素が多すぎる。なあ、シルル。クラレントをもう1機作るとしたらどれだけの時間がかかる?」

「予備パーツはいくつかある。それですぐにでももう1機くらいは――って、まさか!?」

「クラレントを自爆させる。ただの自爆じゃない重力制御機構グラビコンのオーバーロードによる自爆だ。暴走した重力場なら、どこに当たってもあのデカブツに風穴くらいあけれるだろう」


 その案には流石に他のメンバーも反応する。

 真っ先に反応したのはベルだ。


「アッシュさん、そんなことをしたら流石に脱出装置を起動させても間に合いません。考え直してください」

「ベルの言う通りだ。私も反対だ。それに、突破口が開けたとしても、マコを連れていくための足がない」

「フライトユニットがあったろ。格納庫のクレストにあれを装備させて飛ぶ」


 アッシュの言葉は、質問されるたびにぽつぽつとそれに対しての回答を行う。

 防御の突破。マコを突入させるための手段。

 確かにそれならば不可能ではない、と思わせてはくれる。

 高重力に耐え切れる物質は存在しない。それを人為的に起こせばいくら始祖種族が生み出した古代兵器であろうと、それを破壊することができるだろう。

 そしてクレストにも装備できるように作られたフロレント用フライトユニットを使えば高速飛行しつつあのバケモノに急接近することができるだろう。

 だが、それでも安全性が一切考慮されていない。


「アッシュくん、それを実現させるにはマコちゃんがクレストを操縦してあれに飛び込む必要がある、という話にならないかな?」

「……アニマ」

『は、はい?』

「クラレントで自爆した後、クレストにまで戻ってそれを操作。マコを運んでくれないか?」

『……はい?』


 何かとんでもない事を言い出した、とアニマは困惑の声を漏らす。

 だがアッシュの案を聞いて、シルルやベルが何かを考え始める。


「それなら不可能ではない、か」

『ええっ!?』

「問題は、確実にあの装甲をぶち抜けるだけの重力場が発生するかどうか、ということでしょうか?」


 マリーの質問にシルルは頷いて肯定する。


「統括システム。モルドを寄越してくれ」

『了解しました。10秒後にそちらの座標周辺に転送します』

「モルドって――」


 その存在を知っているのは、アッシュとシルルだけ。

 だからきっと、他のメンバーはアレが現れると驚くだろう。


「来たぞ」


 オームネンド統括システムの宣言通りきっかり10秒。

 エクスキャリバーンの甲板上に、始祖種族が生み出した生態兵器が、空間を跳躍して顕現した。

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