第168話 避けられない結末へ

 作戦を決行する。大きな流れはアッシュの案通り。

 まずはエクスキャリバーンによる急降下による奇襲。その後目標付近に到達した時点でクラレントに憑依したアニマが出撃し、それに続いてフライトユニットを装備したクレストがアニマ用のバトルドールとマコを乗せて出撃。

 先に出撃したクラレントがあの巨大な怪物――ゾームへと接近し、重力制御機構グラビコンをオーバーロードさせて自爆。大規模な超重力場を発生させてその装甲を破壊。

 その後はクラレントから離脱したアニマがクレストへと合流し、機体を制御しつつ破損部位から内部へ突入し、その後はバトルドールに憑依しなおしたアニマがマコの護衛として同行し、中枢制御区画まで進行。そのまま機能を停止させる。


 言うだけは簡単だ。簡単ではあるが――それだけでは足りない。

 具体的には接近するための速度だ。

 クラレントにしろクレストにしろ、接近する必要があるのだが、まず惑星へ降下する時点で補足され迎撃される可能性がある。

 それを補うのが惑星エアリアから送られてきた、シルルによってモルドと名付けられたオームネンドである。

 モルドの力を借り、より確実性を上げる。

 具体的には、エクスキャリバーンの防御である。


「作戦開始までカウント――は、必要ありませんよね」

「ああ。とっくに覚悟できてる。それに、だ。どのみちマコを欠いたエクスキャリバーンじゃあ、アレを避け切れない。成功しなきゃあの世への片道切符。成功しても、クラレントは失われる。まったく、発案したヤツの顔がみたいね。――おい、シルル。冗談で言ってるんだから鏡を俺に向けるな」

「アニマさん、聞こえますか?」

『はい。ベルさん。こちらはいつでも行けます』

『こちらマコ。コクピットが狭い。ていうか、操縦なんてできないんだけど』

「そこは私が途中までオートパイロットでどいうにかする。作戦の要なんだ。死なせはしないさ」

『気安く言ってくれるね』


 と、マコの軽口が返ってくるが、声に不安の色が見える。

 だが不安なのは彼女だけではない。

 この場にいる全員が、不安を押し殺そうとしている。

 無理もない。シールドで防げない攻撃が直撃する可能性が高いことを、今からやろうとしているのだから。


「最終のシミュレーション結果だが、エクスキャリバーンを構成する各艦の全リボルビングプラズマドライブをフル稼働させた状態かつ、各艦のシールドジェネレーターをフル稼働。その上で全重力制御機構グラビコンを臨界状態で重力場による障壁を形成して1発。しかも耐えれて10秒だ」

「つまるところ、撃たれる前になんとかしろ、ってことですね」


 と、マリーが言うが――実際その通り。

 仮にあの荷電粒子砲を撃たれたとしても、一発ならば耐えられる。ただしそれでも10秒。


「ちなみに、モルドだと両腕で防ぐだけで普通に耐えられる」

『バケモノ級の防御力ですね』

「でなきゃ、人造の偽神の縮退炉心臓を抉り出したりできないさ。それに、モルドは最悪の事態を回避する為に呼んだだけ。頼る事なく事が済めばそれでいい」

『――』


 甲板に立っているモルドはブリッジの上に手を置き、その中の会話を聞いている。

 接触回線と似たようなものだろう、とシルルは推測し、話を続ける。


「最終確認。各員配置についてますか」


 ブリッジの配置はいつも通り――ではなく、本来マコが座っている場所にはアッシュが、アッシュが普段座っている場所にはマリーが座り、空いたマリーの席にはメグが座っている。

 そして各自しっかりとベルトで身体を固定する。

 ここから先は、イナーシャルキャンセラーにどれだけのエネルギーを割けるかわからないほど、艦に無茶をさせることになる。


「各オートマトン、備品の固定作業は終わったか!?」

『各班から作業完了の報告アリ。大丈夫です』

「なら問題はないな。俺の操舵で申し訳ないが――行くぞ」


 エクスキャリバーンが速度を上げ始める。

 入射角を計算し、突入軌道に入るなりシールドを使って強引に断熱圧縮による超高温を突っ切って一気に惑星へと降下する。

 ただ、目標の出現ポイントからはかなり離れている。


「サテライトユニット、リンクよし!」

「ベルさん、メグさん。絶対に変化を見逃さないでください!!」


 降下前に衛星軌道上にばらまいてきたサテライトユニット――端的にいえば衛星カメラにより、ほぼリアルタイムでゾームの現在の動きを把握しながら、目標めがけての最大速度での突撃。

 その移動距離、惑星の四半4分の1周程度。

 かなり無駄なエネルギーを消耗するが、そうでもしないと荷電粒子砲を撃たれた時に回避が間に合わないし、直撃を食らうにしても防御が間に合わない。

 なにより、惑星半周してキノコ雲を発生させることのできるほどの威力がある攻撃だ。1発回避できればもう1発をすぐに撃ってくるなんてことはまずないはずだ。

 問題は、その『すぐ』という部分で、こちらの想定と実際がどの程度異なっているのかは一切不明のままであることくらいか。


「サテライトが熱源感知! 目標は――」

「待った! そっちは私に任せてもらう! ――狙いはこっちじゃない」


 第2射。その閃光が、地平線を横一直線に輝かせる。

 それだけ見れば、神々しい光に見え、実に美しい光景だと思えただろう。

 だが、その光が何をもたらすのかを知っているアッシュ達にとって、その光は悍ましいものに見えていた。


「早くアレを止めないと、この惑星が滅びるぞ」

『止めたところで、惑星の環境はすでに致命的なダメージを受けています』

「システム、どういうことだ」

『マスター達がアクエリアスと呼ぶ惑星の環境はゾームが稼働状態であった事で保たれていました。ですが、何者かによってゾームはこの惑星に存在するありとあらゆる人工物を惑星への侵略者のものであると認識したと考えられます』


 と、通信を繋ぎっぱなしにしているオームネンド統括システムが報告する。


「端的に」

『システムが戦闘モードに移行したことで環境保全機能にリミッターがかけられ、惑星の環境が変化していくと推測。推定72時間後には海洋生物群が死滅します』

「もし機能停止させたら?」

『50時間に短縮されるだけです』


 つまり、アクエリアスはどうやっても滅びる。そう告げているのだ。

 海洋生物群の死滅。それは陸地のないこの惑星においては大きな意味を持つ。

 それは、光合成によって酸素を生成するサンゴ――より正確にはサンゴと共生している褐虫藻かっちゅうそうの死滅は、そのまま惑星の酸素の現象を招く。

 惑星環境の調整を行っていたゾームが暴走状態になった結果、それが避けられない状況になった、という話である。


 では、今『燃える灰』がやろうとしていることは無駄なのか、というとそれは否だ。

 何故なら、ゾームが暴れまわる限り、加速度的にアクエリアスの人口が減っていく。

 惑星を半周するほどの超長距離の攻撃。そんなものからどうやって逃げればいい。


『どうせ滅びるんだ。少しでも生き残る人間が多い方が良いでしょ』


 そう、マコは呟くように言った。


「忙しいだろうが、ベル。マルグリット・ラウンド名義で惑星連盟経由でアクエリアスに通達!」

「もうやってます!」

「シルル、次射まであと何分かわかるか?!」

30だ! すでにチャージが終わりかけてる!」

「攻撃方向は――こっち見やがった! 振り回すぞ!!」


 エクスキャリバーンの最大速度で接近していく中、ついに水平線上にゾームの巨体が見えるようになった。

 そしてその砲門がこちらを向いている事にも気付く。

 操縦桿を握るアッシュは思いっきり舵を切る。


「モルド、サポート!!」

『!!』

「総員、対閃光・対ショック防御!」


 直後放たれる閃光。それをエクスキャリバーンから離れたモルドが両腕を交差させて受け止め大幅に威力を減衰させたエネルギーを拡散させる。

 が、その拡散したエネルギーですらシールドに当たる度にとんでもない衝撃でブリッジが揺れる。


「減衰してもメガトン級爆弾の直撃レベルの衝撃とかふざけてるのか!!」

「でも耐えられてますよね?」

「今はね! けど何発も耐えられるものじゃないし、並みの艦艇だとさっきのでジェネレーターがバーストしてるよ!」

「あとどれだけ接近すりゃいい! さすがに俺の腕だとあと何回もあんなの回避してられないぞ」

「あと少し。あと少しだけ接近してくれ! アニマ、マコ。君たちは出撃の準備だ!」


 あと少し。その言葉がこれほどまで不安を煽ったことはあっただろうか。

 果てしなく遠い、そのを埋めるため、被弾によって崩れたバランスを立て直しつつ、エクスキャリバーンは鎌首もたげた大蛇に向かって突撃を再開した。

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