第134話 タイムリミットは8時間

 閃光と共に走り出す3つの影。

 それを察知してか、通路の影から銃弾が飛んでくる。

 だがそれはまばゆい光で視界を奪われた状態で闇雲に撃ったもの。偶然でもなければ命中することなどほとんどない。

 事実、閃光が消えるころには倒し損ねた3人によって有利だったはずの待ち伏せ側が完全に制圧されていた。

 運が良かったのは、レジーナに倒された者たち。彼等は鋼鉄すら温めたバターのように切り裂くレジーナのブレードによって苦痛すら感じる間もなく首を斬り落とされて絶命したから。

 運が悪かったのは、ベルに倒された者たち。的確に防具の隙間に差し込まれた針から即効性の毒のカクテルを流し込まれ、絶命するまでの間苦しみもがいて死んでいった。

 だが、もっとも運が悪かったのはアッシュに倒された者たちである。


「さて。話してもらおうか」

「ひ、た、たすけ……」


 たった1人だけ無傷で生かされ、手足の関節を砕かれて身動きが取れなくなった仲間の苦悶の声を聞かされる。

 全員、死んでいない。だが確実に人間に使っていい威力ではないハウリングの弾丸によって打ち砕かれた部位から先が千切れて転がっている。

 激痛に横たわるのは右膝からを飛ばされた者と左肩から先を失った者。

 特に左肩から先を失った者は傷の場所・その範囲のせいで圧迫止血すらできず、ただただ大量の血を垂れ流し、呼吸を荒くしている。

 そんな姿を見せられ、次は自分だと言わんばかりにハウリングの銃口が自分の左膝に押し当てられている。

 それですぐ死ねればいいが、目の前で苦しむ仲間の姿を見せられては恐怖を感じずにはいられない。


「ん? それはお前の出方次第さ」


 にっこりと笑い、エーテルガンを構える。

 殺傷能力の低いソレを向けるのは今脅している相手にではない。

 脚を失って苦しみもがいている方へと向けて発射した。


「――――――!!」


 傷口へ直撃するエーテル弾。威力は弱く、人間の身体を直接傷つける事などできはしないが、それ故に連射ができる。


「あーほら。君がはいって言わないからこんなに痛がっちゃってさ」

「何が目的なんだ、アンタ等!!」

「いや、テロ鎮圧に決まってるじゃん。バカなの?」

『そっちはどうだ?』

「勿論、終わってますけど……アッシュさん?」

「いや、情報収集しようと思ってさ」


 エーテルガンを足首めがけて振り下ろす。

 常人ならば片手で扱えるような重さではない銃の一撃が骨を砕く。

 苦痛に悶えるが、すでに声になっていない。


「うわぁ……流石にそれは引きますよ。薬使います?」

「それ死なないヤツ?」

「いえ、普通に死ぬ奴です」

「だよな。シスター・ヘルがそんな手加減する訳ないもんな」

『おい、こいつ気絶したぞ』

「……やりすぎたか。まあ、情報は聞き出せなかったが、分かったことはある」


 上を見上げるような恰好でへたり込んで気絶している男の側頭部をハウリングでフルスイング。頭が140度ほど回転した。


「こいつらの装備はやっぱラウンド製だ」

『惑星ラウンド……宇宙有数の軍事国家であるとは記憶している。しかし何故そんな国がテロリストに武装を提供しているんだ』

「さあな。今回に関しては蛇が糸引いてる可能性もあるからなんとも、だ。アニマ。暗号通信でキャリバーンにこの情報を送っておいてくれ」

『了解です』


 ここから先。どんなことが起きるか分からない。

 シルルによるリアルタイムのサポートは受けられない。得られた情報も、持ち返ることができない可能性もあるののだ。できるだけ通信できるうちに集めたデータはキャリバーン号に転送しておきたい。


「それと、俺とベルは顔を隠した方が良いな」

「わたしはいつものを使いますけど、アッシュさんは?」

「一応、お前のバイザーのスペアくすねてきた」

「ちょ、それわたしの部屋入ったってことですよね?!」

「入ったのこいつ」


 と、アッシュはアニマを指さす。

 瞬間。アニマを掴んで振り回すベル。


『めめめがががまままわわわるるるるるるる』

「あそこで見たことは忘れてください。いいですね!!」

『いえす、まむ……』

「アッシュさんも、言ってくれればお渡ししますので!!」

「お、おう。悪かった」


 ここで何か口答えでもしたら噛みつかれる――どころか、手に持った毒針をブスっとやられそうな権幕に、アッシュは顔を引きつらせながら頷くしかなかった。


『まあ、全面的にアッシュが悪い』


 何も言い返す言葉がない。


「えーっと、改めて行動開始。タイムリミットは――あと8時間くらいか」

「それまでに艦の制御を奪う。ですよね」

『それと並行して脱出用の艦艇も探さなければ』

『それに関しては、時間以内ならば可能ではないか?』

「と、言うと?」

『外の連中に話をつければいい』


 なるほど。と納得する3人。

 それならば人質が解放された時、収容できないという問題は解決できるだろう。

 尤も。各地のベイエリアも、ここのように待ち伏せされている可能性がある以上、人質だけで向かわせるなんてこともできないが。


「ならベルは急いでくれ」

「はい。ではこれで」


 バイザーを付け、修道服の中からハンドガンを取り出して走り出すベル。その肩にはしっかりとアニマがしがみついている。

 残ったアッシュとレジーナも移動を始める。

 端末にダウンロードした艦内データを確認しながら通路を進む。


『アッシュ。ブリッジまでの最短距離は?』

「言うまでもなく通気口を通ることだけど……」


 レジーナの方をちらりと視線を向ける。

 甲冑の様な外見と表現される彼女の外観。どう見たって通気口の中につっかえる。

 そうでなくとも、シューターという個人用の艦艇かつ内側からとはいえブリッジを破壊できるほどの強度のブレードを生成する身体だ。少しでも通気用ダクトに接触すれば、ダクトが削れる音がすること間違いなしだ。

 音もせず切断したとしても、今度はどこかの配線や配管まで切断して余計なトラブルも発生しかねない。

 よって、彼女を連れての最短コースは最初からアッシュは考えていない。


「ま、バレても広い場所なら戦いようがあるからな」

『ふむ。まあ、私の体重をダクトごときがしのげるとも思えんが』

「……女性に聞くのは失礼だと思うんだけど、何キロあるんだ、その身体」

『推定250キロだ』

「よし、ダクトからの侵入は諦めて正解だったな!」


 現在位置は突入した右舷1番ベイエリアの出口Aを出たばかりのところ。

 ブリッジの位置関係としては、右舷側では最も近い場所である。

 普段ならば人がこれでもかと行き交い、旧世紀のネオンを再現したような独特の色をした光であふれている街並みがそこにあるはずだが、そんな華やかな場所であったとは到底思えないほど、荒れていた。


 道路には治安維持のための自衛部隊が使っていたであろう装甲車が無残にも前半分が吹き飛ばされた状態で横たわり、それに乗っていたであろう人間の残骸が垂れ下がっている。

 視線を少し動かすだけで、いたるところに完全装備した人間の死体が転がっている。


『これは……』

「撃ち合いがあったのは目に見えている。けど……」


 装甲車の壊れ方が普通じゃない。

 ロケット弾などの爆発物ならばもっと派手に壊れるだろう。

 だが、これは強い力で殴打されたような壊れ方をしている。


「何がどうしてこうなったんだ……」


 強い力で引っ張られて千切れたように壊れた装甲車の外装。

 複数個所に力がかかったような形跡はない。つまり、たった1回の攻撃でこの装甲車はここまで破壊され、その中にいた人間はそのとんでもない威力の攻撃を受けて、弾けて血だまりになってしまった、というわけだろう。

 引きちぎられらように見える装甲にひっかかった肘から先だけのそれが、残された血を落とす度にプラプラと揺れている。


「……いや、急ごう。変にここで立ち止まっているとまた寄ってきそうだ」

『そうだな。問題なのは、これをやったヤツがどこにいるか、だが……』

「パワーローダーならまだいいんだ。問題はサイボーグだった時、だな」

『加えて言うなら、それがベルのほうに居たら最悪、だな』

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