第15話 引鉄
ベルはペダルを踏み込む足に力を入れる。
それに応じてフロレントはスラスターを噴射。勢い付いた機体は弾かれたように飛び出し、ウッゾ・ムゾへと向かう。
迫るブレードに対し、シールドのついた左腕を振り上げて刃を払う。
直後に反撃として右腕のマシンガンをフロレントへと突き付け、即座に発砲する。
至近距離での発砲に対し、それを予測していたベルは即座にシールドを動かして弾丸を受け止めつつ、相手ほうへ一歩踏み込んで跳ね上がった刃を再び振り下ろす。
迫る刃を半身をそらして避けるウッゾ・ムゾ。今度は左腕で殴り掛かかる。
完全に振り下ろされたブレードを両手で持ったフロレントは即座に反撃できない。確かにこれは攻撃のチャンスだろう。
だが、肩のシールドは稼働する。
迫る拳を右肩のシールドで流して相手の懐に入り込むなり、得物から手を離して左の貫手で相手の胸部めがけて突き出した。
ベルとてそれなりの場数は踏んでいる。徹底的に改造された個人用のカスタム機ならともかく、大量生産された工業製品たるウッゾタイプの機体の特性ならば頭に叩き込んでいる。
狙ったのは確かに胸部である。だがそこはコクピットがあるため対弾性が高くなり装甲も厚いバイタルエリア。貫手などで貫けるほどヤワではない。
だが真正面からではなく、下方から。つまり、アッパーカットのような形での攻撃なら話は別。
ウッゾタイプの機体は大気圏内での活動を想定した完全陸戦型のソリッドトルーパーであり、その戦闘対象もまたソリッドトルーパー。
戦いの主流が近接武器によるものではなく射撃武器による銃撃戦である上、宇宙空間とは違い下方から攻撃が来るという機会が稀なため、厚くなった正面装甲の代わりに下のほうの装甲は、比較的薄い。
「
下から突き上げるように放たれた指先が装甲にめり込み、ウッゾ・ムゾのコクピットへめり込む。
そのまま腕を引くと、胸部装甲がまるごと引きちぎれ重たい音と共に地面に転がった。
機能を停止するウッゾ・ムゾ。それから引き抜かれたフロレントの左指先にはかつて人だったものである赤黒い液体がこべりついていた。
「……」
一瞬。アッシュとのやり取りの事を思い出したが、それを振り払う。
とにかく、これで西側からの襲撃者はすべて撃破したはずだ。
周囲を見渡しつつ警戒を続ける。
「あの2人は大丈夫でしょうか」
『えっと、シスター・ヘル、と呼んでいいのか?』
「キャリバーンの。ええ。どのような呼び方でも」
キャリバーン号からの通信に応答。
丁度いい。外の状況まで把握できないベルにとって、外にいるキャリバーン号からの情報は有益だ。
『現状、侵入は防いでいるが、どうも奴等の動きが妙だ。突入した機体も何かを仕掛けている可能性が高い。気を付けてくれ』
「妙な動き、ですか?」
『悪いけど、詳しくは。シルルが戻ってこないと手が足りないんでね。最悪、アッシュが出るまでそっちの防衛をアンタ1人に任せる事になるけど……』
「構いません。2人はそう伝えてください」
◆
シルルがゲートを抜ける。
東門付近に展開していたウッゾとウッゾ・ムゾは秒殺した。
接近するなりグレイブで一撃。それに気づいた周りが銃を向けても、即座にマシンガンで四肢の関節を破壊し行動不能にしてからグレイブでコクピットを潰して状況終了。
『お前、ちょっと引くほど強いな』
「クレストを使わせて私より強い人間はこの宇宙には存在しないよ」
『本当、何者なんだシルル』
『ラウンド自慢の技術者です』
「もう出奔したけどね! それで、私は艦に戻った方が良いのかな?」
『頼む。どうも奴等の動きが気にかかるが、アタシたちだけじゃ手が回らない』
「了解した」
スラスターを吹かして上昇しつつ、キャリバーン号の展開する弾幕の中をすり抜けてシェルターの外壁に着地。何度か跳躍と着地を繰り返し、シルル機を迎え入れるように開いたキャリバーン号の発着デッキに着艦する。
「アッシュは?」
『まだ戦闘中。あのあと北門だけウッゾ・ムゾが3機抜けた上に手練れみたいで』
「手練れ、ねえ……」
アッシュの操縦技術がいかほどのものか、という事もあるが、それ相応の場数を踏んできている人間が、そこらの野盗やゴロツキ程度に苦戦するとも思えない。
それが苦戦するともなると、プロが混じっているのではないかと疑う気持ちも出てくる。
「とにかく、ブリッジに行く。考え事は後でもできるからね」
◆
最初に目にした3機のウッゾを早々に撃破したアッシュは、北門を目指して機体を動かそうとしていたが、その北門から敵の増援がシェルターへと侵入。
それらと交戦状態に入ったのだが、困ったことにこちらとあちらの立場の差もあり、苦戦を強いられた。
こちらは街を極力破壊出来ないというのに、あちらは容赦なく攻撃してくる。
特に厄介なのがショルダーキャノン。
この一撃はクレストの装甲は簡単に破壊できる。シールドを持っていたとしても、その衝撃は受けきれない。
「対艦装備はねえって聞いてたんだけど、こいつ十分な威力あるだろ!」
マシンガンの攻撃を回避しつつ、時々飛んでくるショルダーキャノンにだけは絶対に当たらないように集中する。
後ろに下がりつつ、ライフルで反撃。
弾丸はシールドで受け止められ、反撃のマシンガンが飛んでくる。
放たれた3機のマシンガンは逃げ場を着実に奪い、回避困難なタイミングでショルダーキャノンの3連射。
幸いそれは水平方向に放たれたもので、上昇することでこれを回避する。
問題は着地のタイミング。ここはどうしても隙ができる。
「さて、どうする……」
両手のライフルの残弾は十分。上空からの攻撃で牽制するのも考えたが、それよりも着地時の隙をなくすために攻撃するタイミングを待つ。
高度が下がるにつれ、相手の攻撃頻度が増している。が、マシンガンの弾など大した問題ではない。
問題は、着地するタイミングで飛んでくるであろうショルダーキャノン。
着地した一瞬の隙をついて、それが飛んでくればまず回避はできない。
――ならどうする。どうすればその必殺の一撃を回避できる。
「あんまやりたくねえけど、やるしかねえ!」
答えは単純だ。着地しなければいい。
下半身のスラスターを全開にして落下の勢いを大幅に殺し、その角度を変えて地面を滑るように移動する。
いわゆる、ホバー移動である。
尤も、その動きを再現しているだけであり、実際は強引にスラスターの推力を使って機体を低空飛行させている状態であるためあまり長い間続けていられる移動ではない。
が、そんな動きをするとは思わなかったウッゾ・ムゾはショルダーキャノンを明後日の方向に飛ばし、その反動で若干仰け反ったタイミングでライフルの弾丸を胸部にめり込ませる。
ウッゾ・ムゾのバイタルエリアに対して真正面からの攻撃。装甲をへこませる程度で、致命的なダメージにはならないが、その直後全く同じ場所に2発弾丸が続けて叩き込まれ、人間を押しつぶすには十分な大きさの弾丸がコクピットに到達。まずは1機機能停止する。
味方がやられるとは思ってもいなかった2機は一瞬であるが狼狽した様子を見せる。
そんな2機の背後に、アッシュ機が出現する。
いつの間にそこへ現れたのか、と考える間もなく、ライフルが連射される。
咄嗟に反転しながらシールドを構えるが、それまでの間にいくつかの弾丸が2機を襲い、1機はシールドを装備している左腕を肩関節を破壊されて失い、もう1機は欠損こそしなかったが全身の装甲が陥没している。
「マコ、外の状況は」
『まだだいぶ残ってる。オート照準じゃ足止めにしかならないし、内側に入られすぎて主砲も副砲も当たらないヤツが何機かいる』
「シルルはどうした」
『ブリッジに向かってる最中さ。ちょっと今携帯端末使って調べものしてるからあんまりしゃべる余裕ないけど』
「よし、了解だ。流石にアイツまで外に出るのは拙い、か」
スラスターによるホバー移動を終え、減速する事なく腕を失ったウッゾ・ムゾめがけて突撃。
左手に持ったライフルを振り上げ、それを勢いよく振り下ろし、頭部と胸部装甲をまとめて陥没させる。
まだコクピットには到達しないほどの陥没具合であるが、即座に銃を持ち直して陥没部に銃口を垂直に突き刺す。
「んなろぉ!!」
倒れ始める機体を踏みつけ、ついでに突き刺さったライフルを足で押し込みながら跳びあがり、もう1機のウッゾ・ムゾのほうへと向かう。
突然の方向転換に後退して逃げることしか選択できない相手に対し、ライフルの銃口を付きつけ――首の根本にねじ込んだ。
「終いだ」
そして、引鉄は引かれた。
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