第178話 裏の繋がり
10メートル四方の黒い箱。それを言葉通りに受け取るならば、ミスター・ノウレッジという人格を持った始祖種族の遺産そのものが宿っているものである。
そして、それをアッシュ達にネクサスまで運ぶよう、その始祖種族の遺産本人が依頼してきた。
なるほど。そういう事か、と納得する――訳もなく、アッシュとベルは2人して頭を抱える事になる。
当然の反応だ。
宇宙で最も名の知れた信用できる情報屋。その正体が始祖種族によってつくられた監視システムだった。
B級映画か何かかと思えるほど突飛な展開に、思考が追い付いていないのだ。
『どうした? 早く格納庫のハッチを開けてくれないか』
「いやいや。待ってください。なんでそんなことに?」
「というか、気になる事を言っていたな。ウロボロスネストにバレた、だけならまだしも。ラウンドにもバレたって」
『ラウンドは君たちがキャリバーン号を強奪して以後、世間的なバッシングに晒されて表向きの活動はおとなしくなった。だがそれであの惑星国家がおとなしくなると思うかい?』
「……ありえないですね」
ベルが呟くように言った。それはアッシュも同意するところであり、軍拡を推し進めて他の惑星へと攻め入る事を画策するような惑星が、世間的なバッシングを受けた程度のことで止まるわけがない。
目立った動きができなくなるだけだ。
準備なら、いくらでもできる。
『そしてここ半年ばかりのウロボロスネストの活発化。そしてその活動資金の出所を調べていたのだがね……』
「……ちょっと、待てよ。それってつまりは、そういうことだよな?」
『こういう時に仮初であっても肉体があるアニマ・アストラルをうらやましいと思う。何せ、頷けば事足りるのだからね』
「そんな……惑星連盟加入惑星の中でも最大の軍事力を持つラウンドが?」
ウロボロスネストの資金源。
その謎がこんなところで解き明かされるとは思っても居なかった2人。
脳の処理が追い付かない。右側をハンマーで叩かれた後、左側も同じように叩かれたような衝撃の連続。
だが同時に納得もした。
タイラント系のソリッドトルーパーをあれだけの数生産し、かつタイラント・レジーナのような常軌を逸した兵器まで建造。さらには生体制御装置なんてものを、テロリストでしかないウロボロスネストだけで開発できるわけがない。
『何よりも気になるのは、すでに残り8基の生体制御装置もすでにラウンドの手中にあるということだ』
「!? 通りで最近でてこないと思ったら……」
『流石に何に搭載したか、というのまでは調べることはできなかったが――まあ、ロクなものではないだろうね』
「なるほどな。そういう情報を探っていた結果――」
『ドジを踏んだ、というのだろうね。逆探知を食らって本体を割り出されてしまった。その後は即座に回線を遮断。本体の全機能をここにあるバックアップユニットに移した、というわけだ。つまり今はここにあるのが私の本体、ということになるね。ああ、ちなみに元々の本体だがすでに自爆したようだね』
「自爆……ってまさか」
『他人の家に土足で踏み入って荒したんだ。相応の罰は受けてもらうさ』
「全く、怖いな、ミスターは」
ベルもあえて言葉を出さずとも理解している。
拠点を放棄するときの常套手段。脱出不能なほど深部までわざと侵入させておいてからの自爆。これによって拠点1つと引き換えにその拠点の持つ機密情報と大量の敵を一度に処理できる、というヤツだ。
今回の場合は、ミスター・ノウレッジの抜け殻になった元本体の破棄を兼ねていた、といったところだろうか。
『おっと。長話をしすぎた。現在、この場所に向かってラウンドの艦体が集結中だ』
「おいおい。洒落になってないぞ」
今のアッシュ達が載っている艦艇プリドゥエンの所属は惑星国家ネクサス。
ここで下手に戦闘にでもなれば、それはもう惑星間の問題となり正面切っての戦争にも発展しうる。
そうなった場合、アルヴ以外の惑星がネクサスについてくれる、とは考えにくい。
いや、そのアルヴでさえラウンドと表立って衝突することを避ける可能性がある。
軍事技術の要であるシルルが抜けたとはいえ、それまで培ってきた技術がなくなるわけではないのだ。それらと衝突するのは避けたいと思うのは当然のことだ。
「ベル、3番格納庫のハッチ開放。受け入れだ」
「了解しました」
『すまないね』
「構わないさ。それよりも、敵の数は?」
『トゥルウィス級巡洋艦が5、キャスパリーグ級戦艦が3だ』
この遺跡――
少なすぎる戦力。だとすれば、何かある。そう考えるのが妥当だ。
「下手をすれば間に合わないな。ミスター、通信妨害は可能か?」
『何をする気だい?』
「バレなきゃいいんだよ」
「悪い顔してますね、アッシュさん。もしかしてですが……」
「仕掛けられたら拙い。たったそれだけの戦力でここを落とせると思うか?」
「まあ無理でしょうね。……それなりの兵器をあちらが持っている、と」
アッシュは頷いて返す。
そしてもの不敵な笑みを浮かべ、それを見たベルは呆れたように微笑む。
「ミスター。こちらの機能を一時的に預けたら、艦の操作は可能か?」
『それは可能ではあるが――何をするつもりだ?』
「決まってるだろ」
「私達で、敵を全滅させます」
◆
惑星国家ラウンドの艦体が何もない宙域へと到着する。
が、すでにそこには何かがあるという事を確信しているのか、5隻の巡洋艦と3隻の戦艦は砲門を開き、ソリッドトルーパー・サルタイアが展開する。
ラウンドが誇る傑作機たるクレストの設計思想を受け継ぐ現行の正式採用量産機。それがサルタイアである。
ただその実、メインの設計担当者が王女と一緒に出奔した上、その段階で出来ていた設計データもまるごと消去された結果、既に存在していたクレストをベースに再設計する形で生み出された為、多少性能が良いクレスト、といった程度の性能に落ち着いてしまっているのだが。
「撃て」
短い号令。その途端、ビームが、ミサイルが、虚空めがけて放たれる。
着弾する攻撃。虚空であったはずの場所がゆらぎ、隠されていた巨大な人工物が姿を現す。
それとタイミングを同じくして、人工物の装甲が開いていく。
「なんだ?」
変化に疑問を持つ者は当然いた。
だが、それを自分達を招き入れたものだと考えて先行した部隊が巨大人工物に、始祖種族が遺したとされる遺跡へと向かって機体を加速させていく。
「待て! 迂闊すぎる」
「虎穴に入らずんばなんとやら、ですよ!」
そんな彼等を待っていたのは熱烈な歓迎であった。
ただし、ビームの、であるが。
「敵かっ!? いや、しかし……」
中から出てきたのは2機のソリッドトルーパー。
そのどちらも見たことがない機体であり、何より――普通のソリッドトルーパーよりはやや大きいように見えた。
「何なんだアレは! いや、それよりもアレの準備を進めろ!」
「敵機、きます!」
動き出す2機。
うち1機はいきなりその場で変形し始め、その変形した機体にもう1機が乗ると、一気に艦隊へと接近する。
「速いッ!?」
「というか、変形する機体なんて聞いたことがないぞ!」
「ええい、怯んでいる場合か! アレさえ使えれば我々の任務は――」
「トゥルウィス級アルファ、轟沈!!」
一瞬の出来事。思考する間もなく、巡洋艦が1隻沈められた。
それは、ラウンドの兵士たち狼狽する間もなく、次の閃光が瞬く。
もはやそれは一方的な蹂躙。サルタイア部隊が展開しようとも、艦隊のレーザー機銃が連射されたとしてもその間を掻い潜り、戦力が減らされていく。
「アレは間に合うか……」
それだけが彼等に残された希望であった。尤も……か細いにもほどがある、縋るだけ無駄な藁よりも細い希望であるが。
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