第177話 図書館

 とある宙域。そこに空間を割いて飛び出す巨大な輸送艦。

 惑星国家ネクサスが新たに建造した大型輸送艦プリドゥエン。その正式採用型である。


「いやあ、まさかそんな方法でエクスキャリバーン同様の空間跳躍を行えるようにするとは……」

「考えてみれば、エネルギーさえあれば問題ないから、理論上は可能だったんですよね……誰もやろうとしなかっただけで」


 プリドゥエンに乗っている人間はアッシュとベルの2人。それとグランマの指揮するオートマトン隊のみだ。

 案の定ワンマンシップとして運用ができるように設計されており、たった2人だけでも問題なく運用ができている。

 まあ、ほとんどオートメーション化しているし、細かいところはオートマトンたちがなんとかしてくれるというのも大きいか。

 そしてこのプリドゥエンは、エクスキャリバーン同様に空間跳躍を可能としている。

 と言っても、往復ができるだけであるが。

 理論は至極単純。エクスキャリバーンが縮退炉から莫大なエネルギーを発生させることで莫大なエネルギーロスが発生する超長距離の空間跳躍を可能としているのに対し、プリドゥエンの場合は両舷に接続したローエングリン部分に大容量コンデンサを搭載し、そこに大量のエネルギーを圧縮して保存。これを使用することで超長距離の空間跳躍を可能としているのだ。

 ようするに、とてつもなく頭の悪い解決方法である。

 しかしそれ以外の解決法がない。縮退炉なんて代物を量産どころか製造すらできない以上、パワープレイでゴリ押すしかないのだから。

 尤も。空間を歪ませるだけのエネルギーを貯蔵して置けるだけの大容量コンデンサを開発できたシルルの技術力は驚愕とともに最大限の賛辞を贈るべきであるが。


「それで、ミスターから指定されたこの座標には何があるんだ?」

「現在センサーをフル稼働して周辺の状況を確認中。今のところは何も変わったものが……」

『待っていたよ』


 聞き覚えのある声が突然開いた通信回線から聞こえてきて、2人は即座にシステムをチェックする。


「ハッキングされた? シルル手製のプロテクトだぞ!?」

『驚かせてすまない。だが事前にシルルにコードを貰っていたのでね』

「なら納得ですが……いきなりは驚きますよ、ミスター」


 ミスター・ノウレッジの声。それがブリッジに響く。

 今まで一度も映像通信を行ったことがなく、誰も本人と対面したことがない相手であるが、この宇宙で最も信用のおける情報屋。

 声の主は、いつもそうだ。

 対面で合うにしても、自分が操作する現地活動用の端末――端的に言えば様々な容姿のヒューマノイドを通じて。

 そんな人間がわざわざアッシュ達を呼び出したのだ。

 顔くらい拝めると少しばかり期待していたアッシュは、今回も声だけであることに少しばかり落胆する。


「で、なんで俺達をこんな辺鄙な場所に呼び出したんだ?」


 プリドゥエンの周囲にある物体とえいば、センサー上では小惑星ともいえないほどのわずかな岩石くらいなもので、大きめのデブリや、廃コロニーの残骸なども確認できない。

 そもそも、この場所はラグランジュポイントからも大きく離れ、コロニー建造にも向いていない。

 こんな場所になにがあるというのか。

 当然、アッシュとしては最悪の可能性も想定はする。

 ――これが、罠である可能性。最も信用できる相手だからこそ、仕掛けられる罠というものもあるのだから。


『何、簡単な依頼さ』


 そう声が聞こえてくるなり、ブリッジに警報が鳴り響く。

 突如としてセンサーが前方に構造物の存在を感知。その姿は次第に目視でもはっきりとした輪郭を表す。


「これは……ハイブリットアクティブステルスか?」

「たしかそれって……」

「ああ。ソリッドトルーパー用のステルスシステムだ。アルヴのセイバーバッツに採用されてたヤツのプロトタイプとも言える技術。だけど……」


 装甲表面の位相を変化させることで電波は勿論霊素を使ったセンサーにも対応したステルス性を発揮するだけでなく、光学迷彩まで備えた、究極のステルス装甲を含む複合システム。それがハイブリットアクティブステルスである。

 しかし、ありとあらゆる手段で技術を投入した結果コストは爆増。加えて詰め込みすぎて稼働させるためのエネルギー効率が悪すぎてソリッドトルーパーには搭載できず、結局はまともに使われることもなく廃れた技術である。

 そこから引き算で必要な技術だけ取り出したのが、惑星アルヴの特務部隊が使用するセイバーバッツに採用されたステルスモードである。

 尤も。そのステルスモードも、今なお未完成で持続時間が短く、かつ使用中は推進剤を一切使えない為、現状使いどころが難しいどころの話ではない装備――現場の声をそのままならば、ない方が生産コストが下がる無駄装備扱いされているのだが。


 閑話休題。

 ハイブリットアクティブステルスは要するに金食い虫で、本来の用途では使えない、というものであった。

 では、その両面の問題を解決できた場合は?

 その答えが今、目の前にある。


図書館ライブラリー。私はそう名付けた』

図書館ライブラリー……これがか?」


 乾いた笑いが漏れるアッシュとベル。

 それは、その名に似つかわしくない巨大な建造物。

 戦艦よりもはるかに巨大。ある意味ではエクスキャリバーンの量産タイプともいえるプリドゥエンを容易に飲み込んでしまえるほどの大きさを持ったそれは、もはや人工の小惑星か何かだ。

 その人工の天体が2人を招き入れるかのようにゲートをあける。


「……」

『依頼について離す前に、私が君たちをここに呼び出した理由を話しておこう。でなければ、きっと信用はしてくれないだろう』

「それは、まあそうですが」

『ではその理由だが――私のの位置がウロボロスネストに、そしてラウンドにバレた。故に、私を助けてほしい』

「は? いや、待ってくれ。本体。本体と言ったか?」


 その言葉の意味を理解しかねるアッシュ。正確にはある程度予想はできている。

 だが理解できるかといえばそれはまた別の話。


「あの、アッシュさん?」

「ミスター。もしかしてだが、アンタ……?」

『ああ。その通り。私はミスター・ノウレッジ。それは現代における名前。そして、現代における知識を得たがゆえに目覚めた自我の名前。現代風に言葉を当てはめるのならば、始祖種族が遺した超時空間通信機構搭載型惑星文明監視システムだ』

「ああ、駄目。頭がついていけない……」

「ははは。ベル、こいつは完全に俺らが考えても仕方ない話だ。だってそうだろ。こういうのは、シルルやメグみたいな頭脳労働が得意な連中の領分だ」


 艦を動かして招待に応じる。

 大口をあけた入口にプリドゥエンを完全に飲み込むなり、その入口が閉じ、施設内に照明が灯る。


「はぁッ!?」


 そして、その光景にアッシュが叫ぶ。

 ベルに関しては完全に思考を放棄してしまった。

 何せ、壁面がすべて始祖種族の遺跡にみられる特徴を有する壁画で埋め尽くされているからである。


『最悪の事態を想定し、私の本体と図書館ライブラリーは別の場所で稼働させていたが――もはやそれも不可能になってしまった。故に、私はここを破棄すると決定した』

「破棄? 破棄だって!? この遺跡をか!!」


 この遺跡の価値は計り知れない。

 それを破棄するということは、歴史的な遺物を失う事につながり、過去に存在した超技術を得るための手がかりも失われるということである。


『問題はない。図書館ライブラリーはあくまでも記録庫であり、私はその管理権限を持つ者でもある。そして、ここにある壁画の情報はすべて私自身が保存している』


 そう、声の主ミスター・ノウレッジは答える。


『さて。ようやく本題だ』


 その言葉と共に、天井が開いてアームに捕まれた何かが出てくる。

 それは、大きな箱。黒一色の箱であり、大体10メートル四方。


『君たちの惑星に、私の本体――より正確にはそのバックアップユニットを連れて行ってはくれないか?』

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