第176話 惑星国家としての立場

 アッシュとベルが墜落事故を起こしかけてから1時間後。

 マルグリットの執務室に『燃える灰』の主要メンバーに加え、レジーナとメグが集められていた。


「……なんか疎外感」


 と、この中で唯一の男性であるアッシュが若干気まずそうにするが、そんな些細な事は無視して、シルルが話を持ち出す。


「早速だが、本題だ。惑星連盟から、アクエリアスの避難民受け入れの要請があった」

「!?」

『それは……大丈夫なのか? アクエリアスの連中は、ネクサスのせいで惑星の環境が変わったと思っている人間も多いだろうに』


 レジーナの言う通り、あの場に居たエクスキャリバーンとゾームとの戦闘が原因で母星を追い出されたと思っている者が多い。

 確実に問題の火種である。

 それだけではない。そもそもの問題である、ハイパースペースまで追いかけてきていたアクエリアス船籍の艦艇が、どのような意図をもっていたか。そしてそれがどのような組織と繋がっているか。それが解らない以上、不穏分子を招き入れる事になりかねない。


 かといって、難民の受け入れを拒否するというのも現状のネクサスには難しいことである。

 何せ要請してきたのが惑星連盟。つまり、惑星国家ネクサス以外のほぼすべての惑星からの要請である。

 加えて、未だ未開拓な場所が多い惑星であるネクサスには移民を受け入れるだけの土地があるとも思われているのだろう。


「頭が痛い問題、ですね」

「はい。ベルさんの言う通り、本当に頭が痛いです」


 国家の代表になったマルグリットは、この中でも最年少。まだ未成年である。

 にもかかわらず、その両肩にかかる重圧は想像を絶する。

 現状最も彼女を悩ませるのは、惑星国家ネクサスと宇宙海賊『燃える灰』の関係性である。

 そもそも、惑星国家ラウンドの第1王女であるマルグリット・ラウンドが出奔したのも『燃える灰』によるキャリバーン号強奪事件が切っ掛けであり、その後は消息を絶ち、次に現れた時には新しい惑星国家の代表として建国宣言を行ったのだ。

 話題性はあるが、当然ながら宇宙海賊の介入が考えられるような惑星国家なのだから、いろいろなところから突かれている。

 しかも、その宇宙海賊の持っている兵器がどの国家にも存在しないような超兵器とくれば――危険視されても仕方ない。


「宇宙海賊を匿っている国家など認めるか、って勢力も一定数はいそうだね」


 と、メグは言うが、まさにその通り。

 世間的には宇宙海賊を匿い、自身の私兵として使っている惑星国家。それがネクサスの評価であり、マルグリット・ラウンドという国家代表の評価である。


「現状、ネクサスはアルヴの後ろ盾があるからこそ国家として認められている状態だ。だから、我々の惑星連盟上の立場は非常に弱い」

『重力兵器の情報を渡せば少しは状況が変わるかもだけど……』

「いや、駄目でしょ」


 アニマの言葉にマコが即座にツッコむ。

 そんなことをすればいたるところで戦闘が激化する。

 重力兵器の技術を持っているのは現状ネクサスのみ。交易のあるアルヴですら、重力制御機構グラビコン搭載のソリッドトルーパーの技術のみの提供だ。

 高出力レーザーも防御のし辛さでいえば大概であるが、それを上回るのが重力兵器。

 通常の防御手段はまず通用せず、重力制御機構グラビコンを搭載した機体による重力場での防御以外はほぼ無効化。その重力制御機構グラビコンでの防御も出力次第では貫通する。

 そんな兵器が、世界に溢れかえっていいはずがない。

 まあ、それを自国の主力として量産しようとしているネクサスが言えたことではないが。


「ようは、多くの惑星にとって、ネクサスは脅威に映っているわけか」

「アッシュの言う通り、重力兵器という他に類を見ない破壊兵器を所有し、量産も可能。そりゃあ危険視する訳さ」

「それってシルルさんが危険視されてるだけじゃ……」

「ベルちゃーん。それは言っちゃ駄目なやつだと思うなー」

「……話がズレてきてるから、戻すが。アクエリアスの難民はどうするつもりだ」

「ああ。正直、受け入れは不可避と思ってほしい」

「……」


 一同の視線がマコに集まる。

 彼女の存在もまた、問題の種火だ。

 今ここに普通にいるマコであるが、アクエリアスにとっては連続殺人犯であり、脱獄中の死刑囚。排除に動いてもおかしくはない。


「アタシとしては返り討ちにする用意があるが?」

「トラブルを起こさないように動こう、って話をしているんだが?」

「最大の問題はあちら側に重力兵器を欲した連中がいて、その連中がどこに繋がっているか分かっていないこと。難民の中に紛れ込んで情報を得ようとする勢力が居てもおかしくはない、だろ」


 アッシュの言葉に、マルグリットとシルルは頷く。


「なので、セキュリティー強化は絶対だ。そして、クラレントMk-Ⅱマークツーの奪取にも気を付けてくれ」

『オートマトンの配置も見直します』

『私達も、見回りを強化しよう』


 アニマとレジーナ。レイス人――アストラル体の代表とサンドラッド人の代表という立場を与えられている2人による警備強化。

 24時間稼働し続けられる監視体制を構築可能なアストラル体と、人知を超えた身体能力を持つサンドラッド人、より正確にはその中から現れた突然変異種たるタリスマン達による警備があれば、そう易々と突破されることもないだろう。


「頼むよ。で、マコ。君はアクエリアス人に適した環境の土地を割り出してくれ」

「仕方ない。そればかりはアタシでないとわからない感覚だしね」

「メグさんにはマコさんが割り出したポイントの生態調査をお願いしたいのですが」

「生態調査は本業だ。メンバーは僕に選ばせてくれるんだよね?」

「人選は任せます」


 難民を受け入れるにしても、居住地というものが必要になる。

 そしてその周辺に生息する生物についても調べておかなければ、その場所が安全に作業ができる環境かどうか、というのもわからない。

 何せ、この惑星。わりと巨大な生物がいる。

 街の周辺には流石に入らないようにエーテライトフィールドの防壁で守りを固めているが、それ以外の場所では普通にソリッドトルーパーくらいの大きさの生物が闊歩している。

 そうでなくても、この惑星の生物は他の惑星には見られない固有種ばかり。言ってみれば希少性の高い生物ばかりであるため、それらの生息地と開拓時に発生する影響というのも考慮する必要があるのだ。

 開拓とは、一度進めば二度とその時に壊れた環境は戻ってこない。

 自然とはできるだけ調和した発展を、というのがネクサスの方針である。

 それ故にマコが選んだ開拓予定地の生物の分布をメグが調べる、というわけだ。


「それと、アッシュとベルにはちょっと動いてもらいたい」

「構わないが、何をするんだ?」

「さあ?」

「さあって……」


 呆れたような目でシルルを見るアッシュとベル。


「いや、違う。本当に知らないんだ。ただ私達を指名してきたんだよ、ミスター・ノウレッジが」

「ミスターが?」

「ああ。座標を指定して、そこへと来るように、とね」

「座標って言われても……」


 ネクサスからはどんな場所に行ったとしても、エクスキャリバーンのように空間跳躍がでもしない限りは超長期間の航行となる。


「だからこれはプリドゥエンのテストを兼ねると思ってくれ」

「プリドゥエン……ああ。そういえばって。もうできたのか!?」


 プリドゥエン。惑星アクエリアスへ向かった時のエクスキャリバーンに偽装を施した際の艦名である。

 もちろん、ここで言うそれはエクスキャリバーンの偽装などではなく、その時の姿を模して製造された完全なる新造艦のことである。


「えっ。できたっていうか、とっくにできてたっていうか」

「……プリドゥエンはシルルが勝手に作ってたんですよ。その艤装を流用したのが、あの時のエクスキャリバーンです」

「いや、でもあの時そんな風には言ってなかったじゃないですか」

「途中から仕様変更して、ローエングリンと接続できるようにしたから、本来の仕様とは異なってるんだ。おかげである事ができるようになった」

「ある事……?」


 にぃ、と笑うシルル。


「エクスキャリバーン同様の、空間跳躍だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る