第194話 機動兵器戦、開始
小さなほころびであろうとも、それが伝播すれば大きなうねりとなる。
それが数百、数千単位で起きればそのうねりは大波になり、あっという間にすべてを飲み込んでいく。
ラウンドの無敗神話。それは圧倒的物量が与える心理的な影響という部分が大きく、加えて防衛設備の基礎設計とシステム構築を行った人物――シルル・リンベの尽力によるところが大きかった。
だがそれ故にある問題を抱えてしまう事になった。
――兵の経験不足。
圧倒的物量と、隙のない防衛システムによる自動迎撃システムは、それだけで自分達に迫る脅威を追い払い、時には殲滅すらやってみせていた。
つまり、本来は軍を派遣して対処しなければならない場面であっても、優秀過ぎる防衛システムが全てを解決してしまい、兵士たちは実戦経験を積むことなく、教科書通りの作戦行動を行い、マニュアル通りの動きでしか戦えなくなってしまっていた。
無論、中にはエースパイロットと呼ばれるほど卓越した操縦技術を持つ人間や、優れた指揮能力を持った人間もいるのだろう。
だがしかし。大海がごとき凡人の中に、一滴の真水たる優秀な人材が紛れていたとしても、その水は海水から変わることはない。
「敵、ソリッドトルーパー隊を出撃。まだやるみたいだね……」
エクスキャリバーンの操縦桿を握る手に力を入れるマコ。
その眼前に広がる光景はもはや一種の悪夢のような光景。
ミサイルの雨を受けてかろうじて原型をとどめているレベルの損傷をした艦艇や、友軍艦と接触してへし折れたもの、味方のビームに撃ち抜かれて風穴の空いた艦、原型すらわからないほど徹底的に破壊された艦などがあらたなスペースデブリとして広がっていた。
だが、それでもラウンド側が今投入してきた戦力の約3割程度の被害。
通常の軍隊ならば十分に全滅判定で撤退すべきなのだろうが、ラウンド側の視点では少々異なる判断を下す。
ネクサス側の戦力と、今残っている戦力。普通に比較すればその物量だけで押しつぶせるであろうことは容易に想像できる。
だからこそ、まだ戦う気でソリッドトルーパーを出してくるのだ。
「さて。ワンオペだけど……やってみせるさ。サポートOS、索敵・モデルマリーとモデルベル、トリガー・モデルアッシュ、各種出力調整・モデルシルルで起動。全武装ロック解除。任意のタイミングでの攻撃を許可。ただし、ブリッジとコクピット以外!」
その言葉と共に、空席になっている4つの席のコンソールが光を放ち、その席にいつも座っているであろう人間に代わり、エクスキャリバーンの操作を始める。
「マルグリット、一度下がって。シールドを解除する」
『いえ、わたくしはここから動きません』
「ちょ、流石にそれは……」
危険すぎる。
武装を使えば、その間シールドは展開できない。もしそのタイミングでマルグリットの乗るカリオペが被弾・撃破されるようなことになれば、士気の低下になるし、こちらはこの戦いにおける旗印を失う。
そもそもマコとしても仲間を見殺しにするような選択はできない。
攻撃が来たとしても、即座にシールドを展開。それを受け止めることは不可能ではないが、それは実弾が飛んできた場合だ。弾丸を観測してから命中までの間にその軌道と弾速を演算することができるだけの時間があるからこそ、シールドによる緊急防御ができる。
だが、ビームは別だ。発射前に観測できていなければ、まず当たる。
銃口または砲門の向きがわかっていれば避けられるが、相手の陣形がぐっちゃぐちゃになっているとはいえ数の上では圧倒的にあちら側が有利な状況。そのすべての砲門に気を配るのは不可能であるし、ビーム攪乱幕を使えば相手のビームは防げるが、こちらの武装にも制限をかけるため自己防衛のためにも使いたくはない。
とはいえ、ここでマルグリットを下げるのも、示しがつかない。
さて。どうしたものか。
『大丈夫だ。私が調整している。もう少しでカリオペは動かせる』
「ミスター? 本当にアンタ万能だな!」
『そもそも。カリオペの機体そのものには問題はないのだ。問題なのは、マルグリットがその機体を動かすための最適化だ。その作業を、今行っている』
「なるほど。それが終われば、カリオペは戦えるんだな?」
『肯定だ』
ならば問題はないだろうが――その最適化が終わるまで、姫君を守るナイト役が必要になる。
『マコ、ハッチ開けろ。出るぞ』
「アッシュ? いや、そうか。もうここからは全員でいくしかないか!」
ハッチを開放するなり、格納庫から4機の機体が飛び出す。
うち3機――ハイペリオン、アストレア、モルガナがそのまま直進。
ネメシスは反転してカリオペの前に降り立つ。
重力操作に長けたネメシスは重力場を正面に展開。カリオペの盾となるつもりだ。
一方で前に出た3機はそのまま交戦状態に突入する。
「OS各位、戦闘状況開始ッ!! 味方と敵のコクピットおよび敵艦ブリッジへの攻撃は避けるように!! ……無茶苦茶言ってるな」
◆
ラウンドの残存の艦隊がなんとか体勢を立て直そうとし、その間の時間稼ぎのためにソリッドトルーパー隊を出撃させる。
スラスターが推進剤を燃焼する光が、まるでそれは新たな星々のように瞬いているが――その数が少しずつ減ってきている。
出撃した数に対すると微々たる被害。それに、各機のバイタルシグナルは消えていない。
「アンタ等……何がしたいんだ」
『戦わなければならないのならば、戦う。それがマルグリット代表の方針だ。相手に戦う力がないのならば、それ以上は攻撃しない』
制圧したトゥルウィス級巡洋艦のブリッジで、レジーナは外の戦闘の様子を眺めていた。
艦内に表示される友軍機――この場合、ラウンドにとっての、であるが、その数が減らないのに、その動きだけが止まっていく。
つまり、推進系を破壊され身動きが取れない状態にされている、ということである。
「その割には、こちらの被害は甚大だがね」
『こちらの戦力は見ての通りだ。物量で劣るのならば、搦め手を取る事は当然だろう。それに――ほとんどの被害がそちら側が自分で蒔いたものだろう』
回避あるいは防御しようとした結果、衝突事故や射線への侵入、他の艦の迎撃行動の妨害などで被害をいたずらに拡大させたのは、確かにラウンド側で、ネクサス側はその切っ掛けを作っただけでしかない。
『練度不足。その一言に尽きる』
そう言ってレジーナは自身の右手が変化した剣を床に突き刺した。
『何が無敗神話だ。張子の虎もいいところ。いや、その張子の虎の威を借りた狐か』
「……」
『戦った事もないから、ここまでの被害を出す。戦場はマニュアルでどうこうなるものではない』
とはいえ。まだ戦況はわからない。
ネメシスがカリオペの防御に回っている結果、攻め手が少し足りていない。
それでも獅子奮迅の活躍を見せるハイペリオン、アストレア、モルガナの3機。
「ッ!? 艦長。未確認のワープアウトを確認しました! 位置は――我が艦の後方100!」
「なんだとッ!?」
『これは、拙いか……』
床に突き刺していた刃を引き抜き、ブリッジの窓を切り裂いて外に飛び出すレジーナ。
真空の宇宙へと吸い出されていくブリッジの中に散乱した小物。
ブリッジクルーは皆ベルトを締めており、すぐに外に放り出されるということはない。
ヘルメットのバイザーを降ろし、ブリッジクルーたちは再度持ち場に戻る。
それを背に確認しながら、レジーナはその場を離れようと進路をエクスキャリバーンに向ける。
直後、先ほどまでレジーナが居たトゥルウィス級巡洋艦の背後からワープアウトしてきた巨大な物体が突っ込んできて、巡洋艦を粉砕した。
『ワープアウトした直後に接触してなおかつ相手を破砕する。なんて出力のシールドだ……いや、アレは!?』
そしてレジーナは目撃する。
自分自身はそれに遭遇するのが今回が初めてだ。
だが、記録映像で確かにそれを知っている。
『ウロボロスネストの、マルミアドワーズ!!』
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