第114話 生態考察

 キャリバーン号の面々と合流したアニマとレジーナ。

 そして当然、レジーナの姿に誰もが驚愕する。

 特に興味津々だったのはシルルで、精密検査をさせてくれと言い出し、明らかに検査に使用しそうにないを取り出していたが、それでは話が進まなくなるのでマコとベルが抑え込んだ。


「俺はアッシュ・ルーク。一応、このキャリバーン号の艦長――というか、代表と言った方がいいかもな」

『私はレジーナ・グラナート。見ての通りの身体だが、一応サンドラッド人だ』


 人間のような部位があるわけではない。

 全体的な印象としては、甲冑。ただその素材が金属質ではなく、水晶のような透明感を持った身体。

 その手には一応指らしいものは見えるが、足には指の様なものがないあたりも、甲冑という印象を持たせるのだろう。


『一応、今この状態は人間でいうところの全裸にあたるが、まあこの姿に欲情する特殊性癖もちはいないだろうさ』

「いえ、わかりませんよ。現にあそこに……」


 マリーが視線を向ける先に、息を荒くしてレジーナの身体について調べるためのプランを高速詠唱するシルルの姿があった。

 もはや何を言っているのかわからないレベルのボリュームの言葉を超スピードで呟くものだから、念仏よりも不気味だ。

 実際、拘束しているマコとベルは引きつった顔をしている。


「……あれは無視していい」

「なぜか身内の恥のようでわたくしまで恥ずかしい」

『まあまあ。……早速なのですが。レジーナさん、我々の持っている情報のこの惑星と、現状のこの惑星はかなり異なっています。その辺りについて、何が起きたのかを教えていただけますか?』


 レジーナは頷く。


『サメカラスが現れたのは半年ほど前だ。その時点では数が少なく、確認できた個体を各都市で撃破でなんとかなっていたのだが……』

「何か、あった。と。いや、この状況を見れば何となく察することができる」


 アッシュは視線をメインスクリーンに映し出されるアメシスタに向ける。

 サメカラスは所詮ただ巨大なだけの生物。街を破壊しても、それを埋もれさせるような大量の砂をどこかから運んでくるなんてことはありえないだろう。


『サメカラス変異種が現れてから異変が起きた。各地の山が次々に崩落。しかもまるごと。その影響で多くの都市が砂に飲み込まれ、ご覧の有様、というわけだ』

「なるほどな……ってなるかッ?! 何、山が崩落って! 単位おかしいでしょ!?」

「落ち着いてください、マコさん。わたしだけでは抑えきれないんですから!」


 マコの言う事もわかるが、山がまるごと崩れた、なんてことは普通あり得ない。

 大規模な地殻変動でもあれば別だが、それならそうとレジーナも伝えるはずである。

 つまり、その崩落というのは人的ないし、別の要因があって起きたことである。


「やはり蛇の仕業でしょうか……?」


 そう尋ねるマリーに、アッシュは腕を組んで考え込んでから首を横に振る。


「今回に関しては違うだろうな。惑星サンドラッドの事を知っていれば、地下に設備を作ろうなんて考えたりしないだろう」

『サンドメタルが原因、ですか?』


 アニマの言葉に頷いて答える。


「サンドメタルは崩れやすい。そしてそれはこの惑星にはありふれている。そこで暴れてる変人もそう言っていただろう」

「そういえば……じゃあ、まさか!」

「レジーナ。崩れた山ってのは、サンドメタルを大量に含んでいたんだろう?」

『ええ』

「そういうことだ。可能性としてはサメカラス変異種が関係している、と思うんだが……」


 煮え切らないアッシュの言葉。

 それもそのはず。サメカラスだけならばアッシュの持っている知識でどうにかなるが、変異種に関しては全く情報がない。

 そもそも、変異種はその環境ごとに適した姿や機能を有するようになるため、原種とは別種レベルの生物になる。

 肉を見かければ襲い掛かるという習性そのものは変わっていないが、それ以外がまるっきり変わっている可能性だってある。

 実際、翼を腕に変えたのがこの惑星の変異種である。

 飛行能力を捨て、地中での活動を可能にするという変異――進化というべきか。


「アイツ等に関する情報がなさすぎる。それに、人間でも短期間で呼吸器不全を起こすような環境で、奴等はなぜ平然としていられるんだ……? いや、恒星間で渡りをする生物にそんなことを気にしても仕方ないか」

「いや、案外平気ではないのかもしれないよ」

「うわっ!?」

「急に冷静にならないでください!」


 と、いきなりシルルが正気に戻って口にしたものだから、驚いたマコとベルが拘束を解く。

 途端に、普段どこにそんな力を隠していたのかと言わんばかりの俊敏さでレジーナに接近するが、首根っこをアッシュに掴まれて制止される。


「考えてみてくれ。アレがいくらこちらの常識が通じない生物だとして、一応は鳥類に分類されている生物だ。長距離を移動する渡り鳥であったとしても、止まり木がないと渡りを完遂できない。飛行生物はいつか、着地してその翼を休めなければならないはずだが――この惑星のサメカラスはその様子が見られない」

「……確かに。それはおかしいな」

「つまり、地上付近は奴等が生息できる環境ではない、ということですか」


 シルルがキャリバーン号のセンサーでサンドメタルを感知できたのは、地表付近。

 その地表付近では、食事のために降下してきたサメカラスくらいしか見かけない。

 なるほど。だから奴等は高高度を維持し続け、めったに地上に降りてこないというわけか、とその場にいた全員が納得する。

 尤も、シルルの仮説にすぎないのだが――その説得力は十分であった。


「サンドメタルは奴等にとっても有害なんだろうさ。だからこそ、変異種がどうやってサンドメタルを克服したのかが気になるが――」

『それはあの口から吐き出したモノが答えだ』

『口から? ……まさかアレはサンドメタルの塊だったと?』


 アニマの問に、レジーナが頷いた。


『この身体になって初めてアレの正体に気付けた。呼吸を必要としないのは実に便利だ』

「じゃあこの音声はどうやって発生させているんだい!?」

「シルル、ステイ」


 マリーがシルルの口を手でふさぐ。

 何かを言いたげではあるが、下手にしゃべらせると話が進まなくなる。


『私自身にも判らん。だが、呼吸を必要としていないのは事実だ。でなければ、砂の中にもぐったり、あの濃度のサンドメタルが漂う地上で活動したりできんさ』

「サンプルでもあれば解剖して仕組みを調べられるんだろうけどさ……」

「現実的ではありませんね」


 マコもベルも、サメカラス変異種の死体回収は困難であることは何度か交戦した結果理解している。

 死んだ途端に空から通常のサメカラスが降りてくるのでは、回収作業などやっていられない。


「つまり、変異種はサンドメタルが高濃度に存在する空間であっても活動できるような能力を有している。そういうことでいいんですよね?」

「ああ。しかもここまで遭遇した変異種すべてが同様の形質を持っていたってことは、すでに繁殖も始まっていると見ていいかもしれないな。あと、マリー。それ鼻まで塞いでるからそろそろ放してやれ」

「あっ」


 慌ててシルルの口――と鼻から手を離すマリー。

 やっと解放されたシルルはぐったりとしているが、肩を揺らして大きく呼吸しているのでとりあえずは問題ないだろう。


「……ねえ。ちょーっとアタシいやーなこと考えちゃったんだけどさ」

『ボクも』

「奇遇ですね。わたしもです」

「わたくしも……」

「いや、多分全員同じこと考えてるよなあ」


 ――崩れた山のあった場所、変異種の巣になってんじゃね?

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