第113話 水晶の人
サメカラス変異種の胴体を突き破って現れた人型の何か。
水晶の身体を持つそれは、左腕を構えるとその形状を刃のように変形させ、砂を蹴ってサメカラス変異種へと向かっていく。
新たな目標が現れたことで攻撃対象をそちらに移す鳥類かどうか疑わしい四足生物が、前肢で力強く砂をかいて走り出す。
頑丈で鋭い嘴を閉じ、首を大きく振り上げて一気に振り下ろす。
それはまるで斧のようで、一撃で相手を葬るために叩きつけられる攻撃であった――はずなのだが、その嘴が綺麗に切断された。
怯んだ様子を見せる前に、振り上げられた水晶の左手が今度は振り下ろされ、首を切断する。
残る1頭は宙を舞う頭を咥え、それで満足したのか、はたまた脅威を感じてそれだけでも咥えて逃げだしたのか、地中へと戻っていく。
「……」
ただ、絶句する。
何が起きているのか理解がおいつかない状況に、マコやマリーだけでなく、比較的動じることの少ないアッシュやベル、シルルまでもが言葉をなくす。
ブリッジの時間が止まり、皆が静まり返る中。アニマが行動を起こした。
『今、クラレントは接続されていないんですよね?』
「え、あ? ああそうだ。格納庫に収納して、調整中だから」
『なら、アッシュさん、ボクがそこから外に出ます』
「外に……って、ああ。そういうことか。頼む」
アニマのしようとしていることを理解したアッシュがアニマと席を代わると、アニマは即座にクラレント搭乗用の直通通路へと滑り落ちていった。
「アニマさん?!」
「落ち着け、マリー。アニマは生身じゃない。呼吸する必要もないから大丈夫だ」
「とはいえ、帰りは除染してもらわないとね」
と、アニマの帰還に備えてシールドを展開しつつ、キャリバーン号はこの惑星に初めて着陸した。
◆
砂漠にたたずむ水晶の身体を持つ人型の何か。
その正体を確かめるべく、キャリバーン号から飛び降りたアニマは左腕のブレードを展開したままゆっくりと近づいてく。
何も戦おう、というわけではない。
サメカラスの襲撃を考えて、あらかじめ展開している、というわけであるが――機械の身体の自分は襲われるのだろうか、と自らに問いかけるが、その答えなどあるはずもない。
それよりも、今は目の前にたたずむ水晶の身体を持つ人型とどうやって接触するかを考えなければならない。
相手を警戒させないようにするならば、ブレードなんて展開するのは悪手もいいところだが、戦意を見せなければなんとかなるだろうか。
『というか、声、聞こえてますよね』
目視で相手が見える距離なのだ。声が届かないわけがない。
ましてや人ごみの中で声をかけるわけではなく、この場にいるのはアニマと、水晶の人型のみ。
互いに真正面に向き合い、左腕のブレードを構える。
『いや、ボクとしては戦闘の意思はないのだけれど』
『私もだ』
喋った。しかもはっきりとした言語として聞こえ――女のような男のような、あるいはそのどちらもが同時に聞こえてくるような不思議な声。
『ボクはアニマ。アニマ・アストラル。サンドラッドへはサメカラス討伐と住民の救助を依頼されて仲間と共にここにきました』
『私は、レジーナ。レジーナ・グラナート。この街アメシスタの生存者の1人だ』
名前からして、どうやら女性のようだ。
しかし、どこから声を出しているのだろうか。人の姿をしているが、人の形をしているわけではないその異形の姿に、アニマは自身の事を棚上げにして困惑する。
『この姿に困惑するのは当然だろう。我々も、好き好んでこんな姿になったわけではないが、さすがに水晶の様な身体では人間だと言われても疑わしいだろうね』
『ボク自身、日とのことを言えるような状態じゃないんで』
明らかに二次元キャラクターのガワを被ったような見た目をしているアニマがそう言うと、レジーナは確かに、と妙に納得する。
――それはそれで失礼ではないだろうか。
『ともかく、ボク達は今この惑星で起きていることについて聞かせてもらえますか?』
『それは構わない。だが――』
レジーナが身構える。
その直後、アニマも異変を察知してすべての装備のロックを解除した。
『こいつらを掃除してからでもかまわないか?』
『勿論』
砂の中を泳ぐ音がセンサーに伝わってくる。
大体の位置も、飛び掛かってくるタイミングも予測ができる。
身体に備わった電子機器をフル活動して右手のマシンキャノンの銃口を展開する。
『来るッ』
再度の襲撃。
ただし、今度はさきほどの個体よりも大きい。
というか、大きすぎる。
『ちぃっ!』
マシンキャノンを放ちながら回避行動にうつるアニマ。
右手の指から放たれた弾丸。本来ならば生物がこの弾丸を受けて無事なわけがない。
だが実際には、当たってはいるし血も出ているのだが――致命的なまでに浅い。
『噓でしょ……。これ5秒も斉射すればソリッドトルーパーの装甲だって抜ける威力があるのに』
それを見ていたレジーナも、一撃では首を落とせないと察して回避行動へと移る。
直後、巨体が着地。大量の砂が宙を舞う。
同時に、着地の衝撃で周囲の砂がまるで波のようにうねり、2人を襲う。
砂の津波。それに巻き込まれまいと疾走しながら、アニマはマシンキャノンで攻撃を続ける。
といっても、やはり効果は薄く、確実に大ダメージを与えるならば――足に仕込まれたミサイルしかない。
が、これを使うには足を止める必要があるというどうしようもない問題が付きまとう。
それをこの状態でやれ、というのはなかなかに難易度が高い。
通常のサメカラスよりひと回りほど大きい個体が、腕を振り上げて走り出す。
狙いはアニマでもレジーナでもない。キャリバーン号である。
『アッシュさん!』
アニマが言うまでもなく、キャリバーン号の主砲がサメカラス変異種を捉え、閃光を放った。
流石に光速に近い速度で放たれるビームを回避することはできなかったのか、前肢を2つとも焼失させられ、速度そのままに転倒し砂に頭を埋もれさせ、そのまま動かなくなった。
『派手な転び方をしたな……あれでは首の骨が折れただろう』
『では、改めて。ボク達の
『ああ。急いだ方が良いだろう。ビームによる温度変化は、通常のサメカラスも引き寄せる』
巨大な変異種の死体をその場に放置し、アニマとレジーナはキャリバーン号へと向かう。
その最中にも、空からは黒い集団が急降下し、新たに現れた餌へと群がる。
それを食い尽くせば、次はキャリバーン号が直接狙われることだろう。
『なんて惑星なんだ……』
『少し前まではここまでひどくはなかった。それに、ここまで大気の状況も』
『やはり、何か異変が?』
『ああ。見ての通り、あのドームはかつてアメシスタだった場所だ。まあ、今もあそこで私のようなサンドラッド人は生活できているが』
『サンドラッド人、ということは他の人もあなたのように水晶のような身体を?』
『全員ではありませんよ』
あっという間に空から降ってきた個体群によって骨も残さず食い尽くされた死体。
食い終わってなお空腹が満たせなかったのか互いに威嚇しながら突き合いが始まる。
サメカラス同士でやりあっている間は安全が確保されているが、それも長くは続かないだろう。
『とりあえず』
ならば、とアニマは振り返ってしゃがみ込んでミサイルを露出させ、集団めがけて放った。
争い合っているサメカラス達は避けることすらせず、爆発に巻き込まれて血肉を周囲にまき散らす。
『これでもう少しだけ時間が稼げる』
再度空からサメカラスの大群が降下してくるのを見ながら、アニマとレジーナは改めてキャリバーン号へ向かって走り出した。
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