第112話 砂の惑星

 空の切れ間を目指し進むキャリバーン号。

 視線を上に向ければ、その空は黒く蠢いている。

 それらすべてがサメカラス。大群が自分とは異なる群れの個体を食い荒らし、互いが全滅するまで貪りあう惨劇。

 時々、力尽きた個体が落ちてくるし、それを食おうといくつもの個体が急降下し、事切れた同種の肉をついばむ。


「かれこれ何時間だ」

「4時間くらいかな。あ、ベル。ありがと」


 4時間。大群を抜けて地表近くまで降下してから、降下ポイントから一番近い都市アメシスタを目指して北上しているのだが、それらしきものが見えてこない。

 しかも、ある程度の高度を維持していると、空から襲われる事も、下から襲われる事もないようで、航行そのものは非常に順調かつ平穏。

 そのせいか、暇を持て余したベルがクッキーを焼き、紅茶まで用意して各クルーへと配り始める始末である。


「流石にそろそろ都市が見えてもおかしくない距離なんですけど……」


 マリーはカメラを操作しながら、目視可能な距離に入っている都市を探しているが、影も形も見えてこない。

 流石にこれはおかしい、と首をかしげる。


「アッシュさん、サンドラッドの都市ってどんな感じなんですか」

「ん? そうだな。確かウィンダムのと似た感じだったはずだ」

「ウィンダムですか。ということは、ドームの中に生活圏がある、といった感じですかね」


 ベルがマコの前にクッキーと紅茶を置きながら、聞き返すと、アッシュは頷きながらカップを口へと運んだ。


「うん? ちょっと待てよ」


 シルルが何かに気付き、コンソールを操作し始める。


「有毒物質はない。けど……」

「けど?」

「微小な粒子がそこら中にある。それそのものは有毒なものではない。ないんだけど……」

「あっ、これは……」


 シルルのコンソール画面をのぞき込んだベルも何かに気付く。


「シルルさん。これって、もしかしてどこでも同じ感じですか?」

「そうだね。有毒成分ではないから、レイス同様に発見が遅れたけど、今回のはレイスよりも悪質だ」

「いや、2人で盛り上がってないで説明してよ」


 クッキーをかじりながら、マコが2人にそう訴える。

 実際、そこの2人で話が完結しそうになっていたが、はっとしたシルルが咳払いをしてメインスクリーンに検出した金属粒子を拡大表示したものを映し出す。


『これは――データベースに該当する物質がありますね』

「サンドメタル。この惑星ではありふれた特殊金属の一種。非常にもろい金属で、手で触れたとしても簡単に崩れる、砂のような金属」

「それって砂鉄と何が違うの?」


 と、マコが尋ねた途端、さすがに全員が一斉にマコのほうを向いた。


「いや、さすがに違うだろ」

「ああ。性質としてはその粒子ひとつひとつが光を吸収する金属だ。実際、艦船の対レーザーコーティング用の塗料として使用される」


 と、シルルが説明すると、納得するマコ。

 だがふと何かを思うことがあるのか、首をかしげる。


「でも、そんなのを使った艦船と出会ったことないんだけど?」

「そりゃあそうさ。サンドメタルの加工技術は失われたからね」

「失われた? なんでさ」


 アッシュのその質問に、シルルが不敵な――いや、不気味な笑みを浮かべる。


「実弾に対しては装甲厚を増やせば対応でき、ビームも対ビームコーティングがある。それにレーザーまで無効化できる装甲なんてできたらさ。それは非常によろしくない。世界の軍事バランスを大きく変えてしまう」

「シルル、貴女まさか――」

「その通りさ、マリー。正しくは失われたんじゃあない。消し去ったんだ、私が」

「うっわ。聞きたくなかった」

「アタシも」

『聞かなかったことにします』

「わたしも……」


 全員ドン引きである。

 しかし、シルルの言っている通り、実弾もビームも対抗手段が存在しているのに、レーザーにまで対抗手段を持た艦船の登場は、軍事バランスの崩壊を招くのは言うまでもない。

 その製造方法が広く利用されるものであったのならばともかく、どこかの国家が独占するというのであれば、それこそシルルが危惧した通りのことが起きるだろう。


「まあ、やり方を記憶しているから私はやろうと思えばできるんだけどね」

「おい」

「いや、それは今は良い。ただこの粒子の50000分の1ミリという小ささが問題でね」

「呼吸するだけで肺に吸入されてしまい、自然に分解されることもありませんから、肺癌の原因になります」

「しかもこれの密度も問題だ。この密度だと、健康被害が発生するのにそう時間はかからない。具体的には、サンドメタルが呼吸を阻害することによって起きる呼吸困難。外での活動時はパイロットスーツ推奨だね」

「またとんでもない惑星だな、ここは」


 が、アッシュの知っている情報と食い違う。

 データベースにあるサンドラッドの情報を呼び出して自身のコンソールに表示する。


「……けど、以前のサンドラッドはこんな惑星じゃあなかったようだな」


 各自のコンソールへ、以前のサンドラッドの情報をまとめたファイルを送る。

 データでは、砂嵐が頻繁に起きる以外は陸地の大半が砂漠になっているだけの惑星だ。

 少なくとも、外に出て呼吸するだけで危険な惑星などではなかったはずなのだが――現在は分析結果と、シルルとベルの言う通りの有様だ。


「一体この惑星に何が――」

「あっ!? みなさん、アレを!」


 マリーが何かを見せたのか、メインスクリーンにそれを拡大表示させる。

 明らかな人工物。半透明の物体で、曲線を描いているなにか。それもかなり大きいが……半分以上が砂の下に埋まっている。

 それが何か。考えるまでもない。

 何より、現在位置と地図を比較すれば嫌でもわかる事だ。


「まさか、アレが目的地だった街――」


 アメシスタ。その慣れの果ての姿が、そこにはあった。

 砂から出ているのは、人類の居住区であったドームを覆っていた特殊ガラス。

 それもかなり高い位置の部分が砂から出ている。ということは――都市そのものはこの砂の下に埋まっているということである。


「……いや、マジで何があったんだこの惑星に」

「いつも通り、ミスター・ノウレッジに聞いてみる?」

「そんな場合じゃなくなりました! 下から来ます。数、3!」

「またか……」


 マリーの報告を聞くなり、後退しつつキャリバーン号の高度を上げていくマコ。

 しばらくして、砂柱があがり、砂の中からサメカラス変異種が現れる。

 流石に当初の位置からずれていた為か、飛び掛かるのに失敗したサメカラス変異種たちはただ飛び出しただけで空振りに終わり、何の成果もなく砂の上に着地する。

 その途端、互いに互いを発達した前肢で殴り合うも、まだ目標が視界にいることを確認し、3頭揃って口を開いてキャリバーン号のほうに頭を向ける。


「嫌な予感がするな」

「シールド展開済みだよ」


 3頭のサメカラス変異種が同時に口から何かを発射した。

 それはキャリバーン号のシールドを直撃し、激しく艦を揺らす。

 とはいえシールドに当たっただけならばさほど問題はない。3発当たっただけで、シールドジェネレーターへの負荷もそう多くはない。

 が、しかしだ。その連射速度が異常なのだ。


「ちょ、待って。あの連射速度何!?」

「ほぼ同じタイミングだけど、微妙にずれて撃ってきてる。しかもパターンがある」

「インターバルを他の個体が埋めてるんだ。三段撃ちかよ!」


 こう絶え間なく撃ち続けられるとシールドを解除して反撃、ということができない。


「ミサイルは?」

「駄目。降りてくる時に使った分で最後」

「どんだけ撃ったんだよ……」

「あの、何かまた地下から上がってくるんですけど」

「は?」


 その何かがサメカラス変異種の真下から現れ、その胴体を貫いて空中でくるりと身を捻りながら着地した。


「な、なんだアレ!?」


 それは、まるで人間のようではあった。

 だがその身体には生物らしい体毛はなく、それどころか皮すらない。

 なぜならば、その人型は全身がまるで水晶の様な結晶体でできているのだから。


「あれは、生物、なのか……?」


 シルルが口にした疑問には、当然誰も答えることができなかった。

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