第115話 巣
レジーナを乗せたまま、キャリバーン号はアメシスタから最も近かった山の跡地へと向かう。
ブリッジにいる全員が考えた事を確かめるために。
「とはいえ、だ」
もし山があった場所が、サメカラス変異種の巣になっているのならば、そこに近づくだけでも危険だ。
上にはいつ降りてくるかわからないサメカラスの原種。下からは飛び出す寸前にならないと感知できない変異種がいつ出てくるか分からない。
「……アッシュ、最悪な計算結果が出た」
シルルが神妙な顔をして、自分のコンソールを見つめている。
そこに表示された数式を見ても、アッシュ達は誰ひとりとしてそれがどういうものであるかを理解できそうになかった。
勿論シルルもそれを理解しているので、どこまで噛み砕いて話すべきかと考え込んで、思考をまとめてから一言。
「奴等の突撃でシールドを破られる可能性が出てきた」
「マジで? もしシールドが破られたら……」
「マコ、君の腕にかかっている」
「責任重大ッ!?」
『ボクも機銃で援護しますよ』
と、比較的和やかな雰囲気ではあるが、事の重大さにアッシュは頭を抱える。
シルルが事実を誇張した、という可能性がないわけじゃない。実際、可能性としか口にしていない。
だが、その顔を見ればその言葉を信じていいのかどうかの判断くらい、アッシュにはできる。
コンソールを操作し、シルルへ直接メッセージを送る。
(何頭が突っ込んできたら拙いんだ?)
(同時に30頭。普通なら問題にもならないんだろうがね)
(巣の付近ならあっという間に揃いそうな数だな)
もし遭遇したら防御ではなく回避か迎撃。それ以外では防ぎようがないかもしれない。
それを念頭に、どうやって巣があるかを確認するべきか、と考える。
「マリー、いい案はないか?」
「えっ? わたくしですか?」
まさか話を振られると思っていなかったマリーがきょとんとした顔をする。
「こういうのは俺達だと考えすぎる」
「そうですね……」
しばらく考え込むマリー。
「あっ。レジーナさん。この辺りって地下に空洞とかありますか?」
『空洞……? 確かに山があった時は鍾乳洞への入り口が――』
そこまで言ってはっとするレジーナ。
同時に、どうしてこんな単純な事に気付けなかったのかと、壁に拳を叩きつける。
流石に壁を破損させるほどの威力ではないあたり、大分我慢しているようではあるが。
「どうした?」
『崩落した山の共通点。そのすべてが鍾乳洞や洞窟といった地下空洞を保有していた……!』
「アニマ!」
『データベースから呼び出します』
「偵察用ドローン射出。操作はベル。回収したデータはシルルへ」
アッシュの指示を受け、アニマがキャリバーン号に記録された数多の情報の中から、かつてのサンドラッドの地形データを呼び出し、それをベルが操作する偵察用ドローンが観測した現在の周辺状況と照らし合わせる。
崩れた山の影響か、地形はかなり変わってしまっているが、ところどころ砂から顔を見せた地形を参照し、元々の位置を割り出す。
「かなり深い。正直、現状の我々では手の出しようがない」
「フロレントはともかく、モルガナでも無理か?」
「アレをなんだと思ってるんだアッシュ。そんなに万能な兵器ではないよ、アレは」
「厄介すぎますね、地下にいる敵というのは」
砂の中に潜る、というのは水の中を進むよりも問題が多い。
水は液体であるが、砂は固体である。この差が大きく、ソリッドトルーパーがもし砂に埋まってしまうと関節部分に大量に入り込んだ砂が動作不良の原因となり、ましてやただの砂ではなく、サンドメタルを大量に含んだこの惑星の砂ならばどんなトラブルが起きるかわかったものではない。
それゆえに、誰もがうんうん言いながら頭を抱えている。
「え、ビーム届きませんか? ここ」
と、マリーが現在位置と目標となる鍾乳洞の最深部の図面を指さして一言。
「は? いや。え……どう、なんだ……?」
そんなことを考えもしなかったアッシュがシルルに意見を求める。
シルルもそれは同様だったようで、あっすに言われてからようやくコンソールを触り始める。
「確かに射程圏内だが……いや、待てよ。単発なら届くことはないだろうが、照射し続けるのなら、可能性はあるな」
「今の位置からだと、副砲で狙えますよ」
ベルが照準をあわせながら報告すると、いきなり副砲が発射された。
「……ベル?」
「!?!?」
ぶんぶんと首を横に振るベル。照準こそあわせたが、発砲するつもりはなかったようだ。
では誰がそんなことを――と考えると1人しか思い当たらない。
「アニマ……?」
『すいません、まどろっこしかったので』
「……マコッ!」
「あいよ!」
ビームの照射が終わるとともに後退し始める。
ビームが巣に届いていたとして、この後の展開は2つ。
1つはビームによって巣が焼き尽くされ、サメカラス変異種が一切出現しないという可能性。
もう1つは、巣を攻撃されたことで生き残った個体が一斉に飛び出してくるという可能性だ。
「動体反応確認! 数、測定不能!!」
「アニマァァァァァァ!!」
『機銃スタンバイ終わってます』
「だからって迂闊すぎるだろ!?」
『私は何を?』
「レジーナはとりあえず待機しててくれ!」
砂の中から飛び出してくるサメカラス変異種。
飛び出すなり1頭ごとレーザー機銃が頭を撃ち抜いて即死させていく。
それでもすべてを撃ち落とせるわけではなく、着地した個体が一斉に走って追いかけてくる。
「なんだあの速度ッ。キャリバーンに追いつくぞ!?」
「反転しないと速度でないんだよ!」
「上空からサメカラス接近! 変異種の死骸へ群がっていきます」
「そっちは無視していい。問題は――」
後退している為に本来の速度を出し切れていないキャリバーン号とはいえ、それを走って追いつけるほどの速度を出す生物。
「アッシュさん、アレ!」
「なんだベル?! って、ウッソだろ……」
ビームが通った跡。砂とサンドメタルも熱で融解し混ざり合うことで地下へと続く一本道が出来上がっていた。
そこを通り、地下からサメカラス変異種の雛ともいえる小型の生物がわらわらと這い出してきた。
「ただのガラスだけなら崩れていたかもだが、サンドメタルが混ざる事でトンネルのようになってしまった、というわけね」
「けど、何か妙ですね。変異種なら砂の中から直接あがってくればいいようなものですけど……」
『もしかすると、雛のころは砂の中を泳ぐ能力が低いのでは?』
レジーナそう口にする。
なるほど、確かにその可能性はある。だから、成長した個体しか地上に現れないし、雛がビームで出来た通路を通って地上へ上がってくるのも理解できる。
まあ、上がってきた雛はことごとく通常のサメカラスにおやつ感覚で食われているが。
それに気づいたのか、キャリバーン号を追ってきていた変異種たちが反転し、通常種たちにサンドメタルの弾丸を放ちながら駆けよる。
『これで互いにつぶし合ってくれますね』
「アニマ、お前なあ……」
「アッシュ、そこまでアニマを責めることはないんじゃあないか。おかげでいいものが見れた」
そうは言うが、雛が出てこなければどうなっていたかわかったものではない。
改めて記録映像を確認すると、追ってきていたのはアッシュが聞かされていたシールドの耐久限界である30頭やそこらではない。
それらが一斉に飛び掛かってきていたら、と考えると恐ろしい。
「……とりあえず、巣を破壊するという方向性はなしですね」
ベルの言う通り、巣を破壊するのは今後控えるべきだろう。
巣を潰せて、変異種も通常種も数を減らせるのはメリットではある。
が、その結果としてこっちの身を危険にさらすのはリスクが大きすぎる。
「どうするアッシュ」
「どうもこうもあるか。根絶は不可能だ。方針を変えるしかない」
「住民の避難、ですか?」
「
「え、それって……」
「そういうことだ。マリー。レジーナも聞いてくれ」
『……ああ。覚悟はしていた』
「惑星サンドラッドは廃星になるかもしれない」
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