惑星間戦争 ウィガール要塞
第182話 開戦
――その日。世界は震撼する。
惑星国家ラウンドが、惑星国家ネクサスに対して宣戦布告。
惑星国家ネクサスはこれを受けて惑星連盟に対し、惑星アクエリアスの難民受け入れの延期を打診。戦争が始まるとあっては、難民の受け入れどころではない、という立場を明確にし、惑星連盟もこれを受理する。
だが、ネクサスがそれ以上の要望を惑星連盟に告げることはなかった。
決して、助けを求める事はなかった。
つまりそれは――ネクサス側も、この戦いを受けて立つ覚悟である、ということだ。
これまで、霊素溢れるこの広い宇宙において、戦争というのは惑星の内部の出来事であったり、惑星間の戦争であっても同じ恒星系での話であったりで、惑星国家間の、しかも異なる恒星系同士の戦争となると、ここ500年は記録がない。
加えて。この戦争において衝突する2つの惑星国家の代表は親子関係にある。
これは、惑星連盟発足以来、初めて起きる異常事態。
盛大な親子喧嘩。そう揶揄する者もいる。だが、その親子喧嘩で――数千万人が死ぬことだってあり得るのだ。
◆
宣戦布告から約1カ月。ついに、ラウンド側の艦隊が惑星ネクサス宙域へとワープアウト。部隊の展開を始める。
布告前から動いていたであろう彼等は、奇襲部隊。この攻撃で決着をつけるべく送り込まれた部隊である。
その戦力、トゥルウィス級巡洋艦5600。同艦種の
計21300隻。それだけ並べば壮観であり、それらが搭載したソリッドトルーパーの合計は310600 機。
これだけの戦力をそろえれば、普通の惑星ならば簡単に掌握できてしまう。
そもそも、これだけの戦力を並べられれば、それだけで戦意を喪失してもおかしくはない。
特に。新興国家であるネクサスのように、軍備を整える余裕のない弱小国家においてはこの大部隊を展開するだけ白旗をあげてもおかしくはない。
だが、彼等は信じられないものを見る。
それは、自分達の艦隊の前に現れたたった200隻の艦艇。
異なる形状のものが丁度100ずつ。
その形状の艦艇は、ラウンド側の記録にはない。完全に、惑星ネクサスで新造された艦艇である。
――のちに、彼等はこの時遭遇したネクサス側の艦艇が、ローエングリンとタンホイザーと呼称される超兵器を搭載している艦艇である、と知る事になるのだが……今この時点において、そのことを知る者はいなかった。
何よりも。誰もその状況を理解できなかった。
相手がたった200隻でその100倍以上の戦力を相手にしようとしている、ということもそうだが、その艦隊は、ラウンド側がこの宙域に到達するよりも前から、その場に待機していたのだ。
奇襲するはずだったラウンドの艦隊は、逆に待ち伏せをされていた格好になった。
しばしの沈黙の後、実弾では距離があると判断したラウンドの艦隊はビーム砲による攻撃を行う。
一方、ネクサス側の艦隊は皆ビーム攪乱幕を最初から展開。多数の艦隊から一斉に放出されたビームは一瞬で散布された攪乱幕を消し飛ばす。
だが。その直後にネクサス側の艦隊が一斉にビームで反撃をし始める。
攪乱幕の展開が間に合っていないラウンド側は、この攻撃の直撃を受ける。
直前までビーム攻撃を行っていたこともあり、シールドを展開できておらず、被害も大きくなる。
しかも、ビーム攻撃を行ったのはたった100隻。ローエングリンと呼称される戦艦のみだ。
それだけでも貫通したビームにより、3000ほどがダメージを受け、うち800は致命傷を受け沈んだ。
続けて反撃のビームを放つが――それらはネクサス側の艦隊が展開するシールドを突破することができない。
ビーム攪乱幕がなくとも、シールドの防御力だけでも長距離攻撃ならば耐えきってしまえる。
ならば、とラウンド側は戦力を3つに分けて展開する。
真正面から攻撃を行い、200隻を抑え込む役と、左右に展開して両サイドから攻撃する部隊。
当然の話だ。数は圧倒的。包囲して叩き潰す、というのは定石だ。
だが、ここでビーム攻撃を行っていないもう100隻が行動を起こした。
突き出したブレードユニットの間の空間が歪む。
そして、何かを放った。
それは、光を通さない空間。それが広範囲に広がっていく。
一体何が起こっているのか。それを理解するのには――黒い空間に飲み込まれくず紙のように潰されていく艦隊を見れば、理解できた。
重力場である。
これを、ネクサス側では
その直撃を受ければ最初に強烈な衝撃を受けた後、超高重力空間によって押しつぶされるため、どれだけ強固なシールドを展開していようと関係ない。
たった100隻。しかし、100隻ものタンホイザーが放つ
さらに、正面を抑えていた艦隊にも、ローエングリンの艦中央部に備えられている砲門が開くなり、そこから放たれた閃光によってごっそり消し飛ばされる。
これが、ローエングリンに装備された最大の武器。超高出力陽電子砲『カラドヴルフ』である。
陽電子砲とはすなわち、反物質砲である。当然、対象が物質世界に存在している以上――これに耐えられるものはまず存在しない。
重力場による圧壊か。陽電子砲による消滅か。
わずか200隻の艦隊が、その100倍以上の戦力を持つラウンド艦隊を圧倒している。
そんなことがあるはずがない、と誰もが思う。
だがこれが事実なのだ。
歴史にもしも、は存在しない。だがもし。奇襲が成功していれば。
待ち伏せされていなければ、また展開は異なっていたかもしれない。
だが。事実として惑星ラウンドはこの初戦で21300隻の艦艇と、展開すらできなかった310600 機のソリッドトルーパーと、作戦に参加した数十万人もの人命を喪失した。
――無敗の大国。その無敗伝説に、大きな傷が付いた瞬間である。
◆
『私の予測は正しかっただろう?』
そう、ミスター・ノウレッジは誇らしげに語る。
彼の情報網を使用し、惑星ラウンドがどの方向から攻め入ってくるか。そしてその戦力規模は、といった情報をすべて事前に把握していたネクサス側としては、この初戦では負ける理由がなかった。
何せ、相手が出てくるところで待ち構えて、ローエングリンの陽電子砲とタンホイザーの
それだけでいいのだ。
「流石に相手を殲滅するとまでは考えてませんでしたよ。しかも、こちらの被害がゼロって……」
あまりにも常軌を逸した勝ち方をしてしまったことで、マルグリットとシルルは頭を抱える。
無敗の国家ラウンドを相手に、このような一方的な蹂躙にも近い勝ち方をしてしまったのだから、確実にあとで厄介事に繋がる。
重力兵器の技術開示要求に関してはより強くなるだろう。
「まあ、前向きに考えよう。ラウンドの大艦隊を一方的に蹂躙できる戦力を持っている、となれば海賊だって下手に近付いてこないだろう」
「ええ。そうですね。それよりも、今後の話です」
戦いは始まったばかりだ。
時間が経てば後続部隊が送り込まれるのは間違いない。
幸い、どれだけ早く相手が動こうとも、再度ネクサスへ攻めてくるのは3カ月後。
だがこちらには、エクスキャリバーンがある。
「体勢が整っていない今が攻め時、なんでしょうが」
「ああ。ラウンドの防衛力は私達がキャリバーンを強奪したことで強化されていると聞くし、ウロボロスネストが出てくる可能性も高い」
「……蛇に、勝てるでしょうか」
弱音を吐くマルグリットの背中をシルルが叩く。
「いったぁー!」
「国の代表がそんなんじゃあ、下がついて来ないぜ? それに。もう全員準備が終わっている」
「……そうですか。では、行きましょう。今度はこちらが、あちらに攻め込む番です。徹底的に、叩きます」
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