第181話 覚悟の宣言

 文字通り相手を壊滅させ、図書館ライブラリーに戻ろうとした2機が振り向いた時、すでにそこにはプリドゥエンの姿があった。

 どうやらミスター・ノウレッジは図書館ライブラリーの中から外の状況を観察していたようで、戦闘が終わったことを確認してアッシュとベルを迎えに来たようだ。


『お疲れ様、だ。よくペイレットの攻撃を防いでくれた』

「ペイレット……ああ。あの頭のない機体の」

『単純な火力も他のソリッドトルーパーを上回っているが、なんと言ってもあの圧縮プラズマ融合弾頭が直撃していれば、図書館ライブラリーは多大な被害を受けていた。尤も、すでに自爆シーケンスに入っている。君たちを回収し次第、ネクサスへ向かう』

「っと。それならさっさと戻らないとな」

『それと……向こうについてから話したいことがある』


 今すぐではなく、ネクサスに到着してから話したいこと。

 大体そういうものは大体相場が決まっている。

 この場で話すにはあまりにも重要な話だから、だ。



 アッシュ達が惑星ネクサスの衛星軌道上にあるシースベースへと帰還してすぐに、シースベースに待機していたマコ、アニマをコントロールルームに呼び、地上のマルグリットの執務室には彼女とシルル、レジーナ、メグを呼び通信を繋げる。


「これでいいか」

『ああ。助かる』


 声の主は、ミスター・ノウレッジ。しかし、その本体は今――シースベースの中央区画へと運び込まれ、ベース全体の機能を掌握。その機能を使い自身の理想の音声を合成し、コントロールルームと地上の執務室に音声を届けている。


『まずは、改めて自己紹介だ。私はミスター・ノウレッジ。この宇宙で最も優れた情報屋。そして、超時空間通信機構搭載型惑星文明監視システムだ』

「え、なんて?」


 マコが思わず聞き返す。


『超時空間通信機構搭載型惑星文明監視システム、ですよ』

「いや、なんで一発で聞き取れてるのさアニマ」

『で、そのシステムがなぜ我々に依頼――救助を依頼する必要があったのか。それを聞かせてはくれるんだろう?』

『もちろんだ、シルル・リンベ。何より、私がここにいるのは、この戦いの裏側についての話をするためだ』

「裏側……か」


 アッシュとベルは、現地で会話した時にそのあらすじを聞いている。

 惑星ラウンドとウロボロスネストの繋がり。それに気づいたからこそ、ミスター・ノウレッジは消されそうになっていたのだ、と。

 そんな彼が語る裏側の話に、全員が黙って耳を傾ける。


『ウロボロスネストは、私の創造主たる存在――君たちの言うところの始祖種族の遺跡から得られた情報を持っていた。何故、という疑問点については私にもわからない。彼等が私の調査対象に入る前の出来事だ。それに、観測用端末の収集範囲外ならば、当然その事象を観測することはできない。そのあたりはご了承いただきたい』

『その点は問題ありません。続きを』


 マルグリットに促され、ミスター・ノウレッジは話を続ける。


『ウロボロスネストの所有する始祖種族の遺産由来の技術は、惑星ラウンドからすれば喉から手が出るほどの代物。そのデータと引き換えに、彼等に出資。さらに彼等が開発した機動兵器類の設計データをラウンドは受け取る。言ってみれば相互利用関係――いや、少し違うか』

『ややウロボロスネストのほうに利が多い、ですか? でもなんで……』

『……あのガキだろうな』

「シルル、私怨が出てる……」


 確か、ナイアとか言ったか。ウロボロスネストの構成員で、シルルだけでなくミスター・ノウレッジすら凌駕しうるハッキングの腕前の持ち主。

 彼女の存在があればデータを提供後に改竄することもできるだろう。

 それも、怪しまれずに。

 加えて。ラウンド側が設計データの受け渡しを渋ったり改竄したりしても、その元データを抜き出してしまえる。

 ラウンド側からすれば相互利用のつもりであっても、その実搾取され続けているような状態、というわけだ。


『でもさ、結局それってウロボロスネストの行動の理由がよくわからないよねー』

「確かに。テロリストが独自の兵器を開発、ってのはまだわかるんだけどさー」


 メグの言葉に同調するマコ。

 その指摘の通り、ウロボロスネストの行動には一貫性がない。

 ウィンダムやレイスでは兵器開発だけを行い、アルヴでは惑星そのものを支配しようとし、サンドラッドではPDを送り込み、アクエリアスでは惑星環境そのものを終焉に向かわせた。

 加えてディノスとフォシルという2つの惑星間の問題にも関与しているとなれば、やっていることは宇宙規模の組織。諸悪の根源とみて相違ない。


『ラウンドとウロボロスネストが組んでいるのには、そういう理由がある。ラウンドの目的は純粋に軍拡。シルル・リンベが抜けた穴を埋める為に、始祖種族の技術に活路を見出した、といったところだろう。実際、君たちが回収していない残り8基の生体制御装置はすべてラウンドにあり、それを組み込んだ兵器の設計図も確認できている。おそらくは、タイラント系列の機体のデータを使用した新型機だろう。一方でウロボロスネストの目的だが――私には理解できない。推測できない』

『それは私も気になっていた。なんというか、方向性が統一されていない感じがする』


 と、レジーナが口にそれに執務室組は皆同意して頷く。


「考察の余地はある。だが、ラウンドがここにきてミスターを排除しようと動いたのはなぜだ?」

『生体制御装置の事をかぎつけたから、だろう。あのような非人道的な装置を、世間は許しはしない。加えて、これだ』


 そう言うと、コントロールルームと執務室のモニターに企画書が表示される。

 全員がその内容に目を通していると、真っ先にシルルが表情を変え、それに遅れてメグ、レジーナ、アッシュとそこに書かれたとんでもない内容に気付いていく。


『ふざけているのかこれは!!』


 その中で、差塩に激昂したのはレジーナである。

 今までになく荒ぶる彼女に隣にいるマルグリットだけでなく、画面越しであるマコやアニマまで驚愕の表情を見せる。


「アッシュさん。これはなんですか?」

「端的に言うと、国民の大多数を生体制御装置にしてしまおうって計画が最初に書いてあって……」

『続けて書いてあるのが、もっと効率よく人間を兵士にしてしまおうって計画だね。具体的には、薬と洗脳。あとは機械的な改造手術。その時に使われる薬が』

「まさか、『甘き死ズューサー・トート』?」

『肯定だ。そして長期間の服薬によって死亡した場合は――』

『今度は生体制御装置に作り替えて徹底的に使い潰す。効率的だな。人間としての倫理が欠如しているという無視できない問題点を除けば実に素晴らしい』


 シルルはそう称えるが、表情は険しく、嫌悪感を隠そうともしていない。


『これらの情報はここ半年以内のもの。ここから推測するに、ラウンドはもうすぐ行動を起こそうとしている、と私は考えた』

「行動……まさかどこかの惑星を攻めるっていうんですか?」

『肯定する。そしてその最初の攻撃目標となったのがここ、惑星ネクサスだ』


 その言葉には、全員が閉口した。

 最悪の状況だ。

 ラウンドとの衝突は避けられないものである、という認識がマルグリットはじめキャリバーン号を強奪した始まりの4人にはあった。

 だがこちらにとっては早すぎる。戦力差がありすぎる。


『何を怯えているんだ? 彼等の技術力はネクサスのそれと比較すると格段に劣る。加えて、こちらの兵器製造速度は他の惑星の追随を許さない。頭数をそろえること自体は可能だ』

「……は?」

『距離からして、攻撃部隊がこの惑星に到着するまで3カ月。その間にこちらは十分に戦力を整えることができる、というわけだ』

「シルル」

『確かに、3カ月もあれば相当数の戦闘艦とソリッドトルーパーをそろえられる。だが、それを扱える人間がいない』

『問題はない。私が、遠隔操作できる』


 そう、ミスター・ノウレッジが宣言する。


「はは。頼もしい限りだ。それで、マルグリット。アクエリアス人の受け入れは?」

『到着は半年後です』

「なら、戦闘に巻き込む可能性はないな」

「ちょっとアッシュ。本気でやり合うつもり?」

『レジーナ。資源の採掘量は?』

『何もしなければ10年は戦える』

『なら問題ないね。マルグリット。どうする?』


 すべての決断は、マルグリットにある。それが、惑星国家の代表としての役割。

 戦うか、逃げるか。

 ――選択肢は最初からただひとつ。


『徹底抗戦です。惑星国家の代表として、この惑星に降りかかる火の粉はすべて払います』


 そう、強く言い切った。

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