第189話 陥落

 開戦から2時間。4機のクラレントMk-Ⅱマークツーによる背後からの攻撃でウィガール要塞後方にいた部隊が壊滅してからおよそ30分後。

 ここで正面の主力艦隊が展開していた部隊に変化が起きる。


『量産Mk-Ⅱマークツー各機、出力低下を確認。そろそろ三段撃ちを続けるのも限界だろう。それに、タンホイザー各艦も限界が近い』

「……解っています」


 ミスター・ノウレッジの報告を受け、マルグリットは爪を噛む。

 だがすぐに考えを切り替える。

 重力兵器などという、エネルギーを大量に消費し、かつジェネレーターにも多大な負荷をかけるような兵器を2時間も撃ち続けているのだから、むしろ今までよくパワーダウンもせずに撃ち続けられた事を評価すべきである。


「各艦に通達。各砲座の使用を許可。ただし、ローエングリンは陽電子砲を禁じます。シルル、要塞内のタリスマン達は?」

「目指すべき場所が解っているからね。侵攻スピードは想定していたものより15パーセントほど速い。それよりミスター、さっき何かしてただろう」

『ああ。この戦場を出歯亀しようとしていたものがいたのでね。ブロックしておいた』

「……蛇ですか?」

『だがもう退いた。どうやらこの戦いに彼等は干渉してくるつもりはないらしい』


 それを聞いて安堵するマルグリット。無論、今いる場所が戦場である以上気を緩ませるのは厳禁なのだが、それでもこの圧倒的な戦力差の状況で相手に加勢する勢力が、しかもそれがウロボロスネストの面々となれば勝ちの目が消えかねない。

 あの海底での戦いは、マルグリットにとっては一種のトラウマだ。

 アッシュが苦戦し、ベルとアニマは機体を失ってなお相手を撤退させるに留まったような連中。

 動揺していたアッシュはともかく、他の面々は己の死力を尽くしてその結果だ。

 そんな相手が近くにいたというだけで、肝が冷える。


『敵機、接近。重力兵器の脅威が去るとこれだ。数は――報告するだけ面倒だな』

「人工知能なんだからそれくらい訳ないでしょ! それよりどうする? キャリバーン、前に出す?」

「いえ。マコさん。エクスキャリバーンは現状のままの位置で砲撃に専念します。シルル、全武装の使用を許可します。敵を近付けさせないで」

「了解した」


 にやり、とシルルが笑う。


「主砲・副砲・リニアカノン・『トリストラム』スタンバイ。全ミサイルハッチ開放。魚雷発射管は宇宙用魚雷に換装してから展開。『フェイルノート』各基射出・展開。さあて……姫様。準備を」

「ええ」



 重力兵器による攻撃が止まった。

 これを好機ととらえたか、あるいはこれ以外のタイミングでは仕掛けられないと考えたのか。

 ウィガール要塞側のソリッドトルーパー隊は一斉にネクサスの艦隊へと向かっていく。

 当然、それに対して艦隊は主砲やミサイルによる迎撃を行う。

 これがなかなかに厄介で、ビーム砲に照準をあわせられないようにするには常に動き続ける必要があるわけだが、その動きをミサイルの軌道が邪魔をする。

 さらには距離が近づけばレーザー機銃によるビーム砲よりもさらに回避しづらい弾幕が待っている。


「重力兵器が飛んでこないだけマシかッ!」


 機体の推進装置すべてを使って濃すぎる弾幕の間を縫って接近しようとはしているが、思うように接近できていない。

 その理由は――ネクサス側の旗艦であるエクスキャリバーンにある。

 最前列にいて、その全体に配置されたレーザー機銃と2連装が4基と単装砲が2基の計10門ものビーム砲がそれぞれ閃光を放ち、その合間を縫うように宇宙用魚雷とミサイルが飛び交い、さらにはリニアカノンの弾丸まで飛んでくる。

 元が巨大戦艦であるキャリバーン号をさらに巨大にしただけあり、ちょっとした要塞レベルの火力で、数百はいるソリッドトルーパーを近付けさせない。

 何より厄介なのが――両舷から切り離されたビーム砲台が様々な角度でビームを撃ってくることだ。


「なんなんだアレは――うわあっ!?」


 1機。閃光の直撃を受けて爆散する。

 その爆発を避けようとし、もう1機レーザー機銃によって全身に穴をあけて機能停止。直後に飛んできた宇宙用魚雷の直撃を回避できずに爆散する。


「各機離れろ。被弾した時に味方を巻き込むぞ!」


 その指示はつまり、相手の攻撃のすべてが一撃必殺の威力であると言っているようなものである。

 とはいえ、要塞のような戦闘艦の攻撃など、たかだか10メートルにも満たないソリッドトルーパーに対して狙いをつけてもそうそう当たるものではない。

 少しずつ、少しずつであるが前進していき、1機のサルタイアがエクスキャリバーンのブリッジの前に飛び出す事に成功する。


「これで!! ……ッ!?」


 右手に握るアサルトライフルの銃口をブリッジに向ける。

 が、その引鉄を引くことはできなかった。

 何故ならば――彼はそこにいる人間が誰であるかを理解してしまったのだから。


「何をやっている!?」

「う、撃てない……俺には、このふねを撃つことはできない!」

「このままだと押し切られるぞ!?」


 その兵士のサルタイアの位置には不自然なほどに攻撃が飛んでこない。

 艦に取り付けられたレーザー機銃の射角からして、そんな場所で足を止めれば当然狙い撃ちにされる。

 だがその様子もない。まるで、眼前の敵は自分達を攻撃しないとわかっているかのように。


「撃てるわけがないだろう。俺達が相手しているのは、姫様だぞ!!」

「ッ!?」


 その言葉に、今まで考えないようにしていたことを思い出し、それぞれが動きを止める。

 それを確認してか、エクスキャリバーンやその他ネクサス所属艦の攻撃も止む。


『わたくしは、惑星国家ネクサスの代表、マルグリット・ラウンド。これ以上の戦闘続行は我々の望むところではありません。投降してください。もしこれ以上戦闘を続けるのであれば、我々は陽電子砲とプラズマ融合弾頭を使用する準備があります』


 よく知る少女の声が、戦闘宙域全域にオープンチャンネルで響き渡る。

 マルグリット・ラウンド。

 自分達の所属する惑星国家の、かつて忠誠をささげた第1王女の名前。

 そして、今自分達が戦っている惑星国家ネクサスの代表の名前でもある。


「……くそったれがああああああッ!!」


 それでもなお、戦闘を続行しようとする者はいる。

 彼等にとってマルグリットという存在は自分達の国の王女であるが、同時に自分達の国の国家機密たるキャリバーン号を奪って逃げた裏切り者でもある。

 それを許せない、というのも当然のことだ。

 次々と武器を構え、エクスキャリバーンへと殺到するクレストとサルタイア。

 だが、それらは突如として開いた穴の中から飛び出してきた4機の機体に行く手を遮られる。


「こいつら……ソリッドトルーパーにしてはデカいぞ」

『これ以上の戦闘継続はそちら側の被害をいたずらに増やすだけだ。ここらが退き時だと思うが? それに――もうすぐ要塞の占拠も終わる』


 彼等が眼前の巨大なソリッドトルーパーからの通信に困惑していると、要塞側から信号弾が上がる。

 それと時を同じくして、要塞から各機へと通信が入る。


『……こちら、ウィガール要塞司令室。たった今、ウィガール要塞は陥落した』

「なっ……」

『全軍、戦闘中止。繰り返す全軍戦闘中止せよ』


 要塞指令の震える声で、この戦いが彼らの気付かない間に終わっていたのだと知らされる。


『投降するのならば命の保証はします。この場から去るならば追撃もしません。ただ、敵意を見せるのであれば、落とします』


 かつて、民に見せていた無垢な少女の面影を残しつつ、その少女は一歩も引かない決意とかつて自分へと忠義をささげた者たちの命を奪うという覚悟を宿した少女――マルグリットの声に、ウィガール要塞から出撃した機体は次々と武器を捨てはじめた。

 中には戦場から飛び去って行く機体もいくらかいたが――結果は変わらない。

 この惑星国家間戦争の、攻守を入れ替えた第2ラウンド。

 それはまたしてもラウンド側の敗北となった。

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