第190話 インターバル

 ウィガール要塞戦において、ラウンド側の誤算はタリスマンという存在を理解しきれていなかったことである。

 そしてネクサス側もその情報を徹底的に秘匿し続けて、この戦いに投入してきた。

 歩兵でありながら、ちょっとしたソリッドトルーパーを上回る戦闘力を誇る彼等彼女等が、自身等の無敗神話に奢り、実戦経験に乏しい惑星国家の歩兵程度に劣るわけがないのである。

 何より、ウィガール要塞内の武装の大半がレーザー銃であったこともタリスマン達にとってはプラスに働いた。

 彼等の身体は光を吸収し、それをエネルギーとして変換できるのだから、光そのものを武器とするレーザー銃が通用する訳もないのだ。


 その結果が、要塞内に限れば両軍ともに死者ゼロでの要塞攻略である。

 尤も。要塞のメイン動力であるプラズマ核融合炉と司令室を同時に抑えた時点で要塞側に勝ち目はなかったのだが。


「さて。と。これからが問題だ」

「要塞を落としても、それを守り切るだけの戦力がない、って話か?」

「まあ、それもあるんだけどね」

「捕虜についてもこれからの事を考えなければ、ですよね」

「うーん。それもある」


 と、エクスキャリバーンのブリッジでアッシュ、シルル、マルグリットがコーヒー片手に話し合う。


「私がこの要塞を欲したのは、別の目的があったのさ」

「別の目的?」

「まず、要塞に駐屯している部隊の戦力を極力そのまま奪う事。これに関しては概ね成功だろう。ソリッドトルーパーはいくらか撃墜してしまったが、それでもこちらの戦力は一気に増えた。戦闘艦に関しては全艦無事確保。要塞も施設に被害を出さずに入手している」

「それはわかります。わたくし達が前に出せる戦力は、今回連れてきた部隊だけですから」


 総戦力を投入すれば、もっと早くこの戦いは決着していただろう。

 だがそれでは、この戦いが長引いた時にネクサス本星にラウンド側の戦力が到着した時の防衛戦力が不足する。

 あちらにはモルドが待機しているとはいえ、いくらなんでも惑星全域の守護はできないだろうし――それだけではない。


「始祖種族が恐れ、超兵器を生み出すほどの怪物なんだろう。ミスターの語るインベーダーとやらは。我々が抜けている間、惑星を守る為には多少は残しておかなければね。それともう1つ」

「……多分、お前としてはそっちが本命だろう」

「正解。流石に長い付き合いになってきたからか、良く解ってるねえアッシュ」


 カップの中身を飲み干し、コンソールの上に置くとシルルは悪戯でも思いついた子供のような顔をして笑う。


「4号機カリオペとモルガナのアップデートだ。鹵獲した各機各艦の改造と並行し、急ピッチで進んでる。これが終わったタイミングで、要塞ごとラウンド本星に向かう」


 それはつまり、次の戦いで決めてしまおう、ということだ。

 だがそれには問題がいくつも立ちはだかっている。

 当然、ウィガール要塞がネクサスの占領下にあるということは、ラウンド側も把握しているだろう。

 そして現在位置である惑星モルゴス周辺から惑星ラウンドまでの間に、中継基地としてグウェン要塞が存在。それを突破しない限りはまずラウンドにはたどり着けない。

 それを突破したとしても、ラウンド鉄壁の防衛網が待ち構えている。


「道中のグウェン要塞に関しては……まあ、後で考えるとしようか。ビームやレーザーはともかく、あそこまで攻撃しようとすると実弾が足りなくなる」

「で、ラウンドを落とす、と言っても、どこを攻める? 無策で言っても蜂の巣になるだけだぞ」

「民間人への被害は最低限に抑えつつ、相手に敗戦を認めさせることができればよいのですが……」


 と、マルグリットは呟く。

 そうは口にしたが、彼女の本音としては被害者はゼロにしたい、だろう。

 ただそれが不可能であるという事も理解できている。


「姫様の望む通りの展開にしようとするのならば、やはり国家の象徴たる王宮の制圧と、国王を、だね」

「どうにか、ねえ」


 それが難しい。いっそのこと全部壊してしまえばそれでいいだろう。相手を滅ぼすつもりならば、それこそラウンドの待機中で陽電子砲を撃ちまくったり、重力兵器で吹き飛ばしてしまえばいい。

 だが、これはそういう相手を滅ぼすための戦争ではない。

 あくまでも、こちら側からすれば降りかかった火の粉を払うまでの事。

 こちらの目的は、この戦争をさっさと終わらせ、両陣営ともに被害と消耗を最小限に抑えて、ラウンド側に戦争責任を取らせる事だ。

 そしてこの戦争を起こしたのは――ラウンドの国王。つまりは、マルグリットの父にあたる人物である。


「マルグリット。ラウンド国王――君の父親について、教えてくれないか」

「ウーゼル・ラウンド。現在のラウンドの軍拡を推進した人物です。わたくしが幼いころはそこまでだったのですが、母を失ってからはラウンドの軍事力を拡張。他の惑星への侵略を計画し始めました」

「私の印象は少し違うな。彼は以前から軍拡を計画していた。アッシュも先の戦いで投入されたラウンド側の戦力と総死者数を」

「……ああ。そうか。人口問題」


 数千万人が死んでもなお、戦争を続けられるほどの体力を持っている。

 それだけの人命を費やすことができるほどの軍人を抱えている。

 当然それができるということは、その総人口はとんでもない数になる。


「惑星上だけでは人口を抱えきれず、周辺にコロニーを建造してもなお食料不足に悩まされる。これを解決するてっとり早い手段が――戦争だ」

「そんなっ!? では、では父は……!」

「口減らしのために戦争を始めたかった。私はそう感じた。だからこそ姫様のキャリバーン号強奪計画に乗ったし、私の設計したありとあらゆる兵器に意図した欠陥を仕込み、システムには私専用の進入路を組み込んでおいた」


 人口調整のための戦争。

 それがラウンドの――ウーゼル・ラウンドの目的だというのならば、それに巻き込まれたネクサスはたまったものではない。

 あるいは。ネクサスだからこそ、その目的のために戦争を仕掛ける相手として選ばれたのかもしれない。


「この戦い、どうやってもウーゼル国王の一人勝ちになるってことじゃねえか」

「ああ。むしろ口減らしとしては、ラウンド側が負ければ負けるほど都合がいい。兵士は次々と死に、戦火が惑星内に及べば必然的に民間人への被害も増えてさらに死者が増える。逆に、ラウンドが勝てば、生き残った人間を相手の惑星に移住させることで人口問題を解決できるわけだ」

「ひどい話だな」

「流石の私もそう思う。が、あくまでもこれは私の推測でしかないよ」

「……いえ、父ならあり得ます」


 そう、マルグリットは言い切ると飲み干したカップをシルルが置いたものの隣に置いてブリッジを出て行った。


「……まあ、ショックではあるだろうな」

「悪いけれど、フォローは任せても?」

「嫌だよ。弱ってる女には極力近づかないようにしてんだ」

「そうも言ってられないんだよ。何せアップデート後のカリオペのパイロットはマルグリットなんだから」

「は?」


 その言葉を聞いた瞬間、アッシュは目を見開き、手に持っていたカップを落とし、ブリッジの床にカップの破片が混じった黒い水溜まりを作る。


「いや、ちょっと待て。アイツ、操縦なんてできないだろ! それに、パイロットならメグで十分だっただろ?」

「そのために戦闘支援OSがあるし、その性能はさっきの戦いで十分証明された。それと、メグは私と一緒にモルガナに乗ってもらう」

「モルガナに……? それじゃあ」

「ああ。次の戦い、エクスキャリバーンは旗艦による単独での敵本陣の制圧を行う。目標は、王宮内司令室。戦闘時ならば、ウーゼルはそこにいるはずだ」

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