第226話 反応あり

 ローエングリン2の格納庫のすぐ横にある休憩スペースで、アッシュとベルは戦闘用宇宙服スーツのファスナーを下げ、中に籠った熱を外へと逃がしつつ、水分とエネルギー補給も兼ねて戦闘用飲料――成分的にはスポーツドリンクをより高カロリーにしたようなものを口にしていた。

 できるのならば固形の食料品を口にし、空腹によるストレスの低減もやるべきであろうが、それを用意する時間も、それを食べても程度の速度で動き回れるような戦場ではない。


『補給作業完了まで推定2分』


 2分後には再びコクピットに座り、戦場へと戻らなければならない。

 だが、手が震える。

 疲労もある。だが、一度落ち着いてしまったことにより、恐怖の感情が出てきてしまっている。

 実際に戦場でて感じたのは、圧倒的な戦力差。

 物量だけの問題ではない。こちらの攻撃が通じる武器が少なすぎる。

 加えて、群体の種類ごとによって通じるものと通じないものがあり、その選択を間違えることもできず、常に神経は張りつめたままだ。


「……」

「アッシュさんもですか」

「そりゃな」

「それでも、やるしかないんですよね」

「女王群体を見つけ、これを撃破するしかない。それまで、俺達は誰1人として欠けることはできない。そう考えるとな……」


 特に。アッシュの機体であるハイペリオンに搭載されているノヴァブラスター――物質情報改竄呪術砲は、既存の兵器とは異なる理論で相手を攻撃する装備である。

 あまりにも危険な装備であるため、セーフティーとしてアストレア、ネメシス、モルガナの3機に加えてエクスキャリバーンもそろって初めて使用できる。

 当然ながらそれらのいずれかが撃破されれば、その時点で使用不可能になる装備である。

 この虎の子は当然ながら使用する際の隙が大きく、おいそれと使えるものではなく、本命である女王群体クイーンを仕留めるために温存しておきたい装備。

 その時まで、誰一人として欠けることは許されていない。

 正直――それは困難を極めるだろう、とアッシュは考えている。


「今すぐにでも撤退したいが……」

「ずいぶんと弱気ですね」

「海賊やってたんだぞ。分の悪い賭けは嫌いじゃないが、引き際を間違えたことは今までなかった」

「今は?」

「もうそんな段階じゃない。やり切るか、死ぬか。その2つに1つしかない」

「……」

「怖いよ、俺は。自分が死ぬ事もだが、目の前で誰かが死ぬかもしれないってのが」


 ベルの目には今までのアッシュの姿からは想像できないほど弱く映った。


「アッシュさん」

「なん……?!」


 自分が何をされているか。一瞬。ほんの一瞬ではあるが、アッシュの思考は途切れた。

 完全なる不意打ち。自身の唇に触れた感触に戸惑いながら、少しずつ離れていくベルの顔を見つめる。


「気はまぎれましたか?」

「いや、そうじゃなく……お前」

「なんですか?」

「……顔真っ赤じゃねえか」


 何とも言えない気まずい空気。


『作業完了。パイロットは搭乗・再出撃をお願いします』


 そんな空気をかき消すように、機体の整備が終わった事をシスターズがアナウンスする。


「行きましょう、アッシュさん」

「いや、ちょっと待て。お前、なんで……」

「朴念仁」


 少し拗ねたような呆れたような顔を見せたベルは、そのまま乗機へ向かっていってしまった。

 残されたアッシュは、混乱しつつも思考を切り替える為に両手で頬を叩いて気を引い占める。


「……いや無理だろ」


 おかげで緊張はほぐれたが、流石に意識するなというのは無理があり別の問題が起きていた。



 今もなお続く戦闘は、激しさを増していく。

 重力兵器により大多数のインベーダー群体は撃破できているものの、その範囲を逃れた小型の群体による散発的な襲撃がエクスキャリバーンを襲う。

 その度に高速演算された結果に基づいて展開されたシールドが攻撃を防ぎ、動きが止まった群体を無人ソリッドトルーパー部隊やタリスマンが処理する。

 だが。いずれはそれも限界が来る。

 特に、無人ソリッドトルーパー隊の損耗率は増え続け、五体満足の機体を探す方が難しいほど。

 中には武器や推進装置を破壊された事でどうすることもできなくなり、コントロールを破棄された機体が戦場に漂っている。


『ハイペリオン、アストレア、戦線復帰します』


 ローエングリン2のカタパルトから2機が続けて射出され、出会いがしらに接近してきた三葉虫型群体をハイペリオンがライフルで殴って弾き飛ばしその腹めがけてビームを撃ちこむ。

 続けてアストレアもフルドレスユニットからアルゴスビームを放ち、弾幕を展開する。


「アッシュ、ベル。戻ったか」

「戦況は?」

「ジリ貧だ」


 モルガナの両肩の砲門が解放され、エーテルブラストが放たれる。

 シルルはその操作をしつつ、嘘偽りのない戦況を口にした。

 実際、すでに量産型のクラレントMk-Ⅱマークツーの大半は機能停止。ベディヴィアに至っては71機中稼働可能な状態なのが20機。その各機もどこかしらに破損が見られ、残りの51機のうち約半数の24機は一応形は残っているが戦闘続行不能。あとはまだかろうじて動けている状態だ。

 そしてヴェナトル・キャノンに関しては全機なんらかの破損をして大破したものの、その場の判断で各機の無事なパーツを繋ぎ合わせて1機を戦場のど真ん中で再生。その機体が奮戦している。

 要するに、有人機とタリスマン達だけが五体満足で無傷な状態、という状況。

 当然、時間経過とともにもっと数は減るし、その分有人機組の負担は大きくなる。


「リオン、まだなのか!」


 エーテルブラストの起こす爆発は、これまでインベーダーが経験してこなかった者らしく、大型の群体ですら一撃で吹き飛ばしている。

 だがこれも、時間経過とともに耐性ができて通じなくなることだろう。

 それに、人間の集中力は無限ではないし、それよりも先に激しい稼働に機体が耐えきれるかどうかも怪しくなってきた。


『はんのうが、ひとつ』


 と、ここで朗報が齎された。


『しるるからみて、わいじくY軸さんじ3時えっくすじくX軸じゅうにじ12時


 宇宙空間においての方角は、360度すべてをカバーする必要がある。

 縦軸Y軸横軸X軸それぞれを時計に見立て、それによって対象の存在する方向を表現する。

 このY軸3時・X軸12時というのは――ようするに、真正面である。


「正面だって!? だが、それらしいインベーダーの姿は見えないぞ!?」

『ほかのぐんたいにじゃまされて、もくしふのう』

「だったら、そっちで何とかしてくれ。こちらの火力だけじゃどうにもならない」

『りょうかい。ようでんしほうをつかう。つづけて、ぐらびてぃぶらすともつかう。かっきにけいこく。しゃせんをにはいらないようにちゅういして』


 その言葉通り、両舷のローエングリンの艦首部分にある砲門が開き、発射の準備が進む。

 加えてタンホイザーも重力衝撃砲グラビティブラストの準備を始める。

 この間も当然、インベーダー側の攻撃は止まらない。

 それを残った機体でどうにか迎撃しつつ、広がりすぎていた戦域が縮小していく。


『しゃせんじょうにみかたき、なし。ようでんしほう、はっしゃ』


 2つの閃光が放たれ、その射線上に並んでいた大量の群体が消滅。さらには衝撃波が周辺にも多大な被害を生み出していき、射線上だけでなく広範囲の群体を消し飛ばしていく。


「しょうめんいたいししーるどてんかい。さいだいしゅつりょく」

「アタシがやる前に全部やってくれてんじゃん!? シールド解除したら即座に重力衝撃砲グラビティブラスト発射。いい!?」

「じゅんびはできてる」


 残存している機体すべてがエクスキャリバーンの傍に寄り、迫る衝撃波に備える。

 シールドの展開が行われた直後に衝撃波が直撃。その衝撃波を受け流し、艦周辺に接近しつつあった群体を衝撃波に巻き込んで吹き飛ばしていく。

 一瞬。ほんの一瞬であるが生み出された空間。その向こうに、確かにそれはいた。


「あれが……女王群体」


 他の群体が海洋生物に酷似した姿をしているのだから、ある程度は海洋生物のような姿をしているのだろう想像していたが、その通りであった。

 とはいえ、複数の生物を混ぜたような姿で、一言で纏められないような、半透明の身体に内蔵のようなものが見える奇妙な姿――最も近い生物を挙げるとするならばクリオネだろうか。

 その女王群体を守ろうと、他の群体が周辺に集まり始める。


『まずい、もう穴が塞がり始めてる!』

「女王群体へと最大速度で接近しつつ、重力衝撃砲グラビティブラスト発射!!」


 シールドを解除するなり、エクスキャリバーンは女王群体めがけて加速しながら重力場を照射する。

 これですべてが終わればいい。終わってくれと願いながら。

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