第225話 戦闘開始から20分
アッシュとベルが帰艦するのを確認したアニマは、すぐさま開いた防衛網のカバーに周り、両腕を開いてグラビティブラストを広域照射する。
腕部そのものが
無論、相手の軌道を読んで展開すれば積極的な攻撃にも使うことができる。
「アニマちゃん、アッシュくんとベルちゃんの姿が見えないけど、まさかじゃないよね!?」
『勿論です。粒子が切れたらしく補給に向かいました』
「……高火力装備ゆえの燃費か」
最前線で戦いながらも、自分ではほとんど操縦をしないメグはまだ周辺を見渡す余裕があったが、それでもモルガナの背後に注力しなければならない都合、アッシュとベルが補給に向かったところは見逃していたようだ。
一方でアニマは、この戦場のほぼすべてを認識していた。
正確には、自分の味方がどこにいるかと、その機体周辺にどれだけの敵が存在するかを把握している、であるが。
何せネメシスはアニマの希望もあって実弾装備やロングレンジのビームライフルを装備はしているものの、その攻撃のほとんどは重力兵器を想定していた機体。
アッシュのハイペリオン、ベルのアストレアと異なりビーム用の重金属粒子の補給を行う必要がなく、機体そのもののエネルギーが尽きるまで活動していられる。
加えて。本来は機体の稼働にも使用されるエネルギーは、アニマが憑依して操ることにより発生せず、その分だけ他の機体よりも長く活動していられる。
『2機の補給が終わるまで、グラビティブラストでカバーします』
「無茶しないでくださいアニマさん。いくらその機体が重力兵器の運用に特化しているとはいえ、そう何度も使っていては機体が……」
マルグリットの制止は、この場では無視する。
でなければ、2人が抜けた穴をカバーしきれるとは到底思えない。
『そういうマルグリットさんこそ、無理はしないでくださいよ』
「そういう訳にも……」
カリオペ・デンドロビウムは前に出て戦う、というよりも一歩引いた場所で全体を見て味方に指示を出す、前線指揮官機としての役割を与えられている。
それゆえに、わざわざエクスキャリバーンから離れてアニマと合流して戦う必要性もない。
実際、マルグリットは戦況をできるだけ把握しようとし、各機のフォローができるように両手にグラビティランチャーを構えている。
とはいえ、彼女の操縦技術は
「わたくしも戦場に立った以上、戦います」
『補助は私とシスターズが行う。少々照準が雑だろうと構わない』
『やりたいように、うごいて』
「ビット1番、2番!」
コクピットの中で、マルグリットの視線が目標を追う。それを感知したOSが標的をロックオン。そのロックオンを元に、指定されたシールドガンビットをシスターズたちが標的を射線上に捉える位置へと移動させて発砲。
行程としては無駄に段階を経ているが、ロックオンとほぼ同時にシスターズの行動が終わっている。
シールドガンビットから放たれた閃光は、他のシールドビットを追いかけてきていた広翼類型群体と三葉虫型群体をまとめて穿ち、照射をやめると同時に反転。今度はヴェナトル・キャノンに迫ろうとしていた怪獣型群体へとビームを放って怯ませる。
一瞬でも怯んだ群体に対し、即座にヴェナトル・キャノンは腕に装備されたグラビティランチャーの砲身を怪獣型群体の首めがけてラリアット。一気に振り抜いて距離を強引に離すと、両肩のランチャーでとどめを刺した。
が、その直後に本来コクピットの存在する場所に直角貝型群体の突撃を受け、そのまま動力であるプラズマジェネレーターを破壊され爆散する。
「直角貝型が厄介すぎる……!」
人間の目で追えない速度で移動するそれは、本体である軟体部分に攻撃を当てることができれば倒すことが可能だ。
加えて甲殻部分――生物としてのチョッカクガイでは殻の部分は衝撃に弱いようで、横からモルガナの杖で叩いただけで破壊できる。
が、この甲殻。真正面からは物理的に破壊することはできず、甲殻全体がビームやレーザーを弾いてしまうのだから、急制動をかけて減速したタイミングでしかまともに攻撃を当てる機会がない。
そんなものがひっきりなしに突撃を仕掛けてきているのだから、やられる側としてはたまったものではない。
実際、エクスキャリバーンなど格好の的であり、シールドがなければとっくに艦に大穴がいくつも開いている。
「あれらをどうにかしたいのですが……できますか、アニマさん」
『正直厳しいかと。ブリッジ。2機の補給状況は?』
『推進剤の補給完了。粒子補給率80パーセント。機体各部チェックを含め、あと2分かかります』
シスターズの報告。普段の戦闘ならば2分程と思えるが、現状においてはその2分がとてつもなく長い。いや、永い。
重力兵器は確かに有効であり、エクスキャリバーンのビームも、怪獣型以外の群体には効果がある。
が、しかし。数では圧倒的に劣っている。何より、少しずつではあるがベディヴィアとヴェナトル・キャノンの損耗率が上がってきている。
戦いだしてからすでに20分。
少しでも選択を間違えれば死と直結するような戦いが、すでに20分。
人間の集中力が最高の状態を保てるのが15分程度、高い水準で保っていられるのは90分――つまり1時間半程度だと言われている。
にもかかわらず、この戦場においては常に最高の状態の集中力を求められる。
でなければ、どこから飛んでくるかもわからない目視不能な速度で突っ込んでくる敵の体当たりを避けたり防いだりすることなどできはしない。
『ヴェナトル7番大破。戦闘不能』
『ベディヴィア12番、34番、68番大破』
『ヴェナトル1番、装備破損により戦闘続行不能。装備換装のため帰艦』
『クラレント隊、損耗率31パーセント突破』
シスターズの告げる戦況報告はよくないものばかりが届く。
敵の数についての報告はもはや意味を成さない。どれだけ減らしても、すぐさま後続が来る。
その都度、重力兵器で薙ぎ払い、その直後にできるクールタイムの間に他の群体の攻撃を受けて機体が破損する。
その繰り返し。
幸い、有人機とアニマのネメシスは今のところ被弾ナシの状態でいられるが、それもいつまでの持つか。
人間の集中力の問題もある。機体の負荷の事もある。推進剤の問題は重力場推進を使えばどうにかなるが、結局はそれも
最初から分かり切っていたことだとはいえ、あまりにも状況が悪すぎる。
「女王群体の割り出しさえできれば……」
『……』
アニマはこの時、誰もが口にしていない疑問を口にする寸前であったが、それをなんとか堪えた。
それは、この場で言うにはあまりにも絶望的であり、アニマ自身そうであってほしくないと願う事であったから。
――本当にそんなものは存在するのか。
否。そんなことではない。それは誰しもが考えている。考えながら戦っている。
――女王群体を倒して、本当にこの戦いは終わるのか。
それこそが、アニマが飲み込んだ言葉である。
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