第121話 眠れる希望

 キャリバーン号のビーム照射が終わる。

 それと共に姿勢を地面に対して水平の状態に回復させ、眼下にできた巨大な縦穴の底の様子を確認する。

 岩盤を融解させできた大穴。その底で、直撃はしなかったとはいえ、ビームの高熱で肺を焼かれて息絶えた地中型サメカラス変異種の死体が転がっている。

 それに気づいたのは、先に地上付近へと降りてきていた飛行型変異種と、先に地上に出てきて飛行型と交戦していた地中型変異種。

 新しい食料の出現に、出来た大穴へと殺到する。


『行くぞ』

『はいっ』


 キャリバーン号のリニアカタパルトにカプセルが1つ。

 その中はレジーナと、彼女に抱きかかえられたオートマトンに入ったアニマである。


『射出まで、5、4、3、2、1。射出!』


 ベルの声と共に、カプセルが射出される。

 当然、中には相当なGが掛かっているはずだが、中に入っているのは普通の人間ではない。

 そんな状況であっても中の2人には一切影響がない。

 特異な身体と、機械そのものの身体。

 影響を受けることもなく、カプセルはキャリバーン号から目標地点めがけて射出された。


 尤も。先ほどからカプセルと呼んでいるものであるが、実際のところアロンダイトのマルチプルランチャー用の弾倉である。

 アルマにとっては惑星アルヴ以来のことであるが、あの時と状況が違う。


『アニマ、だったか』

『はい』

『お前は、アストラル体――つまり幽霊みたいなもので、一定の姿を持たないと聞いたが』

『そうですね。ボクはソリッドトルーパーやバトルドール。それに今のオートマトンみたいに機械ならば動かせるはずです』

『アッシュが心配していたな。本当にいけるのか?』

『やりますよ。それに、ボクはこう見えて1人じゃないんで』


 アニマは、アニマ・アストラルとしての自我を持ちながら、その中に惑星レイスに漂っていた無数のアストラル体と融合している。

 故に、アニマは確信があった。

 ソリッドトルーパーよりも大きい物体であっても、自由自在に操れる、と。

 尤もそれが全長6キロメートルの巨大艦も可能かどうかまではわからないが、試してみる価値はある。

 というか、出来なければ惑星サンドラッドの人々は脱出できないどころか、この場でサメカラスに襲撃されて全滅する可能性だってある。


『そろそろ出ましょう』

『ああ』


 レジーナは腕を振り上げ、内側からカプセルを破壊。空中に飛び出す。

 頭にオートマトンのアニマを乗せ、両腕を飛行機の翼のような形状に変形させ、空中での姿勢を安定させる。

 眼下には無数のサメカラスの死骸。それを啄み、喉の奥へと運ぶ生きたサメカラス。

 見ていてもあまり気持ちのいいものではない。


『ある程度近づければ構いません』

『了解した。離れるなよ』


 レジーナは右腕を元の形に戻してアニマを抱え、左腕を前に突き出して砂に突き刺さった。

 刺さった左腕は溝のある円錐型に変形。それを高速で回転させ潜航を始めた。



 サメカラス達の動きが変わる。

 地上に降りていた個体群が、死体を食い尽くし離陸。高度を上げてくる。


「まずいッ」


 それも相当な数。ただでさえ上空の個体群を迎撃するのに必死になっているのに、下からも襲ってこられては、経験も武装も頼りないサンドラッドの艦艇では対処しきれない。

 アッシュは即座に下から迫る個体群めがけてハンドビームガンを向けて引鉄を引くが――ビームが発射されることはなかった。


粒子切れか!」


 なら、残る武器は近接戦用のビームソードを使って切り裂くだけだ。

 極力一撃で倒すために頭か首。あるいは飛行能力を失わせるために翼を切り裂く。

 1頭、また1頭と新たな死体が増えていくが、上昇してくる個体が減ることはない。

 当然だ。奴等はさっき食事を終えたばかりであり、腹が膨れている。かつ飛行するためにできるだけ体重を軽くしておきたい飛行生物が必要以上の食料を貯めこむとも思えない。

 それに飛行型変異種は地表付近のサンドメタル濃度を嫌っている節がある。

 もし満腹でなくとも、自身の身にとって有害な環境からはさっさと離れたいのだろう。

 だが、もしそんな上昇してくる個体群の中にまだ空腹状態の個体がいたらどうなるだろうか。

 言うまでもない。比較的高い位置にある餌場を――上空の艦艇を狙って襲い掛かってくるのだ。


 そういった個体群だけ倒せれば、下からくるサメカラスは無視してもかまわないだろう。

 だがどうやってそれを混戦状態かつ流れ弾がどこから飛んでくるかもわからない状況で見極めろというのだ。


「くそっ。機銃の弾薬もそろそろ限界だ。各自、脱出の準備を……」


 アッシュはそこまで口にして、出来るのだろうか、と言葉に詰まる。

 作業完了まで2時間と言われてから、どれほどの個体を倒したかわからない。

 タイマーを見れば、その時点から15分が経過。たった15分である。

 各艦艇は味方の撃った機銃で装甲にいくつもの穴が開き、何度もサメカラスの攻撃を受けてところどころ装甲に巨大な穴ができている。

 もう、どの艦艇も沈むのは時間の問題といったところ。

 むしろ15分もよく戦ったものだ。

 キャリバーン号も当初の目的である巣の直接攻撃に成功し、飛行型変異種と地中型変異種をぶつけて足止めすることには成功。

 こちらに合流しようと移動してきているが、艦艇が密集しすぎていてキャリバーン号の装備では巻き込む可能性がある。


「シルル! なんとかしてくれ!!」

『今フロレントを出す』

「フロレント? いや、でもあの機体は……」


 現状、欲しいのは航空戦力。それも、弾幕の雨を抜けてこれるような機動力。

 だが、フロレントにはそのような能力はない。


『問題ない。そもそもなぜ資金不足になったかを思い出してくれ』

「それはお前の使い込み……え、まさか」

『そう。こんなこともあろうかと! フロレントに飛行能力を追加する装備の開発をしていたのさ!!』


 その言葉の通り、キャリバーン号のリニアカタパルトから1機のソリッドトルーパーが射出された。

 確かにそれは、アッシュのよく知るフロレントの面影のある機体ではあった。

 だが、その背面にいつもの十字型ブレードは背負われておらず、その代わりに背中からはX字に翼が張り出しており、その翼1つ1つが推進装置としての機能を持っているものであった。

 そのせいかシルエットでみればずいぶんと印象が変わる。


「アッシュさん、援護します」

「助かるッ!」


 推進翼、とでもいえばいいのだろうか。それを動かして急上昇するフロレントは、手に持った十字の刃がついた槍を構え、サメカラスの大群めがけて斬りかかる。

 それも、すれ違いざまに、だ。


「なんて速さ……」


 4つの推進翼が生み出す加速は、常軌を逸していた。

 ジッパーヒットにも匹敵するのではないか、と思えるほどで、次々とサメカラスを斬り落としていくフロレント。

 時折両肩のシールドを稼働させて頭を叩き潰し、左手に握ったマシンガンで撃ち落とす。


「ベル、上は任せた。下からくるのはなんとかする!」

「ならこれを」


 フロレントが右側のシールド裏に喧嘩していたマシンガンをクラレントへ向かって投げてよこし、クラレントはそれを受け取って降下していく。

 右手にビームソード。左手にはマシンガンとビームシールド。

 弾丸をばら撒きながら、ビームソードで斬り落とし、ビームシールドを押し付けて焼き殺す。


 が、たった1機増えただけで状況が大きく変わるわけもない。

 それを察したのか、装甲を破壊され戦闘力が低下した艦艇が1隻。移動を始めた。

 己が命惜しさか、あるいは自身等の命と引き換えに時間を稼ぐためか。おそらくは、後者だろう。

 だがその行動の結果は言うまでもない。あとはもう、自然の摂理の通り――弱って群れからはぐれたモノは、捕食者に狙われる。


「ッ!? なんてこと」

「間に合わないッ」


 アッシュもベルも気が付くのが遅れた。

 その結果、対空砲をすべて失った1隻の艦艇が無数のサメカラスに群がられ、その全体に嘴が突き刺さる。

 瞬間。その艦船は大爆発を起こした。


「自爆……?」

「命を捨てやがった……」


 真相は分からない。それを語る事の出来る者は、本能に逆らえるほどの理性を持ち合わせない大量のサメカラスを巻き込んで、サンドラッドの空に消えた。

 だが、その爆発の衝撃は、サメカラス達にわずかな動揺を生み出して動きを止めさせる。


 さらに、サメカラス達を動揺させるものが、地下から現れる。


『高熱源体が地下から来る! これは……』


 地中から空へ向かって斜めに伸びる閃光。その閃光を避け損ない相当数のサメカラスが消失する。

 流石にそれにはサメカラスの群れを狼狽させ、個体同士でぶつかり合って墜落する個体も現れるほどだ。


『戦艦の主砲並みのビームだ!』

『ということは、アニマさんが!』

「やりやがった。マジかよアイツ、やりやがった!」


 空へと延びた閃光。それが示すのは、希望の目覚めである。

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