第122話 空へ

 少しばかり、時間は遡る。

 砂を掘り進み、格納庫へと向かうレジーナとアルマ。

 大量の砂に埋もれた都市を目指すが、先遣隊はさらにその下へと掘り進んだ。

 勿論、フロンティア号が存在するのは地下格納庫。つまり、本来の都市があった場所よりもさらに深い場所。

 しかし、先遣隊はそれよりも深く掘り進んだ。

 何故か。

 それはある意味で当然のことである。


 目標は砂の中にある密室。

 その密室の天井に穴をあければ、当然その穴めがけて大量の砂が殺到する。

 側面であっても同様。できた穴から砂が内部に侵入するし、圧力に耐えていた壁に穴を開ければそこを起点に一基に壁が崩れることだって考えられる。

 ではどこに穴をあけて侵入すべきか、というのは言うまでもない。下からだ。

 下に穴をあけても、そこから上に向かって砂が入り込むことはない。

 だからこそ、先遣隊は皆そうやって本来の目標地点よりもさらに深い位置まで潜ってから目標地点へと上昇する必要があった。

 そうしなければ、フロンティア号を砂で押しつぶして圧壊させる可能性があったのだ。


『思ったより深いですね』

『仕方ないだろう。我々は姿こそ違えど人間の延長だ。そんなシールドマシンよろしく、便利な能力は持っていない』

『あ、ここで上に行きましょう』

『了解だ』


 アニマの指示に従い、方向転換して上昇を始めるレジーナ。

 元々地中潜航を予定していたメンバーは地上から現在位置を観測してもらってナビゲーションしてもらえていたが、レジーナはそうではない。

 アニマのセンサーを信じ、その指示に従うしかない。

 出逢って数日も経っていないような間柄ではあるが、アニマとレジーナの間には信頼関係が築かれていた。

 その言葉を信じ、掘り進む速度を上げると、ものの数分もせずに空洞へと出る。

 そここそ、フロンティア号が存在する地下格納庫である。


『……急ごう』


 レジーナが走り出そうとすると、アニマがその腕から飛び降りる。


『アニマ?』

『ボクはここで。この距離なら、直接乗り移れますから』

『そうか。頼む』


 アニマと別れ、レジーナはブリッジめがけて走り出す。

 残されたアニマは、4つの歩脚を動かしてフロンティア号のほうに数歩近付いて、その中からアストラル体として飛び出した。

 そこから先は、アニマ自身にもどうなるかわからない。

 これは、勝てば希望が生まれ、負ければすべてを失う。そんな分の悪すぎる賭けだ。


 ◆


 感覚が広がっていく。

 自分の身体が、とんでもなく広がっていく。

 大きくなった身体と、本来の自分との違和感を感じる。

 自分の名前すら薄らぐような、そんな感覚を覚える。


 ――アニマ・アストラル。それが自分の名前だ。その名こそが、自分を自分たらしめる檻であり、楔であり、枷である。

 きっと、その檻を壊せば、楔を抜けば、枷を外せば、この力はもっともっと強力に、そしてあらゆる物質に憑依することができるだろう。

 それだけの力が、自分にはある。そういう認識もあるし、実際それだけのことをできるだけの同胞は


 けれど――それでは駄目だ。

 そんなことをすれば、アニマ・アストラルとしての人格が消える。

 それを、あの人は望まなかった。


 ――必ず戻ってこい。俺たちにはお前が必要だ。


 その言葉を、とてもうれしく思った。

 元々は人間だったとしても、今は自分達と違う存在を受け入れてくれているのだと改めて実感できた。

 だから、ボクは――アニマ・アストラルを捨てたくない。


 広がっていく感覚。拡散しそうな意識を繋ぎ留め、自分の形をイメージしてそれを骨子として巨大な艦艇のすべてへと自分達を行きわたらせる。

 そうだ。ボクはひとりだけじゃない。同胞たちの力と遺志を抱えて、今ここにいる。

 奇跡だろうとなんだろうと、起こして見せる。

 奇跡が起きるというならば、ちょっとくらいの無茶だって、やって見せる!


 ◆


 レジーナがフロンティア号のブリッジに到着したのは、アニマと別れてから数分。

 地中への閃光を開始してからは10分と少し、といったところか。

 ブリッジではレジーナ同様、全身が水晶のような物質に変化した人間がコンソールを操作し、起動させるために奮戦していた。

 が、状況は芳しくない。


『駄目だ。こっちのシステムがどうやっても起動しない!』

『こっちもだ。バランサーが機能していない』

『やはり、こんな化石レベルの巨大艦艇での脱出なんて無茶だったんだ……』


 希望はあった。たしかに、あったのだ。

 だがそれは、箱の蓋を開けるまでの間であり、開かれた箱の中には現実という絶望だけが残っていた。

 それでも、彼等は絶望を認めない。

 認めようとしない。もし、ここで止まってしまえば、いずれ訪れる滅びに抗う機会が失われる。

 可能性が少しでもあるならば、それを手繰り寄せようと必死になって打開策を見つけようとしている。


『全員聞いてくれ』


 誰もブリッジにレジーナがやってきていたことに気付いておらず、彼女が言葉を発してようやく存在に気付き、出入口のほうへと視線を向ける。


『奇跡は起きる。こんないつ崩れてもおかしくはない化石のふねだとしても、諦めるのにはまだ早い』

『しかし、そうはいっても、稼働状態で保存されていただけでも奇跡的。けれど、システム面もエラーだらけ。メインジェネレーターだって……』


 ブリッジのコンソールが生きているということは、ジェネレーターは正常に動いている証拠。だが、出力が圧倒的に足りていない。

 今の状態で主砲を使うのは、ほぼ不可能。使えたとしてもそれ1発で全機能がダウンする。

 当然、この巨体を浮かび上がらせるなんてこともできない。


『確かに、稼働状態で保存されていた。メンテナンスも行き届いている。だが、古すぎる!』

『むしろ、移民当時のジェネレーターが今も動くだけで奇跡だ……』

『大丈夫だ』


 不安を自身に向けてぶつける同胞。

 彼等を見渡しながら、レジーナはアニマを信じて言い切る。

 何度でも。何度でも。

 大丈夫だ、と。奇跡なら起きると。


『なんだ、これ……』


 そして、その時は訪れた。


『ジェネレーター出力が一気に上昇?! そんなバカな!!』

『それだけじゃない。さっきまでエラーを吐き出していた各システムが正常値になっている!』

『おい、主砲が勝手に動いてるぞ!』

『何が、起きてるんだ……』


 狼狽するブリッジの中でただひとり、この光景を確信していたレジーナだけが静かに笑う。


『見ろ。これが、人の意思と覚悟が起こした奇跡だ』


 主砲にエネルギーがあり得ない速度でチャージされ、潜航が地上めがけて発射された。



 そして、時間は現在に戻る。

 地下から大量の砂を焼きつけてできた大穴の壁面はガラスとサンドメタルの混合物によって舗装され、ちょっとやそっとでは崩れるように見えない。


「来るぞ」


 地響き――いや、出来たばかりのトンネルに反響する轟音がどんどん近づいてくる。


「よくやった、アニマ!」


 ついに。その巨体が永き眠りから目覚めて黒に包まれた空の下に姿を見せた。

 大型恒星間移民艦フロンティア号。

 人類がまだ地球という惑星のことを覚えていた頃に企画され、大量に建造された第1世代大型移民艦。

 未知の環境への移住。当時の人類にとって未開の外宇宙への航海という不安を打ち消すべく、過剰なまでの火力を搭載された戦闘艦としての側面も持ち合わすその巨大艦の各部に装備されている砲門が一斉に稼働する。


「各艦。その場から動くな!! ベルもだ!!」


 何をしようとしているのかを即座に理解したアッシュは叫ぶ。

 そしてその声に従い、その場にいる全ての艦艇とフロレントが動きを止める。

 直後。フロンティア号の全ての砲門がビームを一斉に放ち、空と地上のサメカラスをまとめて薙ぎ払った。

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