第120話 分の悪い賭け
キャリバーン号が目標ポイントに到達するなり、艦首を真下に向ける。
こんな状態になっても、艦内は常に艦底方向に向けてのみ1Gの重力が発生し、物が上から落ちてくるといったことはない。
尤も、艦内の感覚で言えば、後ろから滑ってくる、だろうが。
「仰角調整。主砲、副砲を一点集中!」
マリーの指示に従い、ベルが各砲門を調整する。
「アニマさん、上空の様子は?」
『今のところ問題はありません。まあ、数は増え続けてますけど』
「……急いだほうがよさそうですね」
上空のサメカラスは、今のところこちらに攻撃を仕掛けてくるような素振りは見せていない。
が、その数が増えれば互いで争い合い、その結果致命傷を負って地上へ落ちてくる個体も出てくる。
その時。群れが一斉に降下してくる。
そうなればこちらは対処しきれるかどうか。
「マリー。シールドはとりあえず後方に集中して展開してある。私達はそこまで気にする必要はないだろう。問題は――」
「解ってます。ベルさん、この位置から撃てますか?」
「射程はともかく、わたしは狙撃は不得手でして」
『その時はボクがやります』
「主砲、エネルギーチャージ完了。いつでもいけます」
ベルの報告を受け、マリーが深く息を吸い込み、それをゆっくり吐きながらシートに全体重を預ける。
ここから、一切集中力を途切れさせてはいけない。
「皆さんの命、預かります」
「ここにマリーを信じていない人間はいないよ」
「マコさん……。ありがとうございます! ベルさん、目標。サメカラス変異種の巣。主砲・副砲一斉照射!!」
すべての始まりを告げる閃光が地面にめがけて放たれた。
キャリバーン号の主砲・副砲の閃光が1点に集中し砂とサンドメタルを融解させ、地下へと直進していく。
普段は単発で使用するビームを照射するというのは、砲身に負荷がかかる。
照射できる時間は限られ、それでビームが地下空洞――サメカラス変異種の巣に届かなければそもそもの作戦が破綻する。
「待った。マコ、高度を下げて!」
「理由の説明を求む!」
そう言いながら、キャリバーン号は高度を下げていく。
「周辺の地形情報をスキャンした。結果、目標の洞窟の岩盤が思ったより分厚い。このままだと貫く前に、こっちの砲身が焼き付く!」
「なるほど。そりゃあ仕方ないッ!」
「諸々はこっちでフォローする!」
『上空に異変発生。落下物があります』
「アニマさん、落ちてくるのは無視。降りてくるのは迎撃で!」
『了解です』
それは迎撃という意味では焼け石に水。むしろ死体を増やせばその分降下してくる個体が増えるだけで悪手である。
だが、死体が増えることにこそ意味がある。
食える肉があるのならば、それを優先してサメカラスは地上へと降りて捕食を始める。
その間は、その注意が他に向くことはない。
何せ。死体が地上に落ちたことで、地中から地中型サメカラス変異種もその餌を狙って現れ、飛行型の変異種と衝突することになるからだ。
『テュルキス上空の集団に動きアリ!』
「こちらでは間に合わん!」
「シルル、第1格納庫のハッチ開放。クラレントを」
◆
テュルキス上空に集結した艦船めがけて、黒い影が迫る。
サメカラスの大群である。
自身等の艦艇の防衛装備である機銃を使い迎撃を試みるが、それを掻い潜ってなおも接近する群れ。
嘴を閉じ、それを装甲に突き刺さんとするが、その首が横から飛んできたビームで消し飛んだ。
「こちらキャリバーンのクラレント。援護する!」
キャリバーン号を飛び出したクラレントが放ったビームによって頭を失ったサメカラスは巨体を慣性に従い艦艇に衝突し、ずるりと滑り落ちていった。
衝突された艦艇はバランスを崩し高度を下げるが、なんとか持ち直してゆっくりと元の位置まで上昇していく。
一方で、降下していく群れの一部は先ほどできたばかりの死体めがけて地上付近まで降りていくが、全てではない。
多くの個体はいまだ艦艇を狙って攻撃を行おうと迫る。
「間に合えよッ!」
クラレントの携行射撃武装であるハンドビームガンは、対ソリッドトルーパー戦のうち近・中距離での戦闘を想定したものであり、距離のある相手と戦うことは想定されていない。
先の攻撃は、放ったビームが減衰しきる前に命中したからいいようなもので、次もそう上手くいくとは思えない。
アッシュは機体を飛ばし、艦艇と合流。そこで迎撃に加わる。
だが、味方であるはずの艦艇が放った機銃がクラレントを掠め、行動を阻害される。
「どこ見て撃ってやがる!! って、言っても仕方ないか」
クラレントは逃げ回ればいいが、艦艇のほうは足が遅く、的も大きい。
必死になって抵抗するのも無理はなく、がむしゃらに撃てばフレンドリーファイアくらい起こりうる。
「本当、アレがレーザー機銃でなくてよかったよ」
レーザーであった場合、容易に艦艇の装甲を貫通する。
艦艇同士が接近している状態でそんな貫通力の高い武器を乱射するような状況になっていたら、と考えたらぞっとする。
「機銃でも直撃すりゃ致命傷だ……。どうすりゃいい」
なら防御はどうだ。
機体の背面から半球型に重力場を形成する。
その重力場に命中した機銃の弾丸は圧壊。これでクラレント本体には被害が及ぶことはないだろう。
前方は自分で視認してなんとかする。
「しかし……」
ビームを乱射して積極的に敵の数を減らしていくが減っていく気がしない。
サメカラスを無力化するなら、頭や心臓を狙わずとも、翼を撃ち抜けばそれでいい。
狙って撃ち抜くのは困難だが、それでも適当に撃っていれば当たるくらいの密集具合なのだ。
そして命中すれば、絶命するか飛行不能で地上へと落下していく個体を追って多くの個体が地上へと向かう。
『こちらフロンティア号再起動班。目標に到達。チェック開始。想定作業時間は――2時間』
2時間。その2時間はこの場にいる誰にとっても絶望的に長い時間であった。
「シルル、こちらからサポートできないか!」
『無茶を言わないでくれ。ネットワークに接続されてない上に、規格すらわからない化石みたいな艦艇のシステムチェックなんてキャリバーンからできるわけないだろう!』
そりゃあそうだ、と納得はする。
だが、2時間も持たない。ビームが荷電粒子砲である以上、ソリッドトルーパーの携行するビーム兵器には嫌でも弾数制限が付きまとう。
つまり、どういうことかというと――2時間も待たずにクラレントのハンドビームガンは弾丸として使える粒子を使い切る。
各艦艇の弾薬ならもっと早いだろう。
「むしろ2時間でどうにかなるってんなら、それだけでも運がいいってところか」
『……あの、いいですか?』
「アニマ? 何か考えがあるのか?」
『一時的にでも動けばいいんですよね』
「そりゃあ動かなきゃ何も始まらないが……待て、お前まさか!?』
『レジーナさん、ボクを連れて目標のところへ向かってください』
『どういうことだ?』
『ボクが、動かします』
理屈はわかる。
アニマなら、機械に憑依してそれを動かすことができる。
人型のものなら問題なく動かせ、オートマトンのように人型から逸脱した形状をしたものであっても問題がないというのも確認している。
だが、いくらなんでも全長6キロの巨大移民艦は規模が違いすぎる。
「せめて他のオートマトンも集めて……!」
『それでは間に合いません。それに、もうすぐビームが目標に到達します。そうなれば地上を移動することが困難になり、なおの事作戦の成功率が下がります!』
「それは……」
2時間も持たないのは誰の目にも明らかな状況。それが好転するというのならば、賭ける価値はある。価値はあるが――アニマはどうなる。
『正直分の悪い賭けだが、キャリバーン号だけならまだしも、他の艦艇がそこまで持ちこたえられるとは思えない。やってもらおう、アッシュ』
「……分の悪い賭けか。確かにな」
『……アッシュさん』
「嫌いじゃない。やってくれ。ただし、必ず戻ってこい。俺たちにはお前が必要だ」
『! はいッ』
分の悪い賭け。一か八かなんてものではない。数多者不安要素。不確定要素であふれているのに、そこに全額をベットするしかない状況。
だが、それ以外にこの場にいる全員が生存する可能性は、ほとんど残されていなかった。
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