第119話 オペレーション・エクソダス

 テュルキスの跡地に続々と小型の艦艇が接近してきているのを、キャリバーン号が確認する。


「よく襲われなかったな……」

『提供された高度のデータを参照にしたからだろう』

「とはいえ、これで全員なのか?」


 惑星全域から集まってくるにしては、数が少なすぎる。

 何より、スペースクルーザー程度の大きさの艦艇ばかりで、数十人も乗っているかどうかが怪しい。


『少ないと思うか?』

「そりゃあ、まあ」

『私のような身体の人間は皆特殊な能力を持っている。そういった連中は単独でこちらへ向かってきているはずだ。奴等を殲滅しながらな』

「あっ。たしかに遠くのほうから接近してくる小型のものがあります」

「それで群れを引き連れてこないだろうな」


 作戦を立てて、結構日時を指定。それをレジーナに伝えてもらい、各地と調整を行ってからの行動開始。

 現時点でテュルキス跡地に集まった艦艇の数と、この脱出計画に賛同した拠点の数より若干多い程度。

 これはその拠点の人口と保有戦力による差異と見ていいだろう。

 本来の肉体を持ったままのサンドラッド人は艦艇に。レジーナのように水晶で出来たような身体を得た者は、自身の能力を使って集結してきている。


「作戦を再確認だ」


 シルルがメインスクリーンに図を表示し、それを使って説明を始める。

 勿論、これはこの場に集結したすべての艦艇にも共有されている。


「まず我々キャリバーン号が、地中型サメカラス変異種の巣と思われるポイントに真上からビームを照射。これにより、奴等の注意を引くとともに最初の攻撃で死んだ個体へ群がる飛行型サメカラス変異種を地上付近へと呼び寄せて交戦する」

『その間に、サンドラッド人各員は地中へ潜航。目標の地下格納庫へと侵入し、大型移民艦フロンティア号を起動。その主砲の照射により脱出経路を確保する』

「残念ながら代替案はない。そのフロンティア号の起動に失敗すれば詰みだ。加えて、キャリバーン号の主砲では本来の地下格納庫までビームを照射させ続けることは困難だ。艦が起動しても、主砲が使えなければそれもやはり詰み」

『もとより、何もしなければ死にゆく運命にあったのだ。精一杯あがいてみせようじゃないか!』

「では、オペレーション・エクソダス、スタートだ」


 難しい話ではない。

 ようは、キャリバーン号が派手に暴れている間に、地下格納庫まで行ってそこに格納されている巨大な艦艇――大型移民艦フロンティア号を起動させて脱出する、というだけの話だ。

 シルルの説明とレジーナの鼓舞があり、場の士気は高い。

 だが、問題というか懸念点は多い。

 言葉の中に出ていた、そもそもフロンティア号が起動しない可能性。

 移民艦と言われるだけあり、それはもはや博物館に展示されるような、技術レベルでいえば化石レベルの代物である可能性が高い。

 そんなものが稼働可能な状態で残されているものだろうか。

 仮に定期的にメンテナンスを行う人間がいて、建造当時の性能据え置きの状態を維持していられたとしても、それを扱える人間がいるかどうかが怪しい。

 次に、これもシルルが言ったように、フロンティア号に搭載された主砲をはじめとした各種ビーム砲出力不足またはそもそも起動しなかった場合の脱出経路形成失敗の可能性。

 そして何より問題なのが――大きさである。


「全長6キロ。食料生産区や居住区といった居住性を優先した設計をしつつ、強力な火砲まで搭載した大型艦、フロンティア号か」

「何。アッシュ。ちょっとワクワクしてたりする?」

「浪漫があんだよ。そういうマコだって、そんなに大きいなら操縦てみたいんじゃないか?」

「まあね」


 全長6キロ。それほどの巨体ならば、今ここに集まっている人間くらいなら収容しきってしまえるだろう。

 だがその巨体故に、空を飛ぶ奴等にとってはいい的であるし、いい餌場である。


「フロンティア号の武装は使えるのか?」

『でなければ困る』

「そこも含めてぶっつけ本番ですか……」


 シルルが各自のコンソールへフロンティア号の図面を表示する。

 といっても、元々の艦の情報が古すぎてその図面はオリジナルのものではない。

 後世に記録を残すという意味で、フロンティア号と同型の移民艦をスキャニングして描かれたものである。

 よって、独自の改造がされていたりする可能性があり、あくまでも参考程度にしかならない、信用性がほとんどない図面である。


「これによれば、障害物除去用の対空用ビーム砲はいくつも装備していたようだ。それでも除去できないものは、主砲や副砲といったより大口径で高出力のビーム砲で、という感じかな」

「移民時代の艦艇って本当に移民用の艦艇なのかってくらい重武装だよね」

『当然だ。彼等が外宇宙を目指した時、その全容を知る者は誰もいなかった。加えていつまで続くかもわからない航海に耐えるには、高火力の武装というがあれば、少しは気もまぎれるというやつだ』

「そんなもんかね。で、レジーナ。アンタはあっちと合流しないのか?」

『問題ない。それに、今更合流するほうが無駄だ』

「たしかに。それじゃあ、行こうか」


 キャリバーン号が目標地点への移動を開始する。

 それにあわせて、地下潜航部隊も行動開始。

 主にレジーナ同様、異形の姿に変化した人間が次々と降下していく。


「ここまで触れないようにしていましたけど、レジーナさん。貴女方の身体はどうしてそのようなことに? それに、レジーナさんだけならまだしも、あれだけの人数がいると、それなりの理由があると思うのですが」


 マリーの問に、レジーナは一瞬驚いたよう――に見えた。

 が、それも本当に一瞬のことで、すぐさま平静を取り戻してその問に答える。


『ある時期のサンドラッドで、居住区の外壁が破損し大量のサンドメタルが入り込むという事故があった。原因は経年劣化だったそうだ。どこもかしこも、同様の事故が発生し、その際に多くの人間がその毒に身体を侵された』

『当然、相当数の死者が出た、と?』

『ああ。当時は悲惨という言葉も生ぬるい地獄のようだったと聞いている。全人口の半数以上が、サンドメタルに起因する呼吸障害によって命を蝕まれ、そして抗うこともできずに死んでいった。だが、サンドメタルに適応した人間も多くいる』

「それが、今のサンドラッド人……」


 レジーナが頷いて、マリーの言葉を肯定する。


『そしてその適応した人間同士の間に生まれた新生児の中から、稀に胸に結晶体を宿した子供が生まれるようになった』

「それが、今の君たち、ということか」

『ああ。成長するにつれ、結晶で覆われる範囲が広がり、人としての姿を失い、このような姿に変化していく。私が人間としての顔を失ったのは、18の時だ』

「失礼ですけど、レジーナさんはおいくつですか?」

『自分では数えていないが、カレンダー通りならば標準時間基準で3000は越えていると思うが』

「シルル、よかったじゃん」

「何が言いたいんだい、マコ。ことと次第によっては人体実験に付き合ってもらうぞ」


 シルルの逆鱗に触れたマコは、一切視線を合わせずまっすぐ前を向いて操縦桿を握りなおした。


「そこまで怯えるなら、最初から言わなきゃいいのに」

「まったく、ベルの言う通りだな。さて、重力制御機構グラビコンの最終チェックだ」

「ベクトルは艦底方向に1Gで固定。現在、正常稼働しています。マリーさん、周辺状況はどうですか」

「地上付近に異変はなし。上空は……今のところ降下してくる様子はありませんが、個体数が増加中」

「……どう見る、シルル、アニマ、レジーナ」


 アッシュが3人に意見を求める。


『偶然だ、と片付けたいがあまりにもタイミングがいやらしいな』

『どこかの艦艇がつけられた、というのが自然でしょうけど』

「残念だが、それはなさそうだ。むしろ我々がわざわざ呼び寄せたようなものだよ」

「シルル? どういうことですか」

「飛行型サメカラス変異種についての記録を漁っていたら、研究成果が見つかってね」

「お前、宇宙生物研究所のサーバーに入ったのか。で、何か掴んだのか?」

「ああ。奴等、こちらの通信を感知する能力――つまり傍受してると言っていいかもね。そしてその発生源に向かって移動している」


 なるほど。それならば繰り返し艦艇同士でやり取りを行っていれば、必然的に発見されやすくなる、ということか。

 加えて先ほどキャリバーン号も他の艦艇に向かって通信を行った。結果、みごと攻撃対象に選ばれた、というわけだ。


「……ということはまさか」

「ああ、いつ奴等が襲い掛かってくるかわからないってことだ」

「マコ、急げ!」

「了解だ!!」

「それとアッシュ、クラレントは一応動けるようにはしてある。いざという時は頼む」

重力制御機構グラビコンは?」

「攻撃に転用しなければ問題ない!」

「解った。マリー、キャリバーンは任せる!」

「ッ! はいっ!!」


 アッシュは席を離れ、いつもとは違い格納庫に収容されているクラレント目指して走り出した。

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