第118話 脱出への希望

 アニマとレジーナがサメカラス変異種の内蔵を拾い集めキャリバーン号の第2格納庫へと運び込み終えた痕、アニマは洗浄を行い、レジーナは砂に埋もれたアメシスタへと向かった。

 彼女が砂の中を潜っていく様は、なんとも異様な光景である。

 何せ、右腕が変形して円錐状になり、それが回転して砂を掘り始めたのだ。


 それはおいておいて、だ。

 レジーナが連絡を取っている間に、防護服代わりに宇宙服を着てシルルが内蔵とその中身を使った作業を始める。

 元々、第2格納庫には何も積んでいない為、密閉していればサンドメタルが飛散しても問題はないだろう。


 残されたアッシュ、マコ、マリー、ベルの4人は食堂で食事をとっていた。

 ブリッジが無人になるが、そこは洗浄中のボディに変わってオートマトンに入ったアニマが待機してくれている為問題はない。


「とりあえず、どれだけの人間が生き残り、俺達の話に乗ってくれるか、だな」

「廃星、ですからね」

「とはいえ、実際問題。あの量のサメカラスをどうやって突破するつもりなんですかアッシュさん。わたくしには思いつかないのですが」

「そうそれ。アタシも気になってた」

「それも頭が痛い問題なんだよ……」


 通常のサメカラスだと思っていた個体群も、実は変異種であると判明。

 その生態がほぼ通常の個体と変わっていないように見えるのがまだ救いだろうが、シルルが抜き出した情報から見て、空を埋め尽くすほどの個体数にまで増えるのに数ヵ月と経っていない。


「通信記録も抜き出したんだっけか」

「はい。マコさん」

「サンキュ、マリー。んで、これによるとすべてが依頼を引き受けた賞金稼ぎやアウトロー。で、依頼を受けてサンドラッドに到着したであろうタイミングから、それ以後それらが確認されていない、か。……これ、たぶん全員仲良くサメカラスの餌になってない?」


 マリーがマコに渡した管理組合ギルドの通信記録は、アッシュたちが受けた依頼は、一行が引き受ける前に何組もの賞金稼ぎやアウトローが受諾し、それについて管理組合ギルドは一応の説明をしていた、という証である。

 その通信ログの以後、サンドラッドへ向かったと思われるそれらの存在は、広い宇宙中探しても確認されていない。

 まあ、これに関しては調査が足りないという可能性もあるが、それでもマコが言ったようにサメカラスに襲われて食われたと考えたほうが可能性としては高い。


「シルルの計算では、キャリバーン号のシールドをたった30頭でぶち抜いてくるような相手ですからね」

「いや、その時点で生物としておかしいんだって。宇宙シャチのほうが大きいのに、アレの体当たりにも耐えるんでしょ?」

「マコさん、面の攻撃より点の攻撃の方がより力が集中するんですよ?」

「え、なんかベルが言うと怖いんだけど」

「なんでですか!?」


 ――そりゃあ勿論。刺す刺殺斬る惨殺かを連想したから。

 などとは言えず、マコは咳払いをしつつベルと目を合わせなないよう顔を横に向けた。


「そもそも、元から宇宙戦艦の装甲版だってあのくちばしで一撃なんだよ。シールド張ってても、それを突破されたんならもうその時点でほとんどだ」

「キャリバーンだけならなんとでもなるんですよね」

「まあな」


 と、マリーの質問に答える。

 実際、火器も十分揃っていて、強力なシールドや大出力の推進器を搭載しているキャリバーン号ならば、空を黒一色で埋め尽くしているサメカラスの大群を蹴散らしながら離脱することはできるだろう。

 問題は、その後続または随伴となるであろう脱出用の艦船。

 多種多様な装備を施した艦ほど大型化し、機動性も運動性も低下する。そうなればサメカラス達にとっては絶好の得物。狙いやすい的、というやつだ。

 加えて、キャリバーン号と同等かそれより少し劣るくらいの戦闘力を持った艦船となれば、それこそ重巡洋艦や戦艦といった大型の艦船になる。そんなものが、今のこの惑星にあるとは到底思えない。

 かといって速度の出る軽量かつ小型の艦船では、収容人数に限界があるし、何より小型であるほどデブリ避け程度にしか使えない低出力シールドジェネレーターを搭載している傾向が強い。

 そんな状態でサメカラスの大群に突っ込めば機動力など問題ではなく、あっという間に穴だらけにされるだろう。


 なので、ベストはキャリバーン号のシールド範囲内にそういった艦艇がキャリバーン号と同じ速度で随伴できる、という状態なのだが――どう考えてもキャリバーン号の速度についていける艦船があるわけもない。しいて言うならばソードフィッシュだろうが、それを取りに行くヒマもないし、ソードフィッシュでは多分撃墜おとされる。


「マジで、どうするか……」

「艦砲射撃で突破口を開くのは既定路線でしょうけど」

「でも、火力と速度を両立している艦艇なんてそんなにあるわけないじゃん」


 結局はそこである。火力もあり、速度もある。それでいてそれが高水準ではなくてはならない。

 それを満たしているのがキャリバーン号。それと同等の艦艇などまず存在しない。

 だからこそ、アッシュ達は頭を抱えているわけだ。


『皆さん、レジーナさんから通信が入ってます』

「こっちで聞けるように回してくれ」


 通信、ということは地下の施設に無事到着できた、ということだろう。


『すまない、遅くなった』

「いや、構わない。こちらも食事休憩中だ」

『一応は、生存者たちと連絡がついた。避難計画については渋っている者もいたが、なんとか説得には成功した』

「けど、足がないんですよ」

『足、か』


 それに関してはレジーナも思うところがあったのか考え込む。


「サンドラッドに自力で大気圏突破できる艦艇はないのですか?」

『ない、わけではない。ただ、問題があってな』

「問題、ですか?」

『最初の問題は、保管されている場所がテュルキスの宇宙港の地下格納庫だということ。当然、テュルキスは砂の下。地下格納庫はさらにその下だ』

「それは……」


 砂の中を潜り、施設に到達。さらに格納庫からリフトアップして艦艇を外に出そうとしても、今度は大量の砂がそれを妨害する。

 下手をすれば、ゲートを開いた時点で雪崩れ込んだ砂の圧によって艦艇が押しつぶされる可能性もある。


『次の問題は、その施設のそばに、という事だ』

「つまり、巣がある、か」


 それも厄介なことだ。

 下手に刺激すれば、消耗戦を強いられる事になる。

 人間の集中力と艦艇のエネルギー、シールドジェネレーターの限界を考えてみれば、圧倒的な物量で押しつぶしてくるサメカラスとの戦いは避けたいところだ。


『話は聞かせてもらった!』

「うわぁっ!? 急に割り込んでくんな!?」


 作業中のはずのシルルが、突然通話に割り込んできた。

 しかもライブで。顔は宇宙服のヘルメットで隠されているが、画面いっぱいにうつるそれは急にモニターに表示されれば、アッシュでなくとも驚きはするだろう。


「シルル、何か策があるのですか?」

『マリー。あの時、君が言った事をそのままやるだけさ』

「あの時……? もしかして、巣を撃った時ですか?」


 地下空洞にめがけてビームを放った時のことを皆が思い出していた。


「……! そうか、ビームの熱でガラスとサンドメタルが混ざり合って変異種が通れるほど頑丈なトンネルができていた!」

『なるほど。それで艦が通れるほどの通路を作れば、そこを通って地上へ出ることができる、というわけか』

『ああ。それに、マンパワーなら簡単に集められるし、囮になるモノもいるじゃないか。なあ、皆の衆?』

「……ちょっと待ってシルル。もしかしてそれ、アタシ達の事言ってる?」

『……』


 沈黙。ヘルメットのバイザーでよく見えないが、シルルが不敵な笑みを浮かべているのだけは全員が理解できた。

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